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15 『プラムバーグ脱出計画Part 1』

 夜が訪れる。観察室の照明は一定の時刻を過ぎると自動で消えるようになっているそうで、部屋は真っ暗だった。


 この部屋に閉じ込められたルークは、眠らずに起きていた。その理由はもちろん、この後の計画である。とはいえ寝ようと思っても、速まる胸の鼓動のせいで眠ることは出来なかっただろう。


 消灯し、この暗さに目が慣れてから少し時間が経つ。しかし、ルークは一瞬たりともシャノの裏切りの心配っをする事はなかった。

 そして、その時は急にやって来た。


 ガチャ、と音がしてドアが開く。向こう側には、昼間とは違って寝間着に身を包んだシャノが立っていた。


「お待たせしました」


「おう。来たか」


 ルークは腰を掛けていたベッドから跳ね起きる。


「準備は出来ていますね?」


「ああ、もちろん。手荷物は無いしな」


 そう言うとルークは手を広げて見せる。準備すると言っても、やったのは寝ないようにする事、それだけだった。

 ルークは大きく息を吸い、


「よし。じゃあ、始めるか」





『この施設は、二十四時間体制で施設中に仕掛けられたカメラによって監視されています。また研究に関係するすべての扉には認証システムがあり、認証に成功してもそのデータが管制室に届くようになっています』


『まじか、じゃあこの部屋のドア開けたらその瞬間バレるってこと?』


『はい。しかし、今回は完全な機械化を良しとしないヘルツォーク様のこだわりが吉と出ました』


『と言うと?』


『まず、ここの扉は電力が落ちたり管理システムが故障した場合に備えて、手動で開けられるようになっています。幸いにも私は、ルーク様の世話を任されているのでこの部屋のキーを持っています』



 ルークはドアの所まで歩いていくと、シャノはドアが閉じないように片手で押さえていた。その隙間を抜け、初めて部屋の外に足を踏み出した。


「冷たっ!」


「しぃっ、静かに」


 素足が冷たい床に触れた瞬間、シャノは人差し指を口に当てる。ルークは謝罪の意を込めて手を合わせた。外がこんなに寒いなんて聞いていない。よくシャノは平気でいられるものだ。

 ルークがたかだか寒さに驚いている間に、シャノは音を立てないよう、ゆっくりと観察室の扉を閉じた。



『観察室を出たら、私が合図を出すのでカメラに映らないように死角を抜けていきます。基本的には、なるべく壁を這うようにして進んでください』



 シャノの忠告通り、ルークは壁に背中を密着させる。暗くてよく見えないが、観察室の真っ白な内部とは違い、外側の壁はもっと暗い色をしていた。


 シャノもルークの隣で壁にくっつきながら、ルークに目で「行きます」と合図を送る。ルークが頷いたのを確認すると、シャノは音を立てないようゆっくりと歩き始めた。ルークはそれに続く。


 観察室の外は、薄暗いが中よりはほんのり明るかった。なので、次第にその様子が明らかになる。

 部屋を出て隣の壁には大きな窓があった。ルークはその形から、これがあの鏡だという事を察する。鏡だと考えていたのに、本当は外から筒抜けだったのか。


 そうこうしていると、先にシャノが進んでいた「早く」と手をこまねいた。ルークは早歩きで彼女の元へ行く。

 シャノは、二人が背中を付けている反対側の壁の方をしゃくった。ルークがそちらの方を見ると、少し行った所の上部の壁に小さな箱、カメラが取り付けられている。カメラは、ルーク達が居る方の壁を向いていた。

 このまま真っ直ぐ行けば、二人はカメラに写ってしまう。シャノは反対側の壁を指さした。反対側に移るという合図だ。ルークは了解した、と頷いた。


 ルークの返事を確認すると、シャノはさっと反対の壁に移る。彼女が渡り切ったのを確認すると、ルークは同じ道を辿って移動した。

 アラームは鳴らない。二人はばれていないようだ。


 そのまま先に進んだところで、またもやルークの歩みは止まった。なぜなら、


「これって……」


 ルークは小さく呟いてしまう。ルークの目の先にあったのは、先程まで囚われていた観察室と同じ窓だ。ルークが閉じ込められていたものを入れると、合計四つの観察室が横に並んでいる。

 どの部屋も真っ暗で、中に誰か居るのか分からない。その時、ルークの服が何かに引っ張られた。


「行かないと」


 服を引っ張ったのはシャノだった。ルークは観察室の事を尋ねたかったが、渋々そこを抜けた。 

 観察室は、より大きな部屋の中にあった。しばらく歩いたところで、二人は観察室のある部屋のドアに辿り着く。シャノによれば、このドアを開ければ通路だ。



『夜間は警備ドロイドが研究所内の通路を巡回しています。管制室から操縦されていて、見つかると施設中に脱走がバレてしまいます』


『大丈夫なのか、それ?』


『カメラを回避できても、ドロイドに見つからないようにするのはかなり困難でしょう。それに、すんなり出入り口から出るのはもっと無理です。なので作戦を考えました』


『作戦?』


『はい。通路に出たら、まず近くにある調理室の貯蔵庫に向かいます。そこで捨てる食料の箱にルーク様が隠れて、私がゴミ集積所まで運びます。ゴミ集積所はゴミ出し用の扉から外に通じているので、そこから外に出ることが出来ます』


『ゴミか……まあ仕方ないな』


『流石にゴミは監視されていないので、そこまで行けばもう安全です。しかし、問題は調理室に行くまでで……そこまでの間、ドロイドを見たらどうにかやり過ごさないといけません。これは、もう遭遇しないことを祈るしか……』


『……分かった。なんか、対策とかは?』


『そうですね……とにかく、赤い光を見たらすぐに隠れてください。出来るのはこれくらいです』



 ここから先、調理室までの通路は運勝負だ。監視カメラを逃れながらその上ドロイドから隠れるなど至難の業であり、見つからないように祈るしかなさそうだ。


 シャノはポケットからまたカギを取り出し、通路への扉を少し開く。そして、その隙間から外を覗き込んだ。

 どうやらここには警備ドロイドは居ないらしく、シャノはルークを見て頷く。ルークはそれに親指を上げて答えた。


 シャノはあまりドアを開けないようにしながら、外に出る。ルークもすかさずシャノに続いた。


 通路は所々明かりがついており、少し先までは見ることができた。これが二人にとって吉と出るか、凶と出るかは分からない。向こうが見つけるよりも早く気づくことが出来ればいいのだが。


 二人は先程と同様、壁を伝って移動した。

 まだ少ししか歩いていないのに、もう三つも曲がり角と遭遇した。何より質が悪いのは、どこも似たような景観で見分けがつかない事だ。これはシャノが居なければ確実に迷い込んでしまう。


 そしてまた、四つ目の曲がり角に差し掛かった。まずシャノが交差する通路に誰もいないことを確認し、ルークはその間後ろ側を見ていた。そして今度もシャノは真っ直ぐに進む。ルークもそれに続いた。


 その時、通路の前方が一瞬赤くなった様に感じた。

 次の瞬間、ルークは横に体を引っ張られる。


「――!」


 あまりに急に引っ張られたため、よろけて危うくこける所だった。

 ルークを勢いよく引いたのはシャノだ。シャノは交差する通路に置かれていた棚のような箱の横に身を潜めている。それが意味するのは一つ。あの赤い光はドロイドだ。


 ルークは慌ててシャノの後ろに隠れる。まさか、見つかってはいないだろうか。赤い光に通路が照らされているのを一瞬だけ見た。シャノのおかげですぐに隠れることは出来た。

 しかし油断は出来ない。あのドロイドがこちらに向かってきているなら、この交差点を、二人が隠れているすぐそばを通るだろう。

 ルークは手を口に当て、息を潜める。


 だんだん音が聞こえてきた。車輪が転がるような音。間違いない、ドロイドはこちらに向かってきている。

 

 次第に交差点が赤く照らされ始めた。その赤さは、ますます濃くなっていく。

 ルークとシャノは、壁に背中をつけてより密着した。普通なら嬉しい状況だが、今はそんなこと言っていられない。


 一秒が一分に感じ、なかなか時間が進まない。額からは冷や汗が湧き出ているのを感じた。体に酸素が足りないのに、大きく息を吸うことが出来ない。


 そしてその時はやってくる。車輪の音と機械音が、すぐ隣で聞こえる。

 ルークは自分の鼓動が早まるのを感じた。強く脈を打つ心臓の音が聞こえないか焦る。

 どうか、どうか曲がりませんように。真っ直ぐに行きますように。心の中で祈った。

 そして――


 ドロイドは真っ直ぐに進んでいった。その後ろ姿が目に入る。

 カーナンの滑らかな形状の鎧とは違い、ドロイドは如何にも機械といった印象だ。体のあちこちからケーブルが伸びており、足は存在せず代わりに車輪が付いている。

 

 それ以上観察することは出来なかった。ドロイドは前に進みルークからは角度的に見えなくなる。


 それからどれだけ経ったのか、シャノが恐る恐る身を乗り出して安全を確認した。振り向くとルークの顔を見て頷く。もうドロイドは行ったようだ。

 ルークは音を立てないように大きく息を吸い、吐く。危うく過呼吸になるところだった。それはシャノも変わらない。

 それでも、彼女は「行きましょう」と口パクで言った。ここで止まっていては、また他のドロイドが来てしまうかもしれない。


 ルークは顔を縦に振り、シャノに続いて歩き始めた。





 その後、二人がドロイドに出くわすことは無かった。壁沿いに進み、ついに一つのドアの前で立ち止まる。どうやら、目的の場所に着いたようだ。


 シャノ曰く、ここにいる者は誰も食料には困っていないので、大した警備はされていないらしい。贅沢な話だ。

 彼女の言葉通り食料庫のドアにはカギが掛かっておらず、簡単に入ることが出来た。

 食料庫の中に入った瞬間、柑橘系のツンとした匂いがする。その正体を確かめようと見渡すと大量の箱が山積みにされており、箱には様々な、中にはルークが見た事のある食料品が入っていた。

 

 ドアを閉じると、シャノが数分ぶりに口を開く。


「危ない所でした。ここまで来ればひとまず安心です」


「はあ、ドキドキした……」


 ルークはやっと一息つく。たった数分なのに、物凄く体力を消費してしまった。これほどの恐怖を感じたのはこれが初めてだ。


「ここから入って頂く箱は用意しています。取ってくるのでここで休んでいてください」


「いや、俺も手伝うよ」


 流石にシャノ一人に任せる訳にはいかないと、ルークはシャノの近くまで寄る。


「ありがとうございます」


 二人は食料庫の奥に向かって歩き出した。手持ち無沙汰なので、ルークはこれからの計画の事について尋ねる。


「箱に入れて運ぶってことは、シャノはドロイドに見つかるんじゃないか?」


「その可能性もありますね。残業をしていると誤魔化すつもりです」


「なるほど……でも大丈夫か?」


 夜のこんな時間にゴミ出しをしていたら、怪しいと思われるのではないか。シャノの普段の生活を知らないので何とも言えないが、あの恐ろしいドロイドがそれで見逃してくれるのだろうか。


「大丈夫ですよ。所詮操作しているのは人間、そんなに深くは追及しないでしょう」


「人間……そっか。でもどうせドロイドが警備してるんだったら、人間なんて使わずに全部任せたらいいのに」


「そうですね。今の時代は全自動で警備している所も多いそうです。でも、プラムバーグ研究所はヘルツォーク様のこだわりがあるので」


 ルークは、計画を説明するときにシャノが機械化を良しとしないヘルツォークのこだわりがどうのこうのと言っていたのを思い出した。


「でもなんで? 機械の方が便利じゃね?」


「あまり詳しくは知らないのですが、過去に何か機械で嫌な事があったそうです。それ以来、機械の事をあまり信頼していないのだとか」


 嫌な事、とは何だろう。アンドロメダ人は皆機械に頼って生きていると思っていたので、少し意外だった。彼らの中には機械を嫌っている人もいるのか。


「今の時代は社会的に機械化が進んでいるそうですが、それに反対する声も上がっているそうです」


「へえ、()()、か……」


「え?」


 微妙なイントネーションの違いに、シャノは疑問の声を上げた。


「あ、いや、さっきから人伝いって感じの話が多いなって思って」


 社会的にとシャノは言ったが、伝聞系だとまるで彼女がその社会に属していないように感じた。シャノは、意表を突かれたかのように少し固まる。


「そうですね……あまり、研究所の外に出ることが無いので。ヘルツォーク様の付き合いで商談に行ったりすることはあるので、完全には外と遮断されていません。でも、それ以外に外出することはまずありませんね」


「そうなの? じゃあずっとここに住み込みで働いてるってこと?」


「はい、ここに来た時からずっとそうです。第一、帰る家もありませんしね」


「あ……」


 まずい、また彼女の個人的な領域に踏み込んでしまったかもしれない。ルークはそのことを後悔し、シャノに謝罪する。


「ごめん」


「大丈夫ですよ」


 シャノは悲しげな顔をすることなく答える。


 思えばシャノは、友達の話をした時もそう、悲しいはずの話をしているのに全くそんな素振りを見せない。本当は悲しいのを隠しているのか、それともその状況に慣れてしまっていて、悲しいとは思わないのか。

 何となく、ルークは後者の気がした。そうだとしたら、シャノは本当に不遇だ。

 訳の分からない研究に参加せられ、友達もいなければ帰る家もない。なぜ、誰も彼女に手を差し伸べてこなかったのだ。


 そこで、一つの疑問が生じる。


「シャノ、聞いてもいいか?」


「何でしょうか?」


「……シャノっていうのは、本名か?」


 なぜ気が付かなかったのか。彼女が名乗った名前には、家名が無い。ヘルツォークは何か名前を言っていたし、アンドロメダ人には家名が無いという訳ではなさそうだ。


「家名は持ってないのか?」


 もし家名がフォークスならば、シャノはミアとの繋がりがあることが決定的になる。家名が変わってしまっている可能性もあるが、もしシャノが本名出なかった場合でも、可能性は捨てきれない。

 ルークは、シャノの返答に期待した。


「いえ、シャノはヘルツォーク様に付けられた名前です。家名もありません」


「――! じゃあ、本名は?」


「……分かりません」


 この時、シャノは初めて悲しそうな顔を見せた。

 ルークは勝手に一人で興奮していたことを反省する。これ以上は詮索しない方が良さそうだ。


「……そう、なのか」


 しかし、シャノの本名が分からないとなった今、希望は残っている。

二人はこんなにも似ているのだ。


 ミアとシャノの間には、世界を越えた何らかの繋がりがあるのかもしれない。


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