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13 『初めて会う幼馴染み』

『ルーク! 来てくれたんだね』


『これはこれは、金眼剣士ルーク・スレッドマンじゃないか』


『お前には、分からねえよ』


『僕が言いたかったのは、僕もミアも、ルークを大事に思ってるって事』


『アタシはカーナン・カーマス。あなたの言った通り、アンドロメダの傭兵よ』


『人を助けるのに理由なんていらないわ』


『任務完了、ターゲットは手に入れた』


『ルー……ク……』



 ルークは跳ね起きた。今の今まで眠っていたというのに、呼吸は乱れ、体中にびっしゃりと汗を掻いている。

 目を見開き、今自分が居る場所を見渡す。真っ白に塗られた壁と天井、右手の壁には大きな鏡。間違いない、あの、白い部屋だ。あれは夢ではなかった。


 その次の瞬間、胃がひっくり返ったかのように猛烈な吐き気が込み上げて来る。堪え切れずに、ルークは床に嘔吐物をぶちまけた。





「だ、大丈夫ですか!?」


 ルークが蹲っていると、直ぐに遠くから声がした。ルークの事を気遣う、聞き覚えのある可愛らしい声。その声の持ち主を確かめようと、顔を上げた。


「ミア?」


 しかしルークの期待とは裏腹に、そこに立っていたのは銀髪の少女だ。この時、ルークは彼女の名前を忘れてしまっていた。今はそれどころではない。ルークは再び吐き気を催しえずいた。


「う、うぇ……」


「ルーク様!」


 すかさずシャノはルークに駆け寄る。そしてポケットから布を取り出すと随分と焦った様子で、

 

「すぐに掃除して、代わりの服をご用意しますので!」

 

 そう言うと、かがんで床に落ちた嘔吐物の掃除を始める。しかしそんなシャノを他所に、ルークは気が動転して動揺を隠せずにいた。


「何で、忘れてたんだ……」


 失われていた記憶は、まるで雪崩のように溢れ出して来ていた。昨日忘れていたことが不思議なくらいに、今では鮮明に思い出せる。


 卒業パーティーに行き、ミアやロニーと会った。しかし再会は良いものばかりではなく、ギデオンとも遭遇した。その結果、ルークは八つ当たりでミアに心無い言葉を投げかけてしまったのだ。


「お前は、ミアじゃないのか……?」


 その時初めて、ルークの注意はシャノに注がれる。シャノは床を拭く手を止ると、驚いたように身を見開いてルークを見た。

 やはり見間違いではなかった。髪色や青白い肌を除けば、彼女の容姿と雰囲気はミアにそっくりである。


「すみません、どなたの事か……私はシャノと申します」


「シャノ……」


 シャノは嘘を言っている様な様子はなく、本当にミアの事を知らないようだった。それならば、本当にミアとシャノは無関係なのだろうか。


 そもそも、ミアはどうなったのだ。ミアはルークと共にカーナンと戦っていた。しかし風向きは敵に味方し、ルークは身動きを封じられた。その後最後にうっすらと聞こえたのは、ミアのルークを呼ぶ声だった。

 そうして二人は敗北し、ルークは連れ去られたのだ。憎きアンドロメダ人の手によって。

 その時、ルークはハッとした。


「ここはアンドロメダか?」


 それがルークの辿り着いた結論だった。自分を襲ったカーナンは、確かに自分がアンドロメダ人だと言った。カーナンの目的はルークを捕獲することで、ルークはまんまと捕まり、次に目覚めたらここにいた。

 それに加え、見たことが無い奇妙な部屋に、変わった服。これだけの状況証拠があれば、ここは王都などではなく、アンドロメダであると考えるのに十分だった。


「なあ、教えてくれよ」


 シャノは目を泳がせ、ルークの問いに答える事を躊躇しているようだった。そこでルークはもう一度問う。しかし今度は、大きく声を張り上げて。


「俺はアンドロメダに居るのか!?」


「……はい、そうです」


 シャノは、ルークの怒号にアンドロメダであることを認めた。ルークに怯える少女の瞳は、ほんの数日前にルークを助けに来てくれた少女と全く同じ色をしている。


「どういう事だよ……」


 次の瞬間、ルークは地面に膝をつくシャノの肩を掴んだ。そしてその小さな体を前後に揺する。


「な、何なんだよお前ら、俺に何した!? ミアに何しやがった!」


「お、落ち着いてくださ――」


「何が目的なんだ、ここは何なんだよ!」


 ルークが強く揺さぶったあまり、シャノの体は突き飛ばされる。シャノは地面に肘を打ち、痛そうに顔をしかめた。

 その表情を見て、ルークは気が動転したあまり感情的になり過ぎた事を反省する。いくら何でも相手は少女だ。


「ごめん……やりすぎた」


「い、いえ、混乱するのも仕方がありません」


 シャノは体を起こすと、服に着いた誇りを払った。しかし、ルークの疑問は止まない。


「説明してくれ。俺に何があったんだ。何で記憶が消えてた? 何であんなに変な気分になってたんだ?」


 ルークは先程よりは口調を緩め、卒業パーティーの記憶の欠落、そして昨日の事を尋ねる。昨日のルークは、明らかに頭がおかしかった。

 今考えてみればかなり胡散臭いヘルツォークの話をやけにすんなり信じ込んでいたし、ミアの幻覚まで見ていた。そんな事、普通の状態では有り得ない。


「えっと……」


 シャノは少しの躊躇いを見せたが、ゆっくりと話し始めた。


「記憶が消えていたのは、頭の中を少しいじったからで……」


「頭を、いじった?」


「はい。私も、詳しくは知らないのですが……記憶の一部を抑え込む技術だそうです」


 頭の中をいじるなど、考えただけでもおぞましいことだ。しかし確かに、ルークの記憶から抜け落ちていたのは直近の記憶だけだった。


「じゃあ、幻覚の方は……」


「あれは、一種の麻酔薬で、判断力を鈍らせて、同時に快感を覚えさせる薬です。今はもう効果が切れていますが……」


 シャノはルークがもう一度怒り出さないか恐れているように、おどおどしながら言った。

 彼女の言う通り、もう効果は切れているようだ。しかし昨日感じていた妙な気分の高揚に代わり、今は頭痛と吐き気がしている。それに加えて昨日の幻覚の事を考えると、自分自身に気持ちが悪くなった。あまり考えたくない。


「それで、何でそんな事したんだよ。俺の記憶を消して、幻覚を見させて、何の得があるんだ?」


「それは……」


 シャノは唇を噛んだ。しかしその時、シャノの腕に取り付けられた装置が音を立てた。その音に、シャノは自分の腕を見る。すると、シャノの顔は一気に青ざめた。


「大変です、ヘルツォーク所長が来ます!」


 シャノは随分と焦った様子で言った。


「え、ちょっと――」


「彼に薬が切れていることがバレてはいけません! まだ効いているふりをして下さい! 後は私がどうにかします!」


 ルークは困惑した。何故なら、当然のようにシャノはヘルツォークの仲間だと思っていたからだ。それが今、シャノはヘルツォークにバレないようにしろと言っている。訳が分からない。


「私が時間を稼ぐので、その間に準備をして!」


 そう言うと、シャノは先程の布を拾ってドアの方に駆けて行った。彼女がドアの横のパネルに顔を向けると、自動でドアは開いた。


「そうやって開くんだ……って言ってる場合じゃねえ!」


 シャノの指示の意図は分からない。彼女の事をまだ完全に信じている訳ではないが、現時点で信頼できるのはヘルツォークよりもここがアンドロメダであることを認めたシャノである。

 何が王都だ。そんなことを軽々と信じ込んでしまっていた。


 ルークは乱れていた掛布団をなるべく自然な感じに戻す。演技などやったことが無いが、大丈夫だろうか。今まで気分との差が激しすぎる。

 そうこうしているうちに、再びドアが開いた。


 ドアを抜けて入ってきたのは不安そうな表情をしたシャノだ。しかしその後ろには、車椅子に乗ったヘルツォークが続いている。


「少し戻してしまったようですが、今はもう落ち着いています」


「おや、そうなのか。大丈夫かい、ルーク」


 ヘルツォークは、本当にルークの隊長を危ぶんでいるかのように優しく聞いてきた。これだけならば、彼の事を信用するのも分かる。しかし、彼はルークを騙したのだ。到底その感情が本物であるとは信じられない。

 ルークの心に怒りが芽生える。しかしヘルツォークの後ろに立つシャノは、「ダメだ」と警告するように小さく首を横に振った。


「ヘルツォーク先生」


 ルークは笑顔を浮かべた。バレないように、まだ自分の頭がおかしいままだと思わせるために。


「大丈夫ですよ、とてもいい気分です」


「……ほう、いい気分か。それなら良いんだけど……」


 そう言うとヘルツォークは顎に手を当てて考える素振りを見せると、小さく呟く。


「念の為に注射をしておくか……」


 その呟きに、シャノの表情はずいぶん焦った様子になった。幸いにもシャノはヘルツォークの後ろに立っていたためその表情を見られることはなかった。その焦りを隠そうと冷静を装いつつ、シャノは尋ねる。


「注射、ですか……?」


「ああいや、このタイミングで嘔吐した患者は初めてだから、投与している薬の効き目が切れてきているかもしれないのでね。念には念を入れた方がいいかもしれないと思って」


「そ、そうですか」


 シャノは良い返すことが出来ない。まずい、ヘルツォークは本気でルークに注射をする気だ。

 ここから見えるシャノの表情が焦りで引き攣っているところを見ると、かなりまずい事態らしい。しかしシャノをあてには出来なそうだ。

 ここは、ルークがどうにかするしかない。


「先生」


 ルークはヘルツォークを呼んだ。この場の注意がルークに集まる。しかし、あまり何も考えていなかった。何か言わねば。ルークは取り敢えず笑顔になる。

 ヘルツォークは不審げな目をこちらに向けた。その時、ルークは思いついた。


「ミアが来てくれたんです。俺の事、めっちゃくちゃ心配してくれてて……いやあ、俺って幸せ者ですね。こんなに想ってくれる人がいるなんて。あ、ミア、今日も来てくれたんだ」


 そう言うと、ルークはシャノに手を振った。困惑するヘルツォーク放ったままルークは続ける。


「もしかしてさっきの聞かれちゃった? ああ、やっちゃった。でも来てくれてありがとう、俺、嬉しいぜ!」


 そう言うと、ルークはシャノに片目を閉じてウィンクを送った。シャノは驚いたような表情をした。ヘルツォークは顔を引き攣らせながらシャノの方に振り返り、


「……シャノ、ミアというのは?」


「よ、よく分かりませんが、ずっと私を誰かと勘違いされているようでして……」


 ヘルツォークはもう一度ルークの方に向き直った。ルークは、ひたすらシャノに笑顔を送り続ける。ヘルツォークは策略通り、ルークの様子に引いているようだ。


「そ、そうか。それは良かったね。このままいけば明日には退院できるよ。また、明日の朝様子を見に来るから。シャノ、床を掃除してあげるんだ」


「はい、了解しました」


 シャノは新しい布巾を取り出し、床を拭き始めた。ヘルツォークはシャノの様子を確認すると、車椅子の方向転換をして部屋から出て行った。どうやら、ルークにもう一度注射を打つ気は失せたようだ。


「危ねえ……」


 ルークはホッと息をつく。間一髪といったところだった。正直ここでミアの名を出すのは気が引けた。また、想像するだけで気持ち悪くなるような自分を演じるのにも抵抗があったが、今回は仕方が無かったのだ。


「ありがとうございます、助かりました。彼が本当に行ったかどうか確かめてきます。それまではまだ油断しないで」


 床の掃除を終えたシャノはルークに礼を言うと、汚れた布巾を持って外に行く。

 シャノが出て行ってから少し時間が経ち、ルークはまさかシャノが逃げたのではと思った。しかしその心配は杞憂で、「失礼します」という声が聞こえてシャノが入ってきた。


「お待たせして失礼しました。もう大丈夫です」


「ああ、ありがとう。それで、さっきの話の続きなんだけど……」


 ルークはヘルツォークがやってくる前のシャノとの会話を続けようとする。


「俺がイカれてるってヘルツォークに思わせたかったってことは、それを治したのはシャノ、お前ってことだよな?」


 ヘルツォークは、ルークがまだ錯乱状態に陥っているはずだと考えていた。彼の言葉から察すると他に薬を打った人はもっと長く効果が続いていたようである。

 つまり、今ルークが普通の状態に戻っているのはシャノが何かをしたからであると考えるに他ない。

 シャノは、「はい」とこくりと頷き、


「私が中和剤を打って薬の効果を消しました」


「やっぱり……多分、感謝した方がいいと思うけど、まだよく分からねえ。何がどうなってる?」


 錯乱状態から元の状態に戻してくれた事が有難いのは確かだ。しかし、ヘルツォークの企みも、シャノの企みも分からない。ルークの知らないところで計画が絡み合っており、まるで状況が理解できずにいた。


「頼むよシャノ、今の俺に頼れるのはお前だけなんだ」


 まだ渋るような様子を見せるシャノにルークは頼んだ。よっぽど後ろめたいのだろうか。しかし、外との接触を断たれた今のルークは、シャノを頼る以外に手が無いのだ。

 そんなルークの誠意が伝わったのか、シャノは決心したかのように深呼吸し、やっとその重たい口を開いた。


「私があなたを治したのは、あなたを助けるためです」


「俺を、助ける?」


「はい。落ち着いて聞いて下さい」


 そして、シャノは顔を上げてルークの目を真っ直ぐに見つめると、こう言った。


「結論から言うと、明日、あなたという存在は消えます」


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