10 『何故なら私が悪いのだ』
ゆっくりと瞼を開けると、高い木製の天井が目に入ってきた。窓からの木漏れ日に目がくらみ、目を細める。
目線を下げると、そこに人影があった。椅子に座り、頭を下げてウトウトしている茶髪の人物。
「ロ、二―……?」
名前を呼ばれたロニーはゆっくりと顔を上げるとこちらの起床に気づいて目を丸くする。そして急いで椅子から立ち上がり、こちらに向かってきた。
「ミア! 大丈夫!?」
ロニーは心配そうな目でミアを見つめると、安否を尋ねる。ミアはあまり状況が呑み込めなかったが、とりあえず「うん」と小さくうなずいた。
「良かった……先生呼んでくるから、待ってて」
ルークはそう言うと、急ぎ足で部屋を出ていった。ミアはその姿を見送ると、今自分が居る部屋全体を見渡す。
かなり大きめの天井の高い部屋で、隣を見ると今ミアが寝ているものと同じベッドが十つ程並んでいる。ミアはこの場所に見覚えがあった。
「看護室……」
ここはフラーグルにある病院の看護室だ。ミアも就学中にケガをして何度か来たことはあったが、こうして病床で寝たのは初めての事だった。
ミアは動こうと思い上半身を起こそうとした。しかしその瞬間、腹の当たりが焼けるような強烈な痛みを感じた。ミアはあまりの痛さに顔をしかめて小さくうなる。
今度は痛まないように、頭だけをゆっくり動かす。それでも痛みは感じたが、顔を上げることはできた。そして腕を動かし、自分に掛かっている布団をはがす。すると、腹部には大部分にわたって白い布が巻かれていた。
その傷を見て、段々と記憶が蘇ってきた。
「ルーク……」
突然心に響いたロニーの声、駆け付けるとアンドロメダ人カーナン・カーマスと対峙し、その後敗北した。ミアの実力は、全く敵わなかった。そして、そのせいでルークが――
その後しばらくすると看護の先生が現れ、ミアの体調を確かめるためにいくつかの質問をした。しかしミアはうわの空だった。頭にあったのは、ずっとルークがどうなったのかという事だ。しかし、その質問の答えが怖くて、先生に聞く勇気が出なかった。
そんな様子でミアが躊躇っていると、先生は部屋から出て行ってしまった。ミアはルークの事を聞けなかったが、それを後悔する暇はなかった。何故なら、先生と入れ替わりで別の人物が入ってきたからだ。
「起きたばかりで悪いが、少し話を聞かせてもらうよ」
そう言いながら、彼は腰に付けた剣を机に置き、ミアの隣の椅子に座った。ミアの知らない人物だ。すらっと高い身長に、しっかりとした体つきの白髪の青年。彼の白い服の胸元には、王国騎士団の紋章が付いている。
「申し遅れた、私はケイナン・グレイス。王国騎士団対アンドロメダ特殊部隊の隊長だ。捜査に協力して欲しい。君たちを襲ったアンドロメダ人について詳しく教えてくれ」
*
ケイナン・グレイスと名乗った青年は、ミアを質問攻めにした。その中で、ミアの最後の記憶通り、ルークが失踪したことが明らかになった。ミアはどんな状況だったのか、敵の装い、取った行動などを細かく説明した。質問の中で『ルーク』という名前が出るたびに胸が痛んだ。
それが終わるとグレイスは丁寧に礼を述べ、あっという間に去って行ってしまった。
その後間もなくやってきたのはロニーだ。目覚めた時と同じく傍の椅子に座ったロニーは、どこかホッとしたような表情をしていた。
「君は一週間も眠ってたんだ。何度も心臓が止まって、ほんとにどうなるかと思った。あとほんの数分でも君の雷を見た生徒が助けに行かなかったらやばかったらしい。でも、ほんとに良かった」
「良かった?」
「え?」とロニーは顔を上げた。上半身を起こして壁にもたれているミアは、下を向いたまま話す。
「何も良くなんてないよ……」
ロニーは顔色を変えて、気まずそうに下を向くと唇を噛んだ。
ミアはベッドから足を下し、立ち上がろうとする。しかし足が地面に着くよりも前に激痛が走り、体を丸めて蹲った。ロニーは慌ててミアの体を支える。
「ミア!? 何してるんだよ!?」
「ルークを……助けないと……」
「そんな体で? 立つことも出来ないのに」
「だって……」
ミアはベッドの上で拳を力なく握りしめた。一週間前の出来事を思い出して呼吸が荒くなる。
「ルークは、私のせいで……」
「ミアだけのせいじゃない、僕だって――」
「ううん、全部私のせい……ルークをパーティーに誘わなかったら、もっと私が強かったら、もっと私が、ルークの事を分かってあげられてたら……」
自分本位な気持ちでルークをパーティーに誘ったのも、実力が足りずルークを連れ去られたのも、しっかりルークの気持ちを考えられなかったのも、全てミアが悪い。
「ほんとはね、分かってたの。ルークを誘わない方がいいって。それなのに、誘った。ルークの事分かってる気になってた。そりゃ、分かる訳ないよね、幼馴染って言っても、何年も一緒に居なかったんだしさ……」
ミアのルークへの気持ちは複雑だった。フラーグルでの日々、ルークに会う機会は少なかったため、幼かったころのルークへの憧れという感情を抱き続けていた。
あの輝いていた頃のルークに憧れて、自分もああいう風になりたいという感情から努力を続けてきたのかもしれない。そのためか、恋愛にというものにもあまり興味をもたず、ミアにとっての憧れはルークであり続けた。
「ルークに憧れてた。だから来て欲しかった。王都に行ったらまた会えなくなるから、今のうちに会っておきたかった。そんな自分勝手な感情で、ルークを誘ったの」
そのため、卒業式でルークを見かけたときや、パーティーに来てくれた時は本当に嬉しかった。この貴重な時間を、少しでも有意義に過ごしたいと思っていた。
「それなのに、喧嘩になって、ルークが襲われて、全然敵わなくて……だから、全部私が悪いの」
ミアは声を震わせながら言う。あれだけ努力してきたのに、それでも足りなかったというのか。幼馴染一人守れなくて、国を守ることなど出来るわけがない。
それは、フラーグルでの日々が無駄だったという様なものだ。こんなことで、自分を信じることなんて出来るわけがない。
「僕だってルークに会いたかった。もし僕が卒業式でルークを見かけてたら、ミアと同じことをしてたと思う。それに僕は、一緒に居ながら気を失ってた。本当に情けないし、悔しいよ。でも今は、誰が悪いかなんて考えるべきじゃないよ」
ロニーはミアに慰めの言葉を掛けるが、自責の念に駆られる今のミアの心にはあまり響いていなかった。ロニーはそれでも続ける。
「ルークのことは、王国の特殊部隊が最優先で探してくれてる。さっき会ったグレイスさんは、国内最上級の実力の騎士だ。彼らなら、きっとルークを見つけ出してくれるはずだよ」
ケイナン・グレイスのことは、ミアも噂には聞いていた。若いながらも王国騎士団に入団し、その実力でみるみるうちに高官に上り詰め、新設された対アンドロメダ特殊部隊の隊長に任命された。
王国が誇る魔法剣士の一人で、魔術も剣術もかなりの実力らしい。
普通ならば、これだけの情報で十分信頼できる。それでも、ミアの心配が止むことは無かった。
「僕は、出発は遅れちゃったけど王都に行って騎士団に入団する。校長が送ってくれるからひとっとびだ。ここにいたって状況は変わらないけど、王都に行けば情報が集まってるし何か分かるかもしれない。ルークのことは僕に任せて」
「でも……」
自分でやりたい。何故なら、自分のせいだからだ。自分でやらなければならない。ミアの強い責任感はそれを譲ろうとはしなかった。しかし、
「ミアはまず傷を治さないと。先生はあと一か月は病床に居ろって」
「一か月も!? そんなに待てない!」
大きな声を上げたせいでまた腹部に痛みが走り、ミアは小さく唸った。ロニーはミアを気遣って心配そうに名前を呼ぶ。
「君は死にかけたんだ。気持ちは分かるけど、ちゃんと治さないとまた傷が開いていつまでたっても動けないよ」
ミアは言い返そうとしたが、言葉が思いつかなかった。完全にロニーが正しい。それに、今のミアの体が動けるような状態ではないことはミア自身が一番分かっていた。
「今僕らは僕らに出来ることをやろう。僕は王都に行って、君は怪我を治す。大丈夫、ルークはきっと生きてるよ。だってルークだよ? あいつはこんなとこでくたばる様な奴じゃないって」
ロニーは冗談めかして言う。それなのに、その言葉にはやけに説得力があった。ミアは悩んだ挙句、渋々ロニーの言うことを認めて頷く。
ロニーは息をつくと立ち上がり、
「じゃあ、僕はそろそろ行くよ。校長に待ってもらってるんだ。ミアはゆっくり休んで」
「気を付けて、ロニー」
「うん、ありがとう。じゃあまた一か月後にね」
そう言うとロニーは去っていく。ミアはその様子をベッドの上から見送った。
これで第一章前半が終了です。やっと次回から後半戦! 毎日投稿頑張りますので、応援よろしくお願いします!(誤字、脱字すみません)