9 『閃光と落ちこぼれの二重奏』
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ミアは戦いの場のど真ん中に舞い降りた。手には鮮黄色に光る両刃の剣を握り、その雷雲の瞳は真っ直ぐにカーナンを見据えて。
先程ミアの心に響いたロニーの声、あれは、ごくわずかに限られた、親密な間柄の者たちだけが使える共感魔法だ。
発動条件も厳しく、それこそミアとロニーのようにずっと昔からの友達で、感情が高ぶった時にしか発動できない。つまり、今は緊急事態という事だ。
ロニーからの知らせを受けたミアは、展望台から一直線にここに向かって飛んできたのだった。
「はぁ? 何なのあんた?」
「それはこっちの台詞よ。あなた、ここで何をしているの?」
カーナンのミアへの態度は、先程までのルークへのものとは明らかに違った。ルークはそのことに気づいたが、ミアには気づく余地もない。
ミアはそんなカーナンの刺々しい態度に動じすに反論する。カーナンはそんなミアの様子に、「はぁ」と大きくため息をついた。
「もう……これだから女は嫌なのよ。関係無いくせに割り込んできて、何様のつもりなの?」
「関係あるわ。フラーグルにあなたみたいな不審者が入り込んでる以上はね」
フラーグルは警備が甘いようで、実はかなり厳重だ。侵入者が居た場合はすぐに警備員に知らせが行くようになっているし、彼はなかなかの手練れである。そのため、校内にこっそり入り込むのはかなり難しい。
また、万が一入れたとしても、校内には初見殺しの道迷いの魔法が掛かっている。これらを破ってここにいるという事は、彼女ないし彼はただ者ではないことが伺える。
「ミア!」
「大丈夫、ルーク?」
「ああ、ロニーも倒れてるけど大丈夫だ!」
ミアは後方、ルークの近くに倒れているロニーを見た。ロニーはうつぶせに倒れているが、ルークがそう言うのであれば大丈夫であろう。
二人の会話を聞いていたカーナンはルークに剣先を向けると、
「アタシの目的はその坊や。アンタやその倒れてる坊やなんかどうでもいいのよ、引っ込んでなさい。痛い目に合いたくなければね」
「ルークが目的……? 悪いけど、あなたの思い通りにはさせないわ!」
ミアは威勢よくカーナンに豪語する。カーナンは再びため息をついた。
「ほんと、物分かりが悪いガキね」
ルークからすれば、ミアが現れた途端にカーナンの機嫌が悪くなったのは一目瞭然だ。ルークはミアに警告する。
「だめだミア、そいつはマジでヤバイ! アンドロメダ人だ!」
「アンドロメダ……」
ミアはその単語を聞いた瞬間、大きく動揺した。カーナンの出で立ちから察しはついていたが、改めて今目の前にしている敵の異様さを再確認する。
ミアはこの七年間はこの時の為にあったと言っても過言ではない。とはいえ、もちろん今までに本物のアンドロメダ人と対峙したことなどない。
それでも、ミアは動揺を悟られまいと平然を装った。
「逃げて、ルーク。助けを呼んできて」
「そんな、ミアを一人置いて逃げられるか!」
「ルーク……」
ルークは手に父の形見の剣を握りしめ、ミアの隣に並んだ。そんなルークの様子に、ミアは昔の、心に傷を抱える前のルークを感じた気がしてホッとしたような安心感を覚えた。
――良かった、ルークはルークなんだな。
ミアは心の中でそう呟く。今日のルークは、どこか余所余所しくて、遠慮しているような気がしていた。
それが今、昔から変わらない『ルーク・スレッドマン』を見ているような気がして、ミアは嬉しかった。もっとも、今の状況は全くもって喜ばしいものではないのだが。
「ミア、さっき俺、あんなこと言ったのに助けに来てくれて……」
「ううん、人を助けるのに理由なんていらないわ」
「そっか……その、さっきは――」
「アタシを差し置いて盛り上がってるんじゃないわよ! 二対一でも構わないわ。そっちがその気ならかかって来なさい。今度は手加減しないわよ」
怒ったカーナンがルークの言葉を遮る。ルークはカーナンの台詞を受けて、ルークは顔をしかめた。
「ごめんミア、話は後で」
「うん」
「残念ね、坊や。あなた達に後は無いのよ」
「……さっきからテメェ、何回も話に割り込んできやがって……」
カーナンは冷ややかな微笑を浮かべた。その表情に、ついにルークの堪忍袋の緒が切れた。
ルークは、カーナンに向かって大きな声で叫ぶ。
「それと言っとくがな、俺の名前はルーク・スレッドマンだ! カーナン・カーマス、俺とミアで、ここでお前を倒す!」
その言葉を言い終わるやいなや、ルークはカーナンに向かって大きく飛び出した。
「行こう、ミア!」
「うん!」
ミアもルークに続き、カーナンに向かって剣を振りかざした。
二人の剣はカーナンに振り下ろされる。しかし、カーナンはその両方の攻撃を素早く大剣で受け止めた。そしてすかさずカーナンは反撃に出るが、ルークとミアも素早い身のこなしでその攻撃を避ける。
更にミアは、攻撃を避けつつカーナンの脚を斬りつけた。
しかし、鎧には傷一つ付かない。
「ミア、こいつの鎧には普通の攻撃は通用しない!」
「――だったら!」
ミアはカーナンに向かって左手をかざすと、呪文を唱える。
「エレーノ!」
すると人差し指の金の指輪が光りを発する。それと同時に、カーナンに向けた手のひらの前に魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣は黄色く光ると、その中心から黄色い電撃が発せられた。電撃は一直線にカーナンに向かっていく。
「――ッ!」
カーナンはすかさずそれを大剣で防ぐ。しかしミアの放った電撃は剣に直撃し、そのまま体の鎧へと流れていく。
その衝撃に、カーナンは体を大きく仰け反らせた。
「しびれるわねぇ……もっとアタシを楽しませて!」
「俺の攻撃よりは効いてる……!」
「でもこのままじゃまずいわ、何か作戦が無いと」
先ほどのミアの攻撃がカーナンに通用したのは明らかだが、それはあまり大きな打撃にはなっていないようだ。カーナンは依然として余裕そうな表情をしている。その表情はとても演技とは思えない。
「ああ、だな。でも俺の攻撃じゃ無理っぽい――」
「あらあら、喋る余裕があるの?」
ルークの言葉を遮り、カーナンはルークに向かって大剣を振りかざした。いつの間にそこまで移動したのだろうか。その大きな図体に似合わず驚異の移動速度だ。
ルークは間一髪でその攻撃を避けた。
「エレーノ・ソーラ!」
ミアは再び呪文を唱える。すると今度は右手に持っていた剣が光りを発し始め、帯電状態になった。
ミアはカーナンに駆け寄り、その電流を帯びた剣を振り下ろす。カーナンは相変わらずその攻撃を防ぐが、再び大きく仰け反ったところを見ると聞いているのは明らかだ。
しかしカーナンも負けてはいない。今度はミアに向かって大剣を振り回す。ミアはそれを二、三度は避ける事が出来たが、次の攻撃でカーナンの剣の腹が命中し、大きく跳ね飛ばされた。
ルークはミアに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「その程度なの? 私を倒すだなんて聞いて呆れるわね」
「クソ……余裕そうだな」
ルークは地面に倒れたミアの手を引くと、カーナンを睨んで眉を細めた。
カーナンにはまだ余力が残っている事は明白だ。このままでは体力切れでこちらの敗北になるだけである。何か強力な、切り札がないとーー
「ルーク、一つ作戦があるわ。合図したら奴から離れて。あと、これが失敗したら全力で逃げて。分かった?」
「待てよミア、何を――」
「お願い」
ミアは言葉を途切らせると、ルークを見つめ目で訴えかけた。
「信じて」
「……分かった。じゃあ俺はそれまでカーナンの気を引く」
「うん」
ルークは渋々といった様子でミアの提案を受け入れると、カーナンに向かって行った。ミアはその姿を見送りながら剣を握りしめる右手に力を込める。
自分の体の中から力が溢れ出してくるのを感じる。ミアの剣は、先程よりも明るく光り、電光を発し始めた。
ミアは目を細め、ルークと攻防を繰り広げているカーナンの隙を見計らう。
「ルーク!」
ミアが飛び出す、と同時にルークはカーナンから飛び退いた。カーナンはミアの攻撃に気が付くがもう遅い。ミアは光剣を握りしめ、電流のように素早くカーナンに飛びつく。
「エレーノ・サーゼス!」
ミアは電撃を帯びた剣をカーナンに向かって振り上げた。空から一筋の雷がミアの持つ剣に向かって伸びる。ミアは、そのままその雷剣をカーナンに向かって振り下ろした。強力な電流を放つ刃カーナンに当たった瞬間、大きな轟音と衝撃が発生した。
濃い煙が辺りを覆う。ルークが目を凝らすと、先程までカーナンが居た場所の地面に大きな窪みが出来ていた。
「おお……す、すげえ、これなら……」
ルークはミアの放った一撃に呆気にとられている。今の落雷をまともに受けていたら、流石のカーナンでも無事ではいられないだろう。
しかし、煙の中から聞こえてきた声は期待外れのものだった。。
「これが切り札かしら?」
「嘘だろ……」
カーナンは大剣を振り回し、周りの煙を払った。煙が晴れると、所々に傷が入り、場所によっては穴が開いた鎧を来たカーナンの姿が露わになった。そこから判断するに、ミアの攻撃はカーナンに命中したはずだ。それなのに、カーナンはまだこうして立っている。
「危ない所だったわ。もう一度やられたらマズいけど、生憎そんな体力は残ってなさそうね」
地面に倒れこんだミアは何とか体を起こそうとする。しかし腕に力が入らず、耳鳴りが止まない。攻撃を放った本人がここまでダメージを受けているのに、食らった者が平気で立っていることに、ミアは絶望感を抱いた。
遠くでミアの名前を呼ぶルークの声がする。
「ミア、大丈夫か!?」
「これで終わりよ」
カーナンは大剣を振り上げてミアに向かってくる。逃げなければ。攻撃を食らえばもうお終いだ。それなのに、体が重く、腕も足も動かない。ミアは終わりを覚悟した。
「――――!」
しかしその時、甲高い音が響くと共に真横で衝撃音がした。
ミアが目を開けると、ミアの真横の地面に振り下ろされたカーナンの大剣と、ミアを守るようにカーナンとの間に立つルークの姿が目に入った。ルークが持つ剣は、その刃の中央で丁度真っ二つに折れていた。
「そ、そんな……」
ルークは驚きと絶望が入り混じった声で呟いた。もしルークが剣で防ぎ、カーナンの攻撃をそらしていなかったらミアは死んでいただろう。
カーナンは再び攻撃をすると思いきや、その太い指でルークの首を掴んで持ち上げた。
「うっ――!」
「ルーク!」
ミアはルークの名を叫ぶ。ルークは苦しそうに呻きながら、必死にカーナンの腕を掴んで放させようとした。ルークの剣は音を立てて地面に転がる。
「は、なせ……!」
「捕まえたわよ」
カーナンは満足げにニンマリと微笑を浮かべると、どこからともなく緑色の液体の入った注射器を取り出した。
カーナンはその注射器をルークの首に突き立て、その液体を注入した。すると、次第にジタバタしていたルークは抵抗を止め、カーナンを掴んでいたその手は力なくぶら下がった。
だめだ。ルークが攫われてしまう。ルークを助けられるのは、今この場にいるミアだけだ。カーナンはルークを手に入れると、ミアには目もくれず歩き去っていく。早くしないと、手遅れになってしまう。
ミアは最後の力を振り絞り、剣を地面について何とか立ち上がる。そして震える手で剣を構えると、段々と遠ざかっていくカーナンの背中に向かって声を振り絞った。
「ルークをはな――」
ミアが聞いた事のない音がした。
ミアは何が起こったのか分からなかった。熱い。カーナンは振り返り、手に持った小さな変わった武器が煙を上げている。痛い。フラーグルで習った。ブラスター銃だ。
ミアは自分の体を見下ろし、熱さと痛さの正体を知る。熱い。フラーグルの制服の腹部は、赤く滲み始めていた。痛い。
「もういいわ。任務完了、ターゲットは手に入れた」
体が地面に崩れ落ちる。熱い。制服を染めたミアの鮮血は、止まることなく流れ続けている。痛い。体が動かず、止血も出来ない。怖い。
手の痺れが止まらない。熱い。段々と指の先から体が冷たくなってきた。痛い。体中の血が、腹部から流れ出ている。怖い。
もうだめだ。熱い。視界がぼやけ、呼吸が乱れて、思考が止まっていく。痛い。もうそれしか考えられない。怖い。熱い。痛い。怖い。熱い。痛い。怖い。熱い。痛い。怖い。熱い。痛い。怖い。あつい。痛い。こわい。熱い。いたい。こわい。あつい。いたい。こわい。あつい。いたい。こわいあついいたいこわいあついいたいこわいしぬ――――――――――――――――――。
遠のいていく意識の中で、ミアは最後に名前を呼んだ。
「ルー……ク……」