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07.武雄の闘争(2)

 

 何が何だかわからずに呆然としている薫子に武雄の話が追い打ちをかけるように続く。

「大体、現状の日本はおかしいと思わないか?」

「おかしい……ですか?」

「今時国際会議に民族衣装で出席する先進国が日本以外にあるか?」

「民族衣装?」

 武雄は、ちょっと呆れた様な表情を見せたがすぐに優しい笑顔に戻りながら説明を続けた。


「政府首脳が海外へ行く時も羽織袴姿なのはテレビとかで見ているだろう? あの和服は日本の民族衣装なんだよ」

「へー、着物は民族衣装なんだ」

「そうだよ。戦後の日本政府が日本文化を保存継承するという建前の元、『国民は洋装を控え和装を基本とするべし』などという御触おふれを出したんだ。そのお蔭で薫子達も和装で学校に通っているわけだ」

「でも、それはそれで良いのではないですか?」

「和装自体はどうでも良いのだけれど、それも統制の一環なんだ。それ以外にもいろいろな形で国民を政府に都合の良い方向を向かせる為の統制が働いているんだ」

「…………」

 ますます訳がわからなくなる薫子だったが、武雄の話は更に続けられた。


「最も危ないのは言論統制だな。建前としては言論の自由を保障しているけれど、実際はかなり厳しい言論統制が行われているんだ」

「そうなの?」

「ああ、例えば有名新聞社や放送局のトップには必ず政府の息の掛った者が配置されているんだ。そして、倫理委員会という組織を牛耳っているのも政府関係者だ。この倫理委員会も表面的には偏った思想を正すという意味合いで運営されているのだが、最も重要な業務は政府に都合の悪い事は報道させない、政府に都合の良い報道をさせる事なんだ」

「じゃあ、政府が困る様な事はテレビじゃ報道しないの? よく政治家の汚職だとかのニュースもやっているよ」

「それは政府が必要としなくなった政治家を排除する為の報道なんだ。たまに息の掛っていない弱小新聞社や雑誌社がすっぱ抜こうとすると発売前に握りつぶされる」

「何だか酷い話ね」

「そう、酷いものさ」


 自分の手をじっと見つめていた薫子が心配そうな目を武雄に向けた。

「武雄おにいちゃんはそんな政府と戦おうとしているの?」

 武雄は少し困った様な表情になり、薫子から視線を外しながら言った。

「俺がと言うよりも学生連合がと言った方が正しいけれどもね」

「どう言うこと?」

「学生連合は各大学の有志達が集まって結成されているんだけれど、帝大のリーダーだった人が学生連合のリーダーも兼ねていたんだ。その人が引退した後、誰をリーダーとするかで揉めたんだけれどね。本来は帝大のリーダーが仲裁役をやるべきだったんだけれど、その時のリーダーは実行力は有ったけれど求心力はあまり無かった。それで俺を仲裁役にしたんだ。他校のリーダー達も自分たちのグループを統率するのがやっとでね。おかげで俺が全体のリーダーみたいな形になってしまった」

 武雄が薫子の方を向くと、薫子がニヤニヤ笑っていた。

「な、なんだよ。気味悪いなぁ」

「ふふふ、みんな武雄おにいちゃんの人たらしに引っ掛かっちゃったのね」

「人たらしとは酷い言い方だけれど、まあそんなところだ」

「武雄おにいちゃんは政府と戦おうとはしていないの?」

「俺は闘争とかよりも、もっと楽しく暮らして行きたいんだけれどもなぁ。なんだか連合の奴等が盛り上がっちゃてね。誰かが声を上げなくては何も変わらないのは確かな事だから、あいつらの志を無下に否定も出来ないんだよなぁ」

「要は上手いこと担ぎあげられた感じ?」

「そうとも言えるな」

「なんだ、武雄おにいちゃんにはポリシーってやつは無いんだ」


 武雄は薫子の言葉に子供の様な笑顔を見せて、本来の自分の考えを語り始めた。

「意外かも知れないけれど、俺は今の日本を結構気に入っているんだ。確かに帝国主義の名残りが残っているのは良くないと思うけれど、国民自体は平和で幸福観に包まれて生活しているじゃないか。世界的に見てこんなに国民が幸せだと思っている国は少ないからなぁ」

「そうなの?」

「資本主義が正義とされている世界では、強いものが弱いものから搾取して、より強くなる。それが標準的な事だからな。今の日本はましな方なのさ」

「武雄おにいちゃんは、それでも学生連合のリーダーを続けて行くの?」

「実を言うと、何とか協調路線に変えられないか画策している最中なんだ。しかし、今の諸外国に対する恐怖外交だけはやめさせないといけないと思っているんだ。協調路線への軌道修正はその後になるな」

「ふーん、一応いろいろと考えているんだ」

「もちろん考えているさ。今だって、『もう遅いから薫子を家まで送って行かなくては』 なんて考えているところだ」

「うふ、送ってくれるの?」

「ああ、ひとりで帰したら心配で眠れないからな」


 寝ぼけている学生に留守番を頼み、二人は薫子の家へと夜道を歩いた。

 やさしい月あかりが二人の姿を照らしていた。






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