03.対面
翌日、帝大のカフェテリアに向かう三人の女学生がいた。もちろん、薫子・桜子・鈴子の三人だ。
「本当にあの方が見付かったの?」
「うん、笑えるほどの偶然だったけれどね」
「何だか展開が急過ぎるよぉ。本当にあの帝大生さんなのぉ?」
「私が会って確かめたんだから間違いないよ。さあ、行くよ!」
そう言って尻込みする鈴子の手を引いて、半ば強引にカフェテリアに入って行った。
奥の窓際の席に、武雄と清一郎が座っている。
薫子を先頭に、その背に隠れる様にして鈴子、その背を押す様に桜子と言う布陣で武雄と清一郎の待つ席へと進んだ。
「武雄さん、お待たせしました」
そう言って、薫子が武雄の前に座る。その隣に鈴子を座らせてから、鈴子を挟むように桜子も席に着いた。おかげで清一郎の正面に座ってしまった鈴子は、顔をあげる事も出来ずに、ただ俯いている。
「この人は私の幼馴染みで、烏丸武雄さん。そしてこちらが奥平清一郎さん。二人とも帝大の三年生だそうです。この娘が百地鈴子。そして、九条桜子。私たち三人は女学校の同級生です」
薫子の紹介で、それぞれが軽く会釈をした。
「先日はありがとうございました。助かりました」
薫子は清一郎にそう告げ、鈴子の脇腹を肘で小突く。鈴子に御礼を述べる様に即しているのだろう。鈴子もそれに気付いているのだが、恥ずかしさのあまり顔をあげる事が出来ない。
「ありがとうございました」
一瞬顔をあげて清一郎の顔を確かめた鈴子は、小さな声でそれだけを伝えた。
「まったく、この子ったら本当にお嬢さまで……。男の人と話した事もない様な娘なので許してやって下さいね」
薫子の発言に武雄が笑いだした。
「薫子、まるで母親だなぁ」
「ええ、ええ、友達の為ならば母親にだってなりますよ!」
そんな光景を微笑みながら見ていた桜子が言う。
「薫子と武雄さんは仲がよろしいんですね」
「ただの幼馴染みですからね。勘違いしないでよ!」
「おいおい、そんな言い方無いだろう? まるで嫌われているみたいじゃないか」
「嫌ってはいないけれど、遊び人の武雄おにいちゃんと仲がいいなんて思われたくはないですから!」
「遊び人とはひでえなぁ……」
そんな遣り取りに場の雰囲気は和んで行った。
「百地さんって珍しいお名前ですよね。もしかしたらあの百地徹道大将の関係ですか?」清一郎が鈴子に聞いた。
「徹道は曾祖父にあたります」
「それは凄い! 先の大戦で大活躍をした百地大将の曾孫さんですか。御爺様も御父様も立派な方ですよね」
「家はずっと軍人の家系でして……」
「鈴子の家はとても厳しくてね。だからこんなお嬢様に育ってしまったようです」
薫子はそう言って鈴子の背中を軽くたたく。
「そんな……、私はお嬢さまなんかじゃないですよぉ。薫子や桜子の方が立派な家柄のお嬢様じゃないですかぁ」
「まだ言っているの! 今の世の中、国民はみんな平等で、爵位だとか家柄だとかは関係ないんですからね! 清一郎さんもそう思うでしょう?」
薫子が清一郎に話しを振る。
「そうですね、爵位撤廃令が施行されたのは僕達が生まれる前ですからね。しかし、大人たちの間には爵位だとか家柄だとか、いまだに差別が有るのも現実ですよね」
そんな清一郎の話に武雄が割り込む。
「奥平は真面目だなぁ。家柄や爵位なんて過去の遺物だよ。どんな家柄や爵位だって鈴子ちゃんの美しさには敵わないよ」
そんな武雄の言葉に鈴子は真っ赤になって俯いてしまった。
「武雄おにいちゃん! からかわないでよね!」
薫子が怒りを露わにする。
「いやいや、からかってなんかいないよ。本当の事を言っただけだ。しかし、薫子と桜子ちゃん・鈴子ちゃんの三人で歩いていたら目立つよなぁ。こんなに美人が集まる事なんて滅多にあるもんじゃない! 奥平だってそう思うだろう。草履の件だって、三人の美貌に引き寄せられたんだろう?」
「そんな事は……」
口ごもる清一郎に武雄が追い打ちをかける。
「図星の様だな。朴念仁かと思っていたけれど、お前もれっきとした男だってことで安心したよ」
そう言ってニヤニヤ笑いを清一郎と鈴子に向ける。
「変な言い方しないでよね!」
薫子が武雄を睨む。
「おお怖! 俺は退散するかな。薫子、後は頼んだぞ」
そう言って武雄はカフェテリアを出て行ってしまった。
しばらく世間話などをしていた四人だったが、頃合いを見て薫子と桜子が目配せをしている。
「鈴子、ちょっと用事が有るからごめんね」
そう言って薫子が席を立つ。
「あっ、私もこの後予定があってね」
桜子までが席を立ってしまった。慌てた鈴子は立ち上がった薫子の袖を掴んで懇願する様な眼で見上げる。
「鈴子はもう少し奥平さんとお話してから……。そうだ、奥平さんに送ってもらいなさい。奥平さん、鈴子の事よろしくお願いします」
「は、はい」
薫子と桜子はカフェテリアを去って行ってしまった。取り残された鈴子は恨めしそうにふたりの後ろ姿を見送っていた。
薫子と桜子はカフェテラスの前で立ち止まった。
「桜子、ちょっと寄りたい所があるから此処で別れましょう」
「そうなの? 解りましたわ」
カフェテラスに鈴子と清一郎を置き去りにしてきた薫子と桜子は、別々の方向へと歩き始めた。
薫子は帝大正門方向へ、そして桜子は裏門方向へと歩を進めていた。
カフェテリアに取り残された清一郎と鈴子はぎこちない空間を作り出していた。元々女性と気軽に話の出来ない清一郎と、家族以外の男性と話しをした事のない様な鈴子に楽しい会話を期待する方が間違いだったようだ。
「鈴子さん、あ、あのう、僕なんかと話していても退屈ですよね」
「いいえ、そんな事はありません。た、楽しいです」
鈴子はそう言って真っ赤になって俯く。
そして沈黙の時間が流れる。
「えっと、鈴子さんの御趣味は?」
「はい、えっと、読書とか、お散歩とか……です」
「散歩ですか……。そ、そうだ。ここを出て少し歩きませんか?」
「は、はい」
二人は周辺の散策をするためカフェテリアを後にした。外の風景に触れる事によって、何か会話のきっかけが掴めるのではないかと言う、清一郎の勝算の無い苦肉の策であった。