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24.同窓会

 

「まったく、お母さんったらウキウキして出かけていったわよ」

「うちのお袋も同じだよ。『今日はとっても良い一日になる』とか言いながら出かけていったよ」

 百地家のリビングで、鈴音と隆幸が話していた。そこにウメが現われ、ふたりの話に加わった。

「薫子さんが消息不明になった後の鈴子お嬢様は、それはもう心配していましたからね。今にも倒れるのでは無いかと思うほど憔悴しょうすいしきっていましたよ」

「へー、そんなに親しい友達だったんだ。全く聞いたこと無かったからなぁ」

「そうそう、私もこの前初めて聞いたのよ。ビックリしたわ」

「いろいろとありましたからね。話すことが出来なかったのですよ」

「でも凄いよね、『恋の逃避行』だよ。憧れるわぁ」

「憧れるって、そんな事を言ってはいけませんよ」

 ウメの言葉に、琴音は舌をチョロッと出して首をすくめた。

 その可愛らしさに、ウメはまるでおばあちゃんが孫を見るように微笑んだ。



 鈴子と桜子が会場のあるホテルに到着したときには、開始時間を少し過ぎてしまっていた。ホテルの従業員に案内されて会場に着くと、同級生達が思い思いにグループを作って談笑していた。みな四十路よそじのオバサンであるにも係わらず、立食形式のパーティー会場はまるで女学生達の集まりのように華やいでいた。

 ふたりは会場内を見回して薫子を探したのだが、それらしい人物が見つからない。

「薫子はまだ来ていないのかしら」

「そうね、まだみたいね、そのうちに来るでしょう」

 そう言って、近況報告や世間話をしている同級生のグループに近寄っていこうとしたとき、突然声をかける者がいた。

「鈴子、桜子、久しぶりねぇ」

 ふたりは声の方向を見たが、親しい友人はそこにいなかった。ただ、恰幅の良い婦人が立っているばかりだ。婦人の顔を怪訝そうに見ている桜子の袖を鈴子が引っ張りながら言った。

「もしかして、薫子?」

 その声にいち早く反応したのは、恰幅の良い婦人だった。

「鈴子、正解! 薫子よ。こんなに太っちゃたからわからなかったでしょう」

「やっぱり薫子だぁ」

「薫子なの、ごめーん、わからなかった。鈴子はよくわかったねぇ」

「ははは、わからなくて当然だよ。こんなになっちゃたからね」

 そう言いながら、薫子はくるりとターンをして見せた。

「あんた達は変わらないねぇ。今でもお嬢さんに見えるよ」

「薫子、お世辞が過ぎるよ。こんなオバチャンのお嬢様はいないよ」

 三人は楽しそうに笑い合った。確かに見た目は年齢を経ているし、長い間交流する事も無かったけれど、気持ちは一瞬で女学生の頃へと戻っていた。


「薫子はあれからどうしていたの? 外国での生活は大変でしょう? 今はどんな暮らしをしているの?」

「鈴子、アンタは変わらないねぇ。相手に応える隙を与えない質問もあの頃のままだ」

 そう言って薫子は笑った。

「私のことは後で良いんだけど、鈴子、あんたは今、幸せなのかい?」

「私? 私はずっと幸せだよ」

「そうかぁ、幸せなら良いんだ。鼻緒の君があんな事になっちゃったから、心配していたんだよ」

 そう言って薫子は鈴子を抱きしめた。

「私は大丈夫。あの時は悲しかったけれど、桜子もウメさんも居たし、何よりも琴音がいたからね。あっ、琴音は清一郎さんと私の子供。もう十八歳になるんだよ」

「そうかぁ、それは良かった。桜子の子供は?」

「私の所は男の子がふたり。長男は琴音ちゃんと同じ年で、次男はその二歳下。薫子は?」

「うちは男の子がひとり、まだ十歳のわんぱく盛りよ」

 ひとしきり近況報告が行われた。現在は三人とも幸せに暮らしていることを確認し、それを喜びあった。


 桜子は概ねの情報を聞いているらしいが、なにも聞かされていない鈴子は薫子の逃避行話を聞きたがった。三人は会場の隅に移動し、壁際の椅子に座って話し始めた。

「まずはどこから話したら良いのかなぁ」

「お兄様も桜子も話してくれないから、最初から全部話してよ」

「ははは、この子は私に何時間喋らせるつもりなのかね」

 そう言って笑った薫子は、警察に追われた話、意外と豪華で快適だった貨物船での船旅の話をした。どれもが普通では経験できないような話だった。


「それで新天地はどうだったの? 外国での生活は大変だったんでしょう?」

「まぁ、大変と言えば大変だったけれど、楽しい毎日だったよ」

「そうだよねぇ、大好きな烏丸さんと一緒だからねぇ。『恋の逃避行』だしね」

 桜子がからかうような笑みで言うと、薫子は臆せず応えた。

「それはそうだよ、武雄さんと一緒じゃ無かったらあんな生活は無理だったよ。住居とか、仕事とか、生活する上で必要なことはしっかりと手配されていてね。どんな人が係わっているとこんな事が出来るのかと思うくらいにね」

 そう言って笑顔で桜子を見る。桜子は素知らぬふりで目を細めた。どうやら誰が手配させたのかを烏丸武雄と薫子は知っているようだ。なにも知らないのは鈴子だけだった。

「それで、新天地での生活はどうだったの?」

「住居はセキュリティーもしっかりとしていて、とても逃亡生活とは思えない所だったよ。仕事も武雄さんを代表とする貿易会社が用意されていてね。私はいきなり社長夫人になっちゃった」

「凄いね、それで烏丸さんがバリバリ働いて、社長夫人は優雅な生活を送ったのね」

 鈴子が羨ましそうな目で薫子を見た。

「それがねぇ、そう上手くは行かないのが人生ってヤツなんだろうね。武雄さんは天性の人たらしみたいで、他人の懐に入り込むとか、他人の信頼を得たりするのはもの凄く上手いんだけれども、その先の実務に関しては全く使い物にならないんだよね。だから、私がそこをやらなくてはならなかった。武雄さんが繋いだ人に対して、私が細かな打ち合わせとか契約とか、いわゆる面倒くさいことを全部やらなくてはならないわけよ。本当に困った人よね」

 なんとも楽しそうに語る夫の愚痴に、鈴子と桜子も微笑ましい気持ちになった。

「いろんな国に行って、いろんな人に会って、ついでにいろんな美味しい物を食べていたらこんなになっちゃった」

 三人による笑顔の絶えない会話は止めどなく続くようだった。







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