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21.不穏な連絡

 

 退院した鈴子が百地家に戻ると、ふたりの赤ちゃんを中心とした賑やかな日常が繰り広げられた。二つ並んだベビーベッドの枕元には、それぞれ隆幸・琴音と書かれた紙が貼られていた。もちろん、隆幸は紀隆と桜子の子で、琴音は清一郎と鈴子の子だ。その傍らでは、桜子と鈴子が午後のお茶を楽しんでいた。


「ふたりともやっと寝てくれたわね」

 やさしい目でふたりの赤ちゃんを眺めていた鈴子に桜子が語りかけた。その言葉に目を上げた鈴子は、少しだけ顔をしかめるようにして言う。

「全く、こうしていると天使みたいに可愛いのに、どうしてひとりが泣き出すともうひとりも一緒になって泣き出すのかしら?」

「お互いに何か通ずるものがあるのかしらね? 仲が良い証拠なんじゃない」

「でも、顔中真っ赤にして泣くから、どうして良いのかわからなくなっちゃうわ」

 そこに現れたウメが会話に参加する。

「赤ちゃんは泣くのが仕事みたいなものですからね。鈴子お嬢様だってもの凄い剣幕で泣いていらっしゃったものですよ。私が抱き上げてあやしても、なかなか泣き止んでくれなくて、ウメはずいぶんと苦労したものです」

 ニヤリと笑いながらそう言ったウメは、愛おしそうな目をふたりの赤ちゃんに向けた。

「あ……、そうだったのね。その節はご迷惑をおかけしました」

 恐縮した表情で軽く頭を下げる鈴子を眺めながら、桜子はここに嫁に来た自分の幸せを噛みしめていた。嫁に来た当初、ウメとの関係に悩んでいた事が嘘のようだった。



 そんな平和な日々が続いたある日の早朝、百地家に不穏な連絡が入った。

 早朝と言ってもまだ深夜の名残が残る時間だった。紀隆の携帯電話がけたたましい音をたてた。

「はい、えっ、何だと! わかったすぐに官邸へ向かう」

 異変に気付いた桜子が心配そうに紀隆を見上げていた。

「どうかなさったのですか?」

「清一郎君の赴任先で大変な事が起こった。鈴子とウメを至急起こして居間に集めてくれ」

「はい」

 事の重大性を察知した桜子は、詳細を尋ねる等という愚行を行うこと無く、大急ぎで鈴子とウメを起こしにそれぞれの寝室へと急いだ。


 桜子は部屋のドアをノックすることも忘れ、鈴子の寝台へと駈け寄った。

「鈴子! 鈴子! 起きて!」

「おはよう、桜子……どうしたの? そんなに慌てて」

 鈴子はまだ寝ぼけ眼だ。昨夜も清一郎と連絡を取り合っていたのだろうから、眠りに就いてからまだ三~四時間程度だろう。無理も無い事だが、桜子にとってはもどかしいばかりだ。

「寝ぼけていないで! 清一郎さんの赴任先で何やら大変な事が起こったらしいのよ」

「大変な事ってなに?」

「わからないけど紀隆さんに連絡が入ったの。様子が尋常じゃ無かったから相当重大な事が起きているんだと思うわ。だから急いで居間に来て! 私はウメさんを起こしてから居間に行くから。大急ぎよ!」

 そう言って、桜子はウメの寝室へと向かった。


 桜子がウメの寝室の前にたどり着いた途端、ドアは内側から開かれた。驚いた桜子を鋭い視線で見詰めるウメが立っていた。

「何事ですか」

 さすがウメだ。寝ていたとは言え屋敷内の異変にいち早く気付き、ドア内で桜子の到着を待っていたようだ。

「ウメさん、紀隆さんに至急の連絡が入って、清一郎さんの赴任先で何か事が起こったらしいの。紀隆さんがすぐに居間に来てって」

 桜子がそう言い終わったときには、ウメの身体は寝室を出て居間へと廊下を急いでいた。

「若奥様、何をグズグズしているのですか。急ぎますよ」

 取り残される形になった桜子は慌ててウメの後を追った。


 鈴子と合流するように、ウメと桜子も居間に到着した。鈴子の姿を確認した紀隆が口を開いた。

「鈴子、落ち着いて聞いてくれ。清一郎君の赴任先で反政府組織が蜂起したという報告があった。既に政府は大使館員の身の安全と帰国ルートの確保に動いている」

「反政府組織の蜂起。 それって戦争が始まったって言うことじゃ無いですか! お兄様、清一郎さんは大丈夫なんですよね。無事に帰って来られるんでしょう」

「もちろん。全力を挙げて待避撤収に努めている。反政府組織にしたって、政府機関には攻撃を仕掛けても、他国の大使館への攻撃はしないだろう。奴らだってそんな事をしたらどうなるかわかっている筈だ」

 不安に駆られる鈴子を安心させようと、紀隆は鈴子に笑顔を向けた。桜子は鈴子の手をしっかりと握っていた。

「対策のため、俺は官邸へ行かなくてはならない。ウメ、至急用意をしてくれ。鈴子、大丈夫だから安心して連絡を待ちなさい。桜子、鈴子を頼んだぞ」

「はい、行ってらっしゃい。家のことは私に任せて下さい」

 紀隆は急いで官邸へと向かった。


 後に残された桜子は、言葉とは裏腹に鈴子の手を握ったまま立ちすくんでいた。そこに紀隆を送り出したウメが戻ってきた。

「ふたりとも何をしていらっしゃるんですか! まだ早いですけれど、もう一度寝ることも出来ないでしょう。ならば、せめて着替えを済ませてきて下さい。ウメは朝食の準備をいたしますから。腹が減っては戦は出来ませんからね」

 ウメの気丈な言葉に我に返ったふたりは、急いで身繕いをしにそれぞれの部屋へと向かった。







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