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目を開けると、やはり真っ暗だった。夢の中と違って、身体がダルい。昨日は少し飲み過ぎてしまったらしい。だから変な夢を見たのか。そう思って背を起こそうとして気が付いた。気付いてしまった。
「~~~っ!!」
なんじゃあこりゃーーー!!と言葉にならない悲鳴を上げて、自分の目の前の光景を目を見開いて凝視する。昨日寝る前に適当に寛げたシャツの隙間からは、豊かな胸が2つ覗いている。適当な上着を肩に引っ掛け、急いで1階の洗面所までかけ下りると、鏡を見て愕然とした。
まず背が縮んだ。170cmくらいあった身長が160cmくらいになっている。景色が違う。さっきは階段のところで転げ落ちそうになった。あと顔が違う。10人が10人、カイルではないと答えるだろうくらいに、顔の作りが別人になっていた。白銀の長い髪に血のような赤い目と、髪と目の色まで異なっている。
呆然と10秒くらい眺めたところではっとする。あれは夢ではなく現実だったのだと。このままここにいれば、宿舎に忍び込んだ不審者として牢に入れられるかもしれない。顔から血の気が引いていく。
また階段を駆け上がり、急いで自分の荷物を纏め始める。騎士見習いの荷物なんてたかが知れているが、走馬灯のように王都に来てからの思い出が頭の中を流れていった。知らずに涙が溢れてくる。女になったら涙腺まで緩くなるのか。自分を叱咤して唇を噛み締める。最後にあの人の笑顔が過ぎっていき、思わず手が止まる。
「夜逃げみたいに居なくなったら、あの人はどう思うのかな…」
自分の預かり知らぬことだったとはいえ、罪悪感に苛まれる。はたして本当にこのまま何も言わず居なくなってもいいのか。しかし、ほぼ別人にになってしまった自分がこのまま騎士見習いの宿舎に居ていいはずもない。しばらく悩んだ後、カイルは置き手紙をしていくことにした。
「今までお世話になりました。勝手ながら、一身上の都合により、しばらくお傍を離れなければならなくなりました。しかしいつの日にか、騎士の誓いを果たすために、必ず舞い戻ってきます。それまでどうか、僕のことはお忘れください。カイル…っと」
涙が落ちて手紙が滲むが、構っては居られない。もうすぐ日が出ようとしている。誓いの証としてもらったペンダントを手紙の上に載せると、窓から外に飛び出した。
というのが、数日前の経緯である。
あれから、まずは身長にあった服を買いに行って身なりを整えると、すぐに宿屋を探して、数日女の身体に慣れるために引きこもったのだった。
そろそろ立ち直らなければならない。
「とりあえず、村に連絡入れてみるか」
そう独り言を言いながら、雷魔法で連絡を試みる。
『…やっと連絡来た!カイルちゃん、もう心配したんだから!ショックで寝込んでたり、暴漢に襲われたりしてなかったか本当に心配したんだから!落ち着いたらすぐ連絡してって…』
「わかった、ごめん、謝るよ!俺が悪かった!気が動転してたんだよ、女の子の身体は男と勝手が違うし」
『女の子なんだからせめて『俺』はやめて!とりあえず元気そうで良かったぁ…』
繋がった途端に母のマシンガントークが炸裂した。それほど心配をかけたということだから、申し訳ない気持ちになる。一人称については、女の子で俺というのも可笑しいけれど、私というのも抵抗があったので、間をとって僕と言うことにした。母は一通り話終えると、暗いトーンでまた話を切り出した。
『やっぱり帰っては来ないのよね』
私は重々しく頷く。
「うん。あの人に誓いを立てたからね。将来立派な騎士になって、一生仕えますって。それだけはやっぱり譲れない」
『女の子?』
「ううん、貴族の男の子。ケイって言うんだ。僕が王都に来たときに助けてくれて。騎士学校も一緒だったんだよ。すごく恩を感じてるんだ。僕は彼に仕えるって決めてるんだ」
そう、これだけは譲れない。
カイルは二年と半年前のあの日、騎士に憧れて村から飛び出した。数日かけて王都に着いたはいいけれど、入学金や授業費などがかかる、実質貴族やお金持ちの子弟しか入れない騎士養成学校を門前払いされたのだった。途方にくれたカイルは、とりあえず生活費を稼ぐために冒険者ギルドの門を叩いた。それからいろいろあって、最終的に魔物に殺されかけていたカイルは、一人の天使のような男の子に助けられた。それがケイだ。
ケイと一緒にいるためならば、例え茨の道だろうと突き進んでみせる。そんな思いを込めて言うと、母はクスリと笑った。
『それだけ決意が硬いならもう何も言わないわ。頑張りなさい。でも、辛くなったら帰ってくるのよ?』
うん、と頷いて、通信を切った。