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俺はカイル、16歳だ。そして、男だった。そう、確かに俺は男だったのだ。今日も宿屋の鏡の中を覗き込む。そこには、白く透き通るような肌に、白銀のような長い髪、血がそのまま滲み出たような赤い目を持つ、女が立っていた。身長はやや低め、胸はどちらかといえばある方、だと思う。今まで女に興味が無かったせいでよくわからない。頭を抱えて現実逃避したいのを堪え、鏡の中の自分を睨みつける。
こんなことになった数日前のことを思い出す。
俺はこの国、ルーラル王国の騎士見習いだった。13歳のときに田舎の村を飛び出して、王都に行き、この騎士養成学校に入学した。そこで気の合う仲間や友を得て、あと1年で騎士になるというときに事件は起こった。
それは奇しくも俺の16歳の誕生日の夜。いつものように訓練を終え、ささやかながら仲間内で自分の誕生日を祝ってもらった日。夢の中で、13歳のときに村を飛び出して以来、会っていなかった母、父、そして村長に会ったのだった。それは現実かなと一瞬思ってしまうほどに鮮明な夢だった。
「ホームシックかな…。もう慣れたと思ってたけど。夢だとしても会えて嬉しいや。久しぶり、母さん、父さん、村長!」
笑顔いっぱいで手を振ると、母さんは困ったような笑顔を見せた。
「これは夢ではないのよカイル」
夢なのに音もはっきり聞こえてくる。しかし父さんと村長は沈黙を通していて、厳しい顔をしている。俺が何か言おうとすると、母がそれを遮って衝撃の事実を教えてくれた。
「本当はすぐに音を上げて帰ってくると思っていたのよ。それが成人になるまで帰って来ないなんて。いい?これから言うことを良く聞くのよ。あなたは女の子よ。私たちの村の人間は、実はマヤブミ族っていう部族の末裔なの。小さい頃にお話したわよね、全ての魔法を使えるっていう部族の末裔なのよ。もちろん私もお父さんも村のみんなも、全ての魔法を使えるわよ。昔話にあった通り、昔は部族の女の子はお嫁さんとして引っ張りだこ、中には誘拐して無理矢理お嫁さんにするような人もいたの。だから女の子には、成人になるまで男の子になるように、そして容姿も目立たなくなるように呪いがかけられるの。今まで黙ってて悪かったわ。連絡を取れるのが呪いが解ける今日だけだったの。だから、今すぐ帰ってきてちょうだい」
一気に捲し立てられ、頭が混乱してしまう。俺が女で、全ての魔法を使える?確かに周りの男共が女の人に興味を持っていたのを冷めた目で見ていた自覚はあるが、流石に自分が女だなんて考えたことはない。そして、光魔法しか使えない自分がどうして全ての魔法を使えるだなんて思うだろうか。夢にしては鮮明だけれど、これはやっぱり夢でしかない。
「母さん、久しぶりに会えたんだからさ、もっと楽しい話しようよ、夢なんだし」
「時間がないのよ、お願い聞いて。もし信じられないのなら、朝起きたらすぐに鏡を見て。今までと違うとすぐにわかるわ」
「わかった、わかった。鏡を見ればいいのね」
夢の中の母さんはなかなかに執拗い。しばらく様子を見ていた父さんが口を開く。
「今から姿変えの魔法と、村との連絡の取り方だけ教えておく。これが夢だと思っているお前には何を言っても無駄だろうからな」
夢の中だというのに魔法はいつものように使えた。姿変えの魔法は光魔法だから、簡単にできる。というか、使ったこともある。村との連絡の取り方は、雷魔法で特殊な電波を飛ばせばいいらしいというのがわかった。雷魔法は水と風の複合的な魔法だが、練習を重ねるとすぐにできるようになった。夢の中だから実際には結構経っていたかもしれない。雷魔法なんて使ったことがなかったから、できるようになったときは少し興奮気味に喜んでしまった。夢なのに。
「凄い、俺、本当に雷魔法使ってる!夢ってすごいね!今まで魔法の成績なんて中の下くらいだったのに!」
「それも呪いのせいじゃ。一番扱い辛い魔法しか使えんくしとった。成人するまでの魔法の鍛錬にもなるしの」
今まで黙っていた村長が疲れたように呟く。いきなりどうしたというのか、村長は年なんだからもっと自分を労った方がいい。
「わかったよ、とりあえず起きたら、鏡見て、姿が変わってたら姿変えの魔法使えばいいんでしょ?あ、でも女になってたらもう騎士見習いじゃ居られないから、宿舎は出るしかないな。ていうか、それでも俺帰らないから。騎士の誓いを立てた人がいるからな!」
満面の笑顔で言いきると、3人から深い深いため息が返ってきた。母さんは寂しげに笑う。
「それを決めるのは、朝起きて、現状を確認してからでも遅くないわ。もちろん私は帰ってきてくれたら嬉しいけどね。とにかく、もうすぐ朝になるから、まずは鏡に直行。落ち着いたら連絡ちょうだいね」
その言葉を最後に、3人の姿は霞んでいき、まだ日も登らぬ内に目を覚ました。
気まぐれ更新です。