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カイルはレイの話を聞いて、難しい顔になってしまっていたと思う。
実を言うと、レイの妹マリンが助かる道は一つだけある。それはもちろん、カイルのマヤブミ族としての力を使うことだ。そうすれば、レイもここまで苦しむことはない。死んでしまったお兄さんは生き返らせられないが、それでも心は少しは軽くなるだろう。
しかしそのためには、カイルの正体を明かさなければならない。正体を明かすということは、このルーラル王国で騎士を続けられないことと同義だ。どうして一級品の花嫁がそこにいるというのに、一介の騎士に甘んじさせる必要があるだろうか。もしかしたら、王家に嫁がされるかもしれないし、公爵家のレイと本人の意思を無視して結婚させられるかもしれない。そんなのは嫌だと、まだ騎士にすらなっていないのに、その夢を諦めるのは嫌だと、カイルの心は叫んでいた。
そう自覚した途端に、カイルの気分は急激に落ち込んでいった。救える命があるのに、見て見ぬふりをすることが、果たして騎士として正しいことなのかと。自分を守るために他者を見捨てるのかと自問自答して、カイルは悩んだ。
話し終わってから一言も発しないレイを見る。レイは生気のない目をして、無心で火を見ていた。自分と、親友と親友の妹を天秤にかけ、カイルは覚悟を決めることにした。
「レイ、この訓練が終わったらさ…」
そのとき、遠くの方でバサバサと鳥が羽ばたく音が聞こえた。いつの間にか辺りには不気味な静寂が訪れていた。レイはすぐに立ちがると、みんなの肩を強く叩いて回った。
「みんな起きろ!!すぐに木の上に避難しろ!!」
みんなはすぐに起き上がると、レイの言う通り近くの背の高い木にするすると登っていった。カイルもすぐに別の木に登っていった。
その数瞬後、眼下を大量の魔物の群れが走っていく。誰もが驚愕の表情を浮かべてその群れを見ている。レイに至っては顔面蒼白になっていた。
数分と続いた魔物の群れは、突如終わりを迎える。群れの最後には、想像したくもなかった、紫色の巨大な塊が出てきた。それは、先程までカイルたちが休んでいた開けた場所に寝そべると、気持ちよさそうに目を閉じる。
数分固まった後、レイの後ろに下がれという指示で、木から静かに降りた後、ゆっくりと魔物と距離をとって後退していった。魔物が見えなくなると、一人が早歩きになり、他の一人が駆け出し、最後にはみんな無我夢中で走ってその場を離れていった。
ある程度距離を稼ぐと、誰からともなく止まった。みんな荒くした呼吸を各々必死に整えようとしている。
「あいつと同じだ」
レイは相変わらず血が引けた顔の汗を袖で拭って、呟く。
「二年前、兄さんを殺し、妹に傷を負わせた魔物と同じ種類の魔物だ…」
いつもの堂々とした振る舞いとは打って変わって、今は心細そうに小刻みに震えていた。
「…森を脱出しよう!森の外に出れば、救援を呼べる!」
「いや、でも二年前に倒せそうだったんなら、今の俺たちなら倒せるんじゃないか?それに、救援を外に呼ぶのは合理的じゃない。最短で二日もかかるし、外はきっと大量の魔物でそれどころじゃなくなるだろう。森の奥地に行った教官たちを呼ぶべきじゃないか?」
そう言ったのはハルだった。確かに、森の奥地に行った教官たちは強者揃いだし、半日もかからない場所にいるはずだ。信号弾を打ち上げれば、すぐに来てくれることだろう。
「じゃあ、教官たちが来るまで魔物の王を僕達で足止めしとくってのはどう?余裕があれば倒す方向で」
サーラは楽しそうに言うけれど、それにはレイが憤怒の形相を浮かべて怒鳴った。
「遊びじゃないんだぞ!!もし、お前たちもあいつと戦って死んだりしたら、今度こそ俺は…っ」
下を向いたレイの肩に、ぽんと手が乗せられる。
「無理はしない。誰も死なないように作戦を立てて、誰かが危なくなったら即撤退。こっちには、一度魔物と戦ったことがあるレイがいる。俺たちなら大丈夫」
マティは静かな声で諭すように言った。レイもみんなの意図に気付いたように顔を上げる。
みんなもレイの話を寝たフリをしながら聞いていたのだろう。みんなの目には真剣な光が宿っている。きっと、レイを立ち直らせるためには再度あいつと向かい合わなければならない。カイルもそう思った。
「レイはきっと、二年前より強くなってる。だって、ただでさえ強かった三ヶ月前より、今の方が強くなってるんだから。直接戦った僕が保証するよ」
満面の笑顔で言うと、レイは虚をつかれたように目を丸くした後、肩の力が抜けたように脱力した。
「お前らって…本当にバカなのな」
遠征訓練にきて初めてレイは笑顔を見せた。その顔にみんなが安堵する。
その場の空気が和んだところで、みんなで作戦を立てることにした。
レイが一通りあの魔物と戦ってみた感想、弱点だと思われる場所を言うと、それを元にみんなで作戦の案を出していく。一時間もかけただろうか、辺りが薄らと白んできた頃に、作戦が練り終わった。
「じゃあ、二年前のリベンジに行くとしますか!」