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カイルが第二騎士団の騎士見習いになってから、三ヶ月が過ぎていた。その間にはいろいろあった。
まず、騎士選抜試験でクリスに絡んでいた筋肉ダルマが、なんと第二騎士団の騎士で、騎士見習いの教官だったのだ。名前をハーギルス・クリントという。訓練場で再会したときに、驚愕の表情で凝視していると、ハーギルスは片方の口端をついと上げて、愉快そうに笑ってみせたのだった。
後で聞いた話によると、騎士選抜試験は、受け付けに並んでいるときから始まっていたらしい。ハーギルスがしていたように、騎士に相応しくない行いをしている人物は、例えトーナメントで勝ち上がったとしても騎士にはなれないそうだ。ではなぜハーギルスがあんなことをしていたのかというと、それは訓練もせず騎士になれると思っている夢見がちな輩が毎年何人かいるためだった。そういう者は試合で大怪我をする。それを事前に防ぐために、体格が極端に小さかったり細かったりした者、周りの目に怯えるようにオドオドしている者などには、ガラの悪い振りをして近付き、選別していたとのことだった。
確かにあの時のクリスは、まだ15歳の女の子故の小柄な体格で、周りが男だらけの環境にオドオドしていた。条件を満たしている。自分が茶番に付き合わされたことよりも、教官相手に喧嘩を売ろうとしていた事実に冷や汗をかいた。訓練で毎日扱かれているが、模擬試合でハーギルスに一撃食らわせた騎士見習いの猛者は今のところいない。あのレイでさえである。あのとき止めてくれたレイに心底感謝した。
騎士選抜試験で合格して晴れて騎士見習いになった五人が揃ったのは、騎士選抜試験から三日後だった。合格者はカイルとレイ、それから準決勝まで勝ち上がった二人、そして、なんと意外なことに、カイルと一試合目で戦ったあの夜空色の目が特徴の青年であった。
準決勝でカイルと戦った相手は、サーランドという名前だった。彼も、カイルと同じように辺境の村出身らしい。村の名前を聞くと、彼は困ったように村の名前は知らないのだと教えてくれた。実はカイルも自分の村の名前を知らなかったことにそのとき気が付いた。もしかしたら辺境の村あるあるなのかもしれない。
準決勝でレイと戦った相手は、ハルミス・ケイルンという名前だった。彼は子爵家の嫡男らしい。貴族といっても貧乏貴族らしく、騎士養成学校には行けなかったのだとか。それでも諦めきれずに、騎士選抜試験に両親に無断で参加したらしい。手紙で一応合格したことを伝えたが、ケイルン子爵領は遠方にあるため、返事待ちなのだそうだ。なかなか豪胆な人だなと思った。
カイルと一試合目で当たった相手は、マティアスという名前だった。マティアスは謎に包まれた人だった。隠そうとしてはいるが、一つ一つの動作から隠しきれない気品が漂っているのだ。それなのに、出身を聞くと王都の貧民街だという。きっと没落した貴族の家の子供だろうと思った。本人はその話になると、詮索されるのを嫌がるように話題を変えてしまうので、本当のところはわからない。ちなみに、マティアスとは、騎士選抜試験で試合した後険悪な雰囲気で別れたのだが、訓練場で顔を合わせた途端に謝ってきた。負けた時点で試験に落ちたと思って、余裕が無かったのだと。この件についてはカイルの方に非があったので、慌てて謝り返して、和解することができた。
そして、王太子殿下と王女殿下については、少し困ったことになっていた。
クリスは、3日に1回は訓練場に顔を出すようになっていた。今はそうでもないらしいが、小さい頃から身体が弱かったクリスは、最近まで自分の離宮に閉じこもっていたそうだ。そのため深窓のお姫様として、その姿を拝見するだけでも幸運が訪れると噂されていたらしい。それが、頻繁に姿を現すようになったのだ。出血大サービスである。しかししばらくすると来るのが当たり前になり、三ヶ月経った今では日常の風景と化してしまっていた。また、休みの日にはときどきお茶会をしたり、離宮の開けた場所で戦闘訓練をしたりして、遊ぶようにもなった。本当に今まで閉じこもっていたのかと疑うくらい積極的に動き回っている。
ケルヴィンも、クリス程ではないが頻繁にカイルに会いに来ていた。訓練はどうとか、魔法の話をしたりとか、他愛もないことを話しては宮殿に帰っていく。話題を提供してくれたり、話したくないことには触れないでくれたり、気を使ってくれていて話しやすい。それは良いのだが。ただ、偶に口説いているのかと勘違いしそうになる甘い言葉を吐くものだから、それはなんとかしてほしい。しばらく顔の熱が引かなくなるから、正直困っている。やはりケルヴィンは苦手だと再認識するカイルだった。
以上が三ヶ月の間にあった主なことだ。もちろん、訓練は毎日行われている。新しい環境に慣れて気が緩んで来た頃に、事件とは起こるものである。