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嵐が過ぎ去った後は静かになる。先に徐に口を開いたのはレイだった。
「ケルヴィンのやつ、ほんの2、3年前まであんな風じゃなかったんだけどな…。初対面の女の子口説いてるのなんて初めて見た」
それを聞いてケイルはぎょっと目を見開いた。レイに、控え室であった王太子殿下の謎の行動について話してみる。それを聞くうちに、レイの目には困惑がありありと浮かんでいった。
「それは…流石に、相手が王太子殿下でも怒っていいと思うぞ。俺が知ってるあいつは、女性にもっと紳士的なやつだったんだけどな…。ここ数年で何があったんだか」
それを聞いて今度はカイルの方が困惑する。カイルから見たケルヴィンの第一印象は、女たらしだ。生まれて16年間、女として扱われたことが無かったカイルにとって、女として口説かれるのは変な感覚だった。この時点でカイルはすでにケルヴィンに苦手意識を抱いていた。
「まあ、王太子殿下ともなれば、そんなに会わないはずだからあんまり気にしなくていいよね。騎士になったときに、王城で働く気は今のところ無いし」
ケルヴィンについては早々に思考を放棄することにした。この考えがかなり楽観的であったことを、後のカイルは知っている。
「後はクリスのことだけど…。本当に、今まで通りの友達でいてもいいのかな…」
クリスのことを考えると、気分が落ち込んだ。なんせ初めてできた女の子の友達なのである。友達をやめたいとは思わない。悩んでいるカイルの肩を、レイは気安くポンっと叩くと、明るい声で笑って言った。
「それについては、逆に畏まる方がクリスを悲しませるんじゃねーか?ケルヴィンもクリスも友達で居てほしいって言ってるんだから、大丈夫だと思うぜ。」
レイが大丈夫と言ってくれるなら、大丈夫なような気がしてくるから不思議だ。というわけで、これからもクリスとは友情を育むことにした。
悩みが解決したところで、いつもの気勢が戻ってくる。帰りも屋台を巡って買い食いした後、それぞれの家や宿屋に帰っていった。
次の日の朝、一通の手紙が宿屋に届く。手紙には、騎士選抜試験の結果が載っていた。カイルはもちろん、見事合格を勝ち取っていた。騎士養成学校で二年半鍛えていたから、合格するのは当然だと思っていたが、やはり実際に合格通知を手にすると嬉しくなる。雷魔法を使って通信し、母に騎士選抜試験を合格したことを報告すると、手放しで喜んでくれた。
褒めてもらって満足すると、通信を切って手元にあった合格通知を改めて見ることにする。合格者は、今日から三日後までに、第二騎士団の宿舎にて集うようにと書いてあった。
ルーラル王国の騎士団には、全部で第一から第十一までの騎士団がある。第一騎士団は、主に王の身辺警護を仕事とする騎士団だが、陛下から直接命令され手足となって動く精鋭たちが集まる騎士団である。騎士団の中では一番人数が少なく、王からは絶対の信頼を置かれている。第二騎士団は、主に王妃や王子、王女たちの身辺警護、および城内の警備を仕事としている。第三から第十一騎士団は、王都を含めた主要な8つの王領を警備するが、3年ごとに警護する王領を交代する仕組みになっているらしい。
というわけで、第二騎士団の宿舎は王宮にある。ケイルは今日の内から宿舎でお世話になることに決めた。
少ない荷物を纏めて王宮までやって来ると、王宮の建物が大きく見えた。この二年と半年でよく見ていたが、入るのは初めてのことなので緊張する。門番に合格通知を見せると、すんなりと通して貰えた。道順を聞いておくのも忘れない。
教えてもらった通りに行くと、第二騎士団の宿舎に着いた。宿舎の管理人に合格通知を見せると、第一と第二、合同の女子寮があるから、そちらに荷物を置いてくるように、とのことだった。
女子寮でまた合格通知を管理人に見せる。今度はちゃんと部屋があるということを確認できたので、ほっと胸を撫で下ろした。カイルの部屋は1階の一番右奥だった。
部屋の中には簡素な備え付けのベッドと、クローゼットが置かれていた。騎士養成学校の宿舎の部屋と同じくらいの広さで、少しだけ懐かしく感じた。
荷物を手早く片付けた後は、また第二騎士団の宿舎に向かう。次の指示を仰ぐためだ。訓練に参加することになるのが今日からなのか、三日後からなのかがわかっていない。結果は、明日から訓練に参加して良いとのことだった。朝6時に訓練場に集合らしい。
やることがないので一旦部屋に戻ことにした。ベッドの上で目を瞑るが、どうにも落ち着かない。毎日規則正しい生活をしているせいで、眠ろうとしても眠れないのだった。
外で自主訓練でもしとくかと起き上がったとき、ドアをノックする音が聞こえた。返事をして扉を開けると、見知らぬ侍女がカイルの部屋の前に立っていた。侍女はカイルと目が合うと、口を開く。
「騎士見習いのカーラ様ですか?」
狼狽えながら頷くと、その侍女は要件を淡々と伝えてきた。
「クリスティーヌ王女殿下がお呼びです」
何事かと思ったら、クリスからの呼び出しだった。
女子寮まで迎えに来てくれた侍女の後ろをついて、宮殿内を歩いて行く。周りの視線がすごく痛い。自分の格好を見下ろして、つい溜め息をつきそうになる。上はラフな白いシャツに、下はベージュのズボン、靴は量産されている一般的な靴、髪の毛は無造作に後ろで1つ結び、という格好で王宮内を歩いているのだ。これが市井だったら目立たず適切な格好だっただろうが、宮殿内ではすごく目立つ。
早く目的地に着いてくれと心の中で祈っていると、ようやく一つの扉の前に着いた。侍女が扉を軽くノックし、カイルが来たことを告げる。すると、中からどうぞ、というクリスの声がした。騎士が扉を開けてくれたので恐る恐る中に入ると、満面の笑みを浮かべたクリスが待っていた。
「カーラさん、来てくださってありがとうございます!」
そう言うとカイルの前まで小走りで走ってきて、両手をぎゅっと握りしめた。
「それと、試験合格、おめでとうございます!」
笑顔がキラキラ輝いていて眩しい。本当に自分のことのように喜んでくれるクリスを見て、カイルの頬も自然と綻んでいった。
「ありがとう、クリス」
一頻り喜びを分かちあった後、ソファに案内される。そして隣同士に腰掛けた。
「実は直接お祝いしたくて、今日は朝から待ってたんです、いつでもお祝いできるように!早速ですが、こちらを着てきて頂けますか?」
渡されたのは、真新しい騎士団の制服だった。その色は濃い緑色。騎士見習いの証である。騎士養成学校では在学生はみな騎士見習い扱いだったので、騎士養成学校でも着ていた色だ。
ちなみに、第一騎士団が青色、第二騎士団が赤色、それ以外の団が黄土色、軍服が黒色、王族の軍服が白色をベースに騎士団服、軍服が作られる。
驚いてクリスを見ると、照れくさそうな笑顔を浮かべていた。
「カーラさんの騎士団服姿を最初に見たいなと思って、カーラさんのだけこちらに届けてもらったんです。早く着てみてください!」
背中を押されて隣室に促される。やっぱりクリスは王族だったんだなぁと頭の片隅で考えながら隣室に移動して、もらった騎士団服にさっそく着替えてみる。そんなに前のことではないのに、この気が引き締まるような感覚は久しぶりだなと懐かしくなった。応接室に戻ると、クリスがすごく喜んでくれた。
それからはお菓子を食べながら、騎士選抜試験の試合の話をしていた。
「他には誰が試験に合格したんだろうね。同期の騎士になるんだし、仲良くなれるといいな」
「カーラさんと、レイ様が合格したのは聞いたんですけど、それ以外は覚えてなくて…。でも確か合格者はカーラさんとレイ様を合わせて、全員で5人だったと思いますよ」
残り三人が誰かを推測するのに、また話が盛り上がった。
夕食の時間になると、クリスが侍女から名前を呼ばれて、この日は解散することになった。いつの間にか、定期的にお茶会をすることになっていた。今度はレイも一緒に呼んでくれるらしい。
クリスと別れてから、カイルも夕食を食べようと食堂に行くことにした。食堂では、朝、昼、晩の食事は無料で食べることができるらしい。料理はそこそこ美味しかった。
部屋に帰ると、改めて自分の制服を見てみて、自然と顔が綻んだ。これで自分も晴れて騎士への第一歩を踏み出せたのだと思うと嬉しかった。
あと二年でケイの元に戻ることができる。そう思うと、明日からの訓練も頑張ろうと思えた。
第一章終わりました。
加筆修正が終わったので、おそらくですが第一章はもう自発的に変更することは無いと思います。たぶん。
第二章もよろしくお願いします。