1 転生してしまった!
「た、助けて……」
「ゲゲゲゲッ!!」
暗く湿気の多い洞窟の中。
地面に落とした松明の光だけが唯一の光源の暗闇の世界。
俺の周りには鋭い刃物を持った小鬼が10匹は群がり、壁際まで追いつめられた俺に今にも飛びかかろうとしている。
だ、だめだ……。
魔法を使おうにもさっきの攻撃で魔力がもう……。
俺はこんな所で死ぬのか??
せっかく、、せっかく次の人生は上手くいくと思っていたのに!!
「ゲアッ!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!」
だが容赦なく小鬼は飛びかかり、激痛と共に俺の体にはいくつもの刃物が突き刺さっていた。
──5日前。
いつもと変わらない朝。いつもと変わらない通学路。
そんないつもと変わらない風景の中を俺は進んでいる。
「はぁ、また学校が始まるのかぁ」
週明けの月曜日。学校、会社に向かう足取りが重い経験は誰にでもあるだろう。
俺、真下光もその多くいる人の中の1人だ。
「それにしても代わり映えの無い風景だな。もう少し何か起こってくれると足取りも軽くなるってものなのに」
ハハハッ、まぁ学校に行ったって友達も殆どいないし、行っても行かなくても変わらないんだけど。
俺が笑みを浮かべ道を歩いていると、誰が聞いていたのか先ほどの言葉が現実のものになってしまった。
当然、悪い意味でだ。
「……おいおいおい嘘だろ?!」
目の前に見える道路。
何とそこには4、5歳の女の子が1人で横断しようとしている。
ここまで言えばお分かりだろう。そう、その子の元には一台の車が突っ込もうと近づいていた。
まじかよ、確かに何か起こればとは思ったけどよ!
周りには誰もいない……。くそ、あの車前を見ていないのか?!
「ちっ! こんなの俺が行くしかないじゃないか!」
俺は持っていたカバンを投げ捨て力の限り走った。
そして何とか車が到着するその寸前に女の子の元に辿り着く。
そこで運転手もようやく気付いたようだが今更ブレーキを踏んだところで間に合わないだろう。
俺は女の子を道路の反対側へと突き飛ばしたのだった。
「うわぁぁぁぁん!!」
どうやら女の子は驚いて泣いてはいるが怪我はないみたいだ。
あれ、これって俺まるでヒーローじゃない??
へへへっ、もしかすると俺の人生これで上手く……、あれ?
ドンッ!!!!
強い衝撃、遠のく意識。最後に見たのは目の前まで迫った車の車体。
どうやら俺は車に轢かれたらしい。
あーあ、やっぱり俺の人生こんなものなのか。せっかく昔憧れていたヒーローになれたと思ったのに。
そこで俺の意識は途切れた。
【スキル 輪廻転生が発動しました】
しかし次の瞬間、俺は再び目を覚ます。
しかも先ほどとは違う、まるで見覚えのない場所でだ。
「ここは……???」
アスファルトで塗装されていない道。
建物と言えば歴史の教科書で見たような簡素な家が数軒見えるだけ。
ここは一体どこなんだ???
「そこの者! そんな道の真ん中でなにをしておる? 何やら見慣れぬ格好をしているようだが……」
「あ、すみません! すぐに退きま……」
な、なんだ?! 馬?! それに乗っている男が身に着けているのは鎧に背には巨大な剣。
それに見るからに日本人の顔じゃない。
「なんだ? 私の顔に何か付いているか??」
「い、いえ! すみませんでした!!」
「…………」
男は馬から降りるとこちらに近づいて来た。
「ふむ、お前のその服。面白い形をしているな」
「こ、これは学校の制服でして」
「セイフク?? ハハハハッ、そうかそうか! それで何故あのような所で寝転がっていた?」
「それが自分にもよく分からなくて……。あの、ここは一体どこなんでしょうか?」
……そう言えば何で俺にはこの人の言葉が分かるんだ?
聞こえる言葉は日本語じゃないのに、頭の中で日本語に変換されているみたいだ。
男性は俺の言葉にしばらく考え込むと、何度か頷き口を開く。
「そうか、お前記憶を失っているのだな。そう言うことは私も何度か聞いたことがある。……よし、ここで出会ったのも何かの縁。この先の街まで送ってやろう」
「へっ、いや俺は別に……」
「ハハハハッ、遠慮するでない」
男は俺の腕を掴むと軽々と自分と共に馬の背へと乗り、駆け出すのだった。
この人、俺の言葉全然聞いてねぇぇぇぇぇぇ!
その日の夕刻。
俺は初めて乗る馬の揺れに完全に乗り物酔いを起こしていた。
「ハハハハッ、コウはだらしがないな!」
「うっ……、いやあんなの誰だってこうなりますよ」
「そうか? まぁ私の愛馬 ヒューロの足はどんな馬にも負けはしないがな!」
クソ、なんでこの人全然平気なんだよ。
それにしてもここが東の街 ドゥベリアか!!
吐き気を堪える俺の目の前には、多くの人が行きかう巨大な街が広がる。
俺を救ってくれた男性。彼はバルード・アイゼニアといい、この国で騎士をしているらしい。
俺はここに来るまでの間にバルードさんから話を聞き、この国、いや世界が俺の知っている世界とはまるで違うということに気づいた。
俺が今いるのはナッシュバーン王国と言う国で、他にもいくつもの国がこの世界にはあるのだという。
つまり俺はいわゆる転生と言うものをしたのだろう。
そう言えばあの事故の後、何か頭の中で聞こえたような気もするが……。
まぁこんなことは誰に行っても信じてもらえるわけもなく、バルードさんには俺が転生者ということは言っていない。
「それにしても、本当だったんですね」
「ん、なにがだ??」
「……あの方達です」
俺が指差す先には、更に異世界に来てしまったという実感を与えるもの、獣人の姿があった。
「当たり前だろう。獣人だけではない。妖精族に岩窟族なんかもいる」
「へぇ……、すごいな……」
そうなると他にもファンタジーの世界で出てくる種族もいると考えた方がいいだろう。
なんだか色々な事が起こり過ぎて頭が起かしくなりそうだ。
多くの人が行きかう街の中。
その街並みは石造りの建物が立ち並び、まるで中世の世界。
俺がその光景に目を奪われていると、バルードさんが口を開いた。
「それでコウ、お前はこれからどうする? その様子だと行く当ては無いのだろう? 私は王都に行かねばならんのでここに長くは留まれないのだ。王都まで付いてくればまだ何かしてやれるが……」
「いえ、これ以上バルードさんのお世話になる訳にはいきません。俺はここで何とかやっていこうと思います。そこで一つお聞きしたのですが、俺みたいなやつでも稼げる仕事ってありますか?」
「そうだな……。それなら冒険者がいいかもしれない。最初は危険の少ない依頼で報酬も多くは無いが食うには困らないだろう。ただくれぐれも無理はするなよ?」
馬から降りた俺に、バルードさんは笑みを浮かべた後紙を取り出し何かを書き込むと、それを俺に手渡した。
「冒険者になるにはギルドに登録しなければならない。その時にこれを見せて見ろ、少なくともお前の不利益になることは無いだろう」
「何から何までありがとうございます、バルードさん」
「ハハハハハッ、こちらこそここまでの道のり退屈せずに済んだのだ。これはその礼と思ってくれ。では私はそろそろ行く、頑張るのだぞコウ!」
バルードは大きく笑うと、愛馬 ヒューロと共にその場を後にしていくのだった。
さて、いつまでもジッとしている訳にもいかない。
早速ギルドで登録を済ませるとするか!
「最初は異世界に転生して驚いたけど、これはチャンスかもしれないな。これからは俺だってヒーローになれるんだ」
俺はバルードさんに教えてもらったギルドへと向かい歩みを進める。
この時の俺はこれからの二度目の人生に足取りも軽かった。
この後に起こる事を知らずに……。