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妖語り~胡蝶の夢~  作者: 九尾ルカ
3章:二色妖蝶
10/23

孤独を耐える強さ

 昨日起きたビルの倒壊事故を伝えるワイドショーが流れるテレビと、食器の音だけが日曜朝の食堂に静かに響いていた。


 平日ならば大にぎわいを見せる時間帯だと言うのに、現在はムラサキただ一人。

 休校日は食堂施設は寮生に解放される。

 テーブルの利用だけでなく、キッチンまで使用が許可されるのだ。


 当然、後片付けまで行うのが条件な為、面倒臭がってほとんどの者は使わないが。



「…………」



 塩コショウが少し強めに効いたスクランブルエッグをスプーンで口に運ぶ。

 他のメニューはサラダとインスタントのコーンスープ、厚めのベーコン、バターを塗ったトーストとブロック氷がいくつも入ったオレンジジュース。


 不機嫌そうにも見えるほど無表情に食べているムラサキだが、ペースが衰えない所を見れば味に関しては何も問題は無いのだろう。



「よおー! 朝早ぇなぁムラサキぃ!」



 がらんどうの空間に耳鳴りがしそうな大声が響き渡る。

 食堂に入ってきたのはカブトだ。


 手にはビニール袋が提げられ、ムラサキの向かい側に座る。

 ガサガサと袋の中を探り、サンドイッチと牛乳を取り出した。



「美味そうなの食ってんな。自分で作ったのか?」


「うん。見ての通り手抜きだけどね」



 カブトは包装を剥がし、サンドイッチを一口に放り込む。

 対策室の時と同じように行儀悪く脚を組み、テーブルに片腕だけを預けてテレビの方へ向いている。



「見た目が美味そうなのは大事だ。俺もたまに料理やんだけどよ、味なんてのは余程音痴じゃなけりゃそこそこにはなるからな。どーしても見た目にはこだわっちまう」


「得意料理とかあるの?」


「そーだなぁ……」



 もう一つサンドイッチを放り込み、破るようにパックの上部を開けた牛乳を豪快に飲む。

 視線を少しだけ上げ、ムラサキの問いに対する答えを探っている。



「楽なのはシャルキュトリーか。手の込んだのだと鴨肉のコンフィとか、牛のプレゼとか……」


「なんて?」


「あ、あとあれも得意だぜ」


「え、何……?」


「ザリガニの丸焼き」



 きっと感情を縛られていなくても真顔になった事だろう。

 なんというか、対策室の時から思っていたが外見と性格に対して、得意分野や好みがチグハグだ。


 これがギャップ萌え狙いという奴なのだろうか。

 いやそんな訳あるか。



「美味いんだぜアレ。ロブスターがなかなか手に入らないから代用品探して山に籠ってた事があんだけどよ」


「なんでロブスターの代用品を山で探すの?」


「いんや木の実とか山菜じゃ全然代わりにならなくて諦め掛けてたんだけどよ」


「分かった。君はバカなんだね」


「おうよ!」



 お願いだから元気に返事をしないでほしい。

 感情へと掛けられたこの呪縛が無かったのならば、きっと呆れた表情を浮かべたり、苦笑いをしたりもできたのだろう。


 こういった会話が簡素な物に感じられてしまうのもこの呪いの不便な点か。

 ムラサキは妖であり、すでに人の身ではないものの、やはり自分の人間らしさが感じられないのは少し……辛い。



「失礼を承知で聞くんだけど、カブトって友達少ない?」


「ん? はっはっは! 多いわけねぇだろうがよ!」



 一息に飲み干した牛乳パックを握力に任せて小さく丸め、奥にあるゴミ箱へ放り投げる。

 僅か狙いが逸れたパックは縁に弾かれて床に転がり、カブトは面倒臭そうに椅子から立ち上がった。



「まあこの図体、性格、外見、喋り方……何を取ってもまともな奴は怖がって逃げてったさ」


「まあ、言っちゃ悪いけどカブトの事ってなると想像に難くないよ」


「ははっ! 言ってくれるな。……で、実際こうやって話してみた感じはどうよ?」


「そうだね。友達なら楽しいと思う」


「だろ? 俺だって、俺みたいな奴がダチなら楽しいと思う。だから、そうやって評価してくれるのが片手で数えられるだけいりゃあ問題ねぇ」



 床へ落ちたパックを拾い、今度こそゴミ箱へ。

 そのまま振り返った彼は、どこか得意気にも見える。


 割り切っているのだろうか。いや、はたまた諦めているのか。

 不思議と価値観を語る彼の言葉に悲壮感は何もなく、ただただ前向きにも思える。



「妖になっちまった以上、これまでよりさらに人は遠退くだろうけどよ」


「隠せばいいんじゃないの? 僕みたいに、妖の名前が知れている訳でもないんだし」


「嫌なこった。んなの息苦しいったらねぇ」



 元座っていた場所まで戻ったカブトに、ムラサキは首を傾げる。

 皿に残っていた朝食もほぼほぼ食べ終わり、飲み物に口を付ける。


 氷でよく冷えたオレンジジュースは、口いっぱいに酸味を広げると、わずかな後味を残して存在感が消える。

 夏場の朝には打ってつけだ。



「息苦しいだろ? 本当の自分隠して仲良しこよし、でも万一ボロが出て素が知れたら、そいつは離れないでいてくれるのか? そんな事に怯えながらの生活なんて、俺はゴメンだね」



 カブトの言わんとする事は分かる。

 でも、自分が彼と同じ立場だったならどうかと問われれば、きっとムラサキは隠す方を選ぶだろう。


 その自問と自答でハッとした。無論、表情には出ないが。

 カブトは割り切っているのでも、諦めているのでもない。


 ただ、強いのだと。

 孤独に耐えられる強さを持っているのだ。



「んじゃ、今度は俺から質問だ」


「何かな」


「お前は、俺の【友達】か?」



 得意気、あるいは少し悪戯に小さく笑みながら、その視線をカブトはムラサキへ向ける。


 最期に残っていたパンの一欠片を口に含み、オレンジジュースで一息に飲み込むと、ムラサキは無言のまま小さく頷いた。

 その口元には、小さな、ほんの小さな笑みが浮かんでいたような気がした。

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