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不思議夫婦と甘味処

作者: 酒人月歩

キャプションにも書きましたがここでも一応。

稲田町は実際にある町の名前ですが、この小説の稲田町は全く関係ない架空の町となっております。

「今日はやってるんだね?」

 墨で書いた張り紙を貼っていると、穏やかな声をかけられる。

 振り向くと、この稲田町(いなだまち)にあるちょっと大きめの神社の若様だった。

「あ、若様じゃないすか。久しぶりでっす」

「うん、(あらし)も久しぶりだね」

 嵐が嬉しそうにすると、若様も頷いた。

「奥様のお迎えで?」

「よく分かったね」

「そりゃ、噂になってますよ?若様と奥様のお家までのデート」

「ん?どこで噂になってるんだ?」

 若様には初耳のようだ。

 嵐はその様子ににやついた。

「そりゃ、駅とかこの商店街付近っす。すっげーオシャレな美人さんと神職さんが週末駅で待ち合わせして、一緒に帰っていくの。どう考えても若様っしょ。名物と化してるの知らなかったんすか?」

若様はちょっと顔を赤くして、片手で覆ってしまう。

「通りで最近生温い視線を感じるわけだ……」

「ですね。最近神社の方にも若い人来てるんじゃないすか?『ここのお稲荷さんに祈願すると、良い出会いがある』って噂もたってますよ」

 いっひっひ、と嵐が笑うと額に手を当てて若様はため息をつく。

「それはまさか、俺と衣織を見て噂たてられたのかな」

 どう考えても、と嵐は頷いた。

「若様、奥様と寄って帰りません?今日は月華(げっか)さんが超絶ヤル気起こしてるんで、なんでも出てきますよ。因みに月華さん寒天ブーム起こしてるんで、ところてんとみつまめとあんみつ辺りは増量無料です。むしろ増量して出します。カキ氷も出せますよ。蜜も手作りで今なら作りたてのあんず蜜もありやすぜ」

 にぱーっと笑いながら、嵐は寄っていくように言うと、若様は勿論と頷いた。

「やった!じゃぁ席取っておきます。四人席でいいっすよね?」

「うん、お願いするよ。じゃ、またあとで」

「お待ちしてまーす!」

 えへへと笑いながら手を振る嵐に軽く手を振り返して若様は駅の方へと去る。

 古い黒塗りの引き戸をからからからと音を立てて中へ入り、

「月華さーん!若様が奥様連れて来てくれるって!」

 嵐はドタバタと音を立てて厨房に向かい、中で作業をする者に叫んだ。

「煩いよ嵐!それに何で月華だけなのよ?!」

「まぁまぁひぃちゃん」

 ポニーテールのつり目の少女が嵐に叫ぶ。

「月華は嵐に甘過ぎだわ」

「んー?そうかな?」

のんびりと、月華と呼ばれる細い男は首を傾げます。

「いやー、陽菜(ひな)はさっき客席のほうにいたし、聞こえてると思ったからさ!ごめんごめん!」

まったく悪びれずにからからと笑います。

「んもう」

 嵐の呑気な笑い顔に、陽菜はため息をついた。

 なんだかんだいって、嵐に甘いのは月華だけではない。

「それで?若様がいらっしゃるの?」

「そうそう。奥様連れて来てくれるみたいだよ!」

「 まぁ、それなら腕によりをかけなくちゃ」

 陽菜は機嫌よく寒天を切り始めた。

「若様溺愛の奥様、楽しみだわ〜」

「そうだね、毎週末迎えに来てるなんて有名な話だもんね」

 月華は噂を思い出す。

 お狐様のところの若様が、週末に帰ってくる奥さんを毎回歩いて迎えに来る。

 晴れの日は手を繋ぎ、雨の日は一つの傘で。奥さんの荷物を持つ若様と、いいからと毎回攻防をして負ける奥さん。時折腕を組んで歩いていることも。

 地元の商店街や、稲田の駅では割と有名な二人組である。

 そのせいか、若様のお家は「縁結びのご利益がある」と思われ女性が多く通うという。

 まぁ、お稲荷さんは繁栄を司るものだから問題ないかとは、宮司である若様の父君の言である。

 本人達のみがそれを知らずにいるようだった。

「ただねぇ、若様は割と此方側の感覚の人だから……ちょっと心配よね」

「はは、そうだね。妖怪感覚で物を言うから、たまに人に馴染めてるか心配になるけど。まぁ、仲がいいと言うことはうまく行ってるんじゃないかな」

「そうね。愛想つかされなければいいけど」

「噂だと、それはまだまだ先じゃないかな」

はははと月華が笑い、陽菜は苦笑した。

そうこうしてると、扉ががらりと開く音がする。

「うぉーい、やってるんかい?」

のんびりした中年男性の声が響く。

「山根のおっちゃん!生きてたかー!」

嵐はサンダルをパタパタ鳴らして出迎えた。

(らん)坊、そりゃねぇよ!俺はまだまだいけるぜー」

かっかっかっと笑い、男は嵐の頭をかき混ぜた。

「あ、端の置物置いてある四人席以外好きなとこ座ってくれよ!」

「おう、ありがとな」

そんなやり取りが聞こえてくる。

「さ、そろそろ沢山来そうだし準備も進めようか」

「そうね」

 二人は顔を見合わせて笑うと、作業を本格的に再開した。


 程なくして、扉が開く音がする。

「いらっしゃいませ!」

 嵐の挨拶が響き、馴染みの顔やそれ以外の人間も入ってくる。

 もー暑すぎー!とか、今年は水が少なそうだなとか、帰るのが大変だとか色々な話が聞こえてくる。

 そんな中、人が話題にするのはやはり、有名な夫婦のことだった。

「さっき居たよね〜」

「うんうん。奥さん今日は早いのかな」

「じゃないの?いつもうちらの部活の帰りとかに見るじゃん?」

「だよね。まだ夕方にもなってないもん。あーあ、彼氏ほしーなー」

「わかる〜」

「そーいやさ、2組の椎名君がさ……」

 女子高生二人組がそんな話をしていると、山根や後から入ってきた者たちは「あの坊がなぁ」としみじみ呟きあっていた。

「主さんも元気そうでなによりだぁなぁ」

「そうやね。嫁とりしてから町も活気に溢れとるし、いい嫁はんもろたんやなぁ」

「そうだな。ただなぁ、坊がなぁ」

「坊ちゃんなぁ、ほんにずれとるさかい、嫁はんとやっていけるのか心配やなぁ」

「あっはっはっはっ、まぁまぁ、坊だって男だ。そう心配してやるなや」

 などなど、夫の方は言われたい放題である。


 そんな甘味屋で話題になってるとはつゆ知らず、若様は改札の前で待っていた。

 まだ夕方でもないので、降りてくる客はちらほらとしか居ない。

 しかし、白い着物と鮮やかな浅黄色の袴を着たその姿はどうしても目を引いてしまう。

 ゆえに、若者から年配者までちらちらと目を向けられる。

 しかし、若様の方は慣れたもので一心に改札を見ているのであった。

 若様はこの稲田のお稲荷さんの権禰宜さんである。

 宮司は若様の父君で、禰宜ではないのは修行の後一時期外に出ていた為だ。

 とはいえ、小さなほぼ家族経営の神社である。氏子さんが良く世話しに来てくれる他には時折他から禰宜さんや権禰宜さんがお手伝いに来たり、巫女さんのアルバイトを雇ったりする程度。

 そんな神社の若様は奥さんがやって来るのを涼しい顔で待っている。

 何せ、結婚しても奥さんは仕事の為に元々住んでるアパートにいて、週末や休日にこちらへ帰って来るのだ。

 あまり寂しいとは思わないが、やはり一緒に居られるのは嬉しい。

 だから、毎回迎えに行くのだが……まさか噂になっているとは思っていなかった。

 それでもやめようとは思わないのは、ひとえに愛故である。

 電車がホームに着く音がすると同時に、携帯にメールが入る。

 奥さんからのメールで、今着いたよーというものだ。

 若様は表情を緩めると、携帯をしまい改札をみつめる。

 降車した乗客がちらほらと上がってくると、夏らしい花柄があしらわれたシフォンのワンピースにサマーカーディガンを羽織い、荷物を持った奥さんの姿が見える。

 奥さんもすぐ気がついたのか、顔をぱっと明るくさせ少し足早で改札をくぐってきた。

「おかえり衣織(いおり)

「ただいま、梧桐(あおぎり)さん」

 ふたりは挨拶を交わすと互いに微笑んだ。

「荷物持つよ」

「えっいいわよ、この位」

「良くないよ」

梧桐はそっと近づいて衣織の耳元に口を近づける。

「ほら、貸してごらん」

 衣織は荷物を取られないように手をかわしていたのだが、耳元の囁きに気を取られて荷物を奪われてしまった。

「ずるいずるい、反則よそれ」

「ははは、これからこの手で行こうかな」

 真っ赤な衣織は歩き出した梧桐の背中をばしばしと叩く。

「もう、いつもありがとう梧桐さん」

「いえいえ」

 階段に向かうふたりは、事務所で「若旦那レベルアップしたなー」とか「奥さん負けっぱなしだなー」「勝てる日来なそうだな」とか会話されている事など知る由も無かった。


「あぁそうだ、久々に知り合いの店がやっててね。たまには、寄り道していこうか」

 衣織は梧桐の言葉に、一瞬キョトンとする。

「何のお店?」

「甘味処」

「行く!!」

 子供のように目を輝かせる衣織に、じんわりと萌えをかみ殺す梧桐はしれっとじゃぁ、行こうかと先を促した。

 帰り道は何時も、衣織がこの一週間で起きた事を話している。

 上司が営業とやりあい、また営業課の課長が頭を下げに来たとか、梧桐の元仕事仲間が「上原ー!帰ってきてくれー!」と叫びながら仕事していたとか、新作のコスメが義妹である桜花と桃花にぴったりの色があったからおみやげに買ってきちゃったとか、そう言えば義弟の欲しがってたものがあったから買ってきちゃったけど大丈夫かな?とか……話は尽きない。

 基本、梧桐は聞きながら相槌を打つだけである。元々話すのは得意ではないので、喋ってくれる衣織はありがたい存在であった。

 先程通ってきた黒塗りの扉の前に立つと、衣織は目を輝かせた。

「ここ?!ここ、いつもずーーっと気になってたの!」

と笑顔になる。

「うん、ここの店主は気まぐれだからあまりやってないんだよね」

 さ、入ろうかと扉を開くと嵐の元気な声が響く。

「いらっしゃいませー!あ、若様!」

「やぁ、約束通り来たよ」

「ありがとうございますッ!さぁさぁ、こちらの狐の置物がある所にどうぞ」

 嵐は底抜けに明るい笑顔を撒き散らしながらとっておいた席へ案内した。

「こちら今日のお品書きです。寒天は増量無料ですよ!」

 嵐は二人が座る間にお品書きとお茶を持ってきた。

「ありがとう」

 梧桐は嵐からお品書きを受け取る。嵐は決まったら呼んでくださいと言って注文の声の方に戻っていった。

 梧桐は二人で見やすいようにお品書きを横に渡す。

「えっ!あんみつパフェ?!なにそれ美味しそう!」

 衣織は品書きを見て即座に食いついた。

「あー、でも杏のパフェも美味しそうだし……かき氷もいいなー。どうしよう」

「好きなだけ頼めばいいよ」

梧桐は悩む妻に微笑むが、衣織はむぅ、と唸る。

「お義母さまの美味しいご飯が待ってるのよ……そんなこと出来ないわ」

衣織は嫁ぎ先の姑と仲がよく、更には胃袋を掴まれている。

彼女も普段は一人暮らしをしているので料理はするのだが、義母の料理は実家の味を凌ぐほど衝撃的に美味しかったようでこちらへ帰ると外ではほぼご飯を食べない。

「梧桐さんは決まってるの?」

「一応ね」

「何にするの?」

「あんみつパフェとみつ豆かな」

「二つも?」

 珍しい、と衣織は目を丸くした。

「ん?うん」

 梧桐は誤魔化すように笑う。このような反応をする時は大抵教えてもらえないので、衣織は諦めてお品書きを睨んだ。

「決めた!杏パフェにする!」

 杏味というものは案外ないので、衣織はそれに決めた。

 何より杏仁アイスに杏シロップに漬けた寒天に、と杏尽くしでとても気になるのだ。

「お決まりですかー」

嵐を呼ぼうとすると、見計らったように奥から和風美人が出てくる。

「杏パフェとあんみつパフェ、それからみつ豆一つずつ」

「はい、杏パフェ、あんみつパフェ、みつ豆をおひとつずつですねー。寒天増量できますけどどうします?」

「あんみつパフェとみつ豆はお願いします。衣織は?」

「私もお願いします!」

「はい、寒天増量で。かしこまりましたー」

 ふふふ、楽しみと衣織の満面の笑みを真正面で受け、梧桐はふっと笑いを漏らす。

 微笑ましいというのもあるが、単に萌えを噛み殺すのに失敗しただけである。

 注文を待ちながら、2人が他愛のない話をすると、先程までいた女学生たちも帰って行く。

「いいんじゃないの、そろそろ」

 突然、梧桐が隣の空いた席に向いて話しかける。

 衣織は怪訝な顔をするが、梧桐はいたって普通である。

「え?うーん、どうだろう。ねぇ、衣織。お店の人見えてる?あちらと、そちらのテーブルと、カウンターのところと、店員の人全員」

 虚空に向かっての話が自分に向き、きょとんとする。

 衣織は周りを見渡してみる。

 梧桐が指した右側のテーブルには、タイプは違うが壮年と言っていい男性が4人座っている。

 左側には同じくらいの男性、青年と少女、そして妖艶な女性が。

 他にもカウンターにはおじさん達が数人と美女が数人話しながらお茶を飲んでいる。

 もちろん、店員は初めの明るい少年と和風美人だ。それを話すと、梧桐はまた虚空に話しかける。

「まぁ、驚きはするだろうね。俺の姿になるのは別にここにいるのは知り合いばかりだしいいんじゃないの」

 ますます意味がわからない。

「衣織だって一応存在は知ってるわけだし、そんな気にすることはないと思……ああ、まぁ、確かにね。確証はないね。まぁでもそこは不思議な現象ですませばいいんじゃないかな。きっと甘味がくれば忘れるかもよ。ん?あぁ、そこはほら、明日になったら忘れるよきっと多分」

「あの、梧桐さん?」

 流石の衣織も困惑する。しかし、梧桐は気にせず続けた。

「じゃぁ、衣織、ちょっと目を瞑って」

「へ?」

「開けていいと言うまでは目を閉じててね」

「え、うん、うん?」

 急に話を振られて困惑しながらも目を閉じる。

 いったい何事だろう、梧桐は何に話しかけていたのだろうとドキドキしながら合図を待った。

「衣織、目を開けてごらん」

 優しげな声に目を開くと、目の前には己の夫が二人居た。

「あっ……あ、え?」

 衣織は何が起きたのか全くわからず、向かいの夫とその隣の夫の姿をしたものを交互に見る。

「見えてるみたいだよ」

「だな」

 向かいの梧桐がいうと、隣が頷く。

「梧桐と交代した事はあるが、質量を伴ってこうして会うのは初めてだな、衣織」

 隣の方がにっこりと笑いかける。それは普段のふんわりとした笑い方と違うこと、そしてその喋り方が少しだけ硬くなったところでは衣織ははっとする。

「か、神様?!」

 梧桐に憑いている、神社の御本尊様である。

 彼の神社では、代々後継に神が降りる。後継の子が出来れば嫁に憑き、子が生まれれば子に憑く。そうやってこの土地を守ってきた神様であった。

「そうだよ。実際の姿では見えないけど、ここでこの姿なら見えるんだねぇ」

 梧桐は面白そうに言う。

「えっ、あの、神様?なんで?ここで姿現しちゃって平気なの?」

 混乱の極みに陥った衣織は言葉遣いが梧桐と同じ扱いになっていた。

「ああ、問題ないよ。君が見回した、この店に入る者は全て妖や神の類だからな」

「ええええ?!?!」

 思わず衣織は叫んでしまい、はっと口を押さえた。

 すると、くすくすと笑う声がする。

「えぇなぁ、可愛い嫁さんもろたんやなぁ」

やら、

「やるなぁ、坊も」

などなど、しみじみした声もする。

「はーい!お待ちどうさま!」

 そんな中で、嵐の声が響いた。

「みつ豆とあんみつパフェと杏パフェ、寒天増量お持ちしましたよー」

嵐はささっと、しかし丁寧に並べていく。

「あら?」

あんみつパフェの配られた位置に、衣織は首を傾げた。

「神様がパフェなの?」

「あぁ、衣織が迷ってただろう?」

 梧桐の顔でにやりと笑う。

 中身が違うと顔つきまで違うと言うが、どうして破壊力までもが違う。

 遠くの席では「主さんのスパダリ感やべぇ」と呟かれていた。

「ぐぅ、梧桐さんの顔で卑怯だわ」

 当の梧桐はくすくすと笑う。

「そうやって照れる衣織を見たくてここに来たんだろう、梧桐」

 呆れたような視線を投げかける。

「あぁ、勿論」

「梧桐さんまで!!」

 酷いもう!と言いながら衣織は塗りのパフェスプーンを手に取った。

 梧桐が笑っていただこうか、と言うのを合図に三人は各々のものを食べ始める。

「美味しいっ!」

 杏仁アイスに衣織はとろけそうだった。

 香り高い杏仁と滑らかなミルクのアイスは、夏の暑さを和らげてくれるよう。

 杏のシロップ煮は酸味があって生クリームによく合うし、コーンではなく玄米フレークのザクザク食感、そして杏仁豆腐と寒天と掘り進めていく。

「美味しい〜〜」

 人は美味しいものを食べると気が緩むと言うか、衣織は今緩みっぱなしである。

 目の前の梧桐は衣織の幸せにふにゃけた顔を見てそっと口を覆った。

「……よかったな」

 神様は隠さなければ顔がニヤついて締まりがなくなってしまった梧桐にだけ、聞こえるようにつぶやいた。

「衣織、ほら」

 あんみつパフェのあんこと抹茶アイスを掬ったスプーンを差し出すと、衣織はキョトンとした。

「あーん、して」

 神様のその言葉に衣織は一瞬にして真っ赤になった。

「ほら、溶けてしまうだろう?」

 にっこりと、有無を言わさない笑顔で神様が言う。更には唇の近くまで持ってこられてしまった。

 ぎこちなく唇を開き、ぱくりといただくと、あまぁい粒あんとかなり濃い目の抹茶アイスが口の中でとろけあって、丁度良い塩梅になる。

「おいっしぃ……」

 ふにゃーっと笑うその姿に、梧桐はんぐ、と変な声を上げた。

 神様はその声を聞いただけで梧桐が身悶えることを我慢していることがわかる。内心呆れながら、ほらもう一度、と言って衣織にスプーンを差し出す。

 今度はきな粉アイスとわらび餅である。

 わらび餅はなんと、夏みかんの味がする。きな粉のアイスもこっくりとして香ばしくて、衣織の目尻は下がりっぱなしである。

「ふあああ、次は絶対あんみつパフェたべる……」

「梧桐、菩薩像のような顔をするんじゃない」

 衣織のふにゃふにゃな笑顔に梧桐の萌の臨界点が突破したようである。

 神様はため息をつきつつ、アイスが溶けないうちに己もあんみつパフェを食べすすめた。

 きな粉、抹茶、バニラの三種類のアイスは絶品で、神様も月華のつくるアイスは好きだ。

 わらび餅が夏みかん味だったり、玄米のフレークを使ったりと月華は時代に合わせて色々な工夫をするので、地味に楽しみだったりする。

 梧桐の父についていた時も勿論ここへ訪れていたのだ。

 その後、ふにゃけながら杏パフェを食べ終えた伊織を見つつ萌えを噛み締めていた梧桐も、なんとかみつ豆を食べ終える。



「はぁ、美味しかった……幸せ……来週もがんばれるぅ」

「それは良かった」

 店の外へ出て、衣織は満足そうに呟いた。

 梧桐も嬉しそうに頷く。最も、彼の場合は嫁の可愛さに喜んで居ることが大半を占めて居るが。

「あれ?神様は?」

 ふと、衣織は周りを見渡して言う。

「あぁ、もう元の形に戻ってるよ。流石に外には出れられないからね」

「そっか、それもそうね。梧桐さんの双子かと思われちゃうしね」

「ははは。そもそも見える人がいるかどうかだけどね」

「あっ!確かに」

 あの店が特別なのだろう。

 なにせ、お店からお客まで妖怪や神様の類がいると言うのだから。

 そう思って、伊織はふふっと笑う。

 二人は手を繋いで家までゆっくりと、蝉の声を聞きながら帰っていく。





***************




「衣織、はい、あーん」

「あ、あお、梧桐さん……」

食卓で始まった餌付け風景に、梧桐の両親と妹弟の時が止まる。

 衣織は恥ずかしく狼狽したが、美味しそうな竜田揚げの酢醤油漬けを拒絶出来るはずもなく。

 ぱくりと食べると、顔がにやけてしまった。

「やっぱり、お義母さまの鶏の酢醤油漬けは最高ですぅ」

その嬉しそうな顔に、家族一同ぐっときてしまって、梧桐はテーブルの下で脛を蹴られ、衣織はそのまま順番にあーんをされることになってしまった。


「まぁ、家族が仲良いのは良いことだ」

 呆れ半分に笑い、神様は複数ある尻尾を揺らした。

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