99 音楽祭
「……っは!!」
「あっ!! 起きた!! よかったぁ」
目を覚ましたら、ソプラが心配そうに寝転んだ俺の顔を覗き込んでいた。
あれ? 俺どうして寝てるんだ? さっきまでピアノ弾いて……ん?
まだ寝起きで頭がボーッとする中、一つの事に思い当たる。
今さ、ソプラが覗き混んでいて、俺が寝ているよね?
そして、後頭部から伝わる柔らかな感触と暖かさがあるのよ。
この顔の位置と距離感と感触は、まさか……。
膝枕ではないか!!!?
俺今、ソプラに膝枕してもらってる!?
「アルトちゃん大丈夫? 頭痛くない?」
まるで女神のような優しい微笑みを向けてくれるシスター姿に、俺のハートは打ち抜かれた。
「いや、ダメみたい」
「ふぇえ!? アルトちゃん!?」
俺はそのまま欲望に身を委ね、ソプラの腰に抱きついた。
あぁ……柔らかい、暖かい、いい匂いがする……ここが天国かぁ。
俺が世界最高の至福のひと時を迎えたその時。
「あーお姉ちゃん甘えてるー」
「赤ちゃんみたーい」
「かわいいー」
「ふぇ!?」
声がしたのでガバッと起き上がり周りを見ると、さっきまで合唱してたちびっ子どもが周りを囲んでいた。
「あーおきたー」
「よだれついてるー」
「あははは! 変な顔ー!!」
やめて! そんな目で見ないで!! なんかめちゃくちゃ恥ずかしいから!! 本当ごめんなさい!!
「ミーシャに殴られて倒れた後にわたしが回復魔法かけている間、みんなアルトちゃんの事心配してくれてたんだよ」
ソプラがにこやかに状況を説明してくれた。
「え? あ……ありがとう」
ありがたいけど、ちびっ子に恥ずかしい姿を見せてしまった……不用意に抱きつくのはやめよう。
でもそうか、ミーシャに……ってまた殴られたのか!? うぐっ、そう言えば頭がズキズキする……久しぶりの感覚だ。
「やっと起きたわね、このバカアルト」
見上げると腕組みしたミーシャが、額に青筋を浮かべていた。
「ミーシャ! 加減してよ!! また死にかけたよ!?」
「あんたの石頭は、これくらいしないと効かないでしょ!? ……まったく、アルトは厄介事起こさないと気が済まないの!?」
はい? 一体何のことでしょうか!? 身に覚えないのですが?
「厄介事って……ピアノ弾いただけじゃん!」
「弾くだけならね……あのピアノをあれだけ光らせた事が問題なの!!」
「はぁ?」
状況がわからず、小首を傾げていると……。
「おっ? 嬢ちゃん起きたのか!?」
「ん? ……あ」
ピアノ弾いてる時に、酔って絡んできたおっさんがきた。
「お嬢ちゃんすまねぇ、まさかその年であんな素晴らしい演奏をできるなんて思ってなかったんだ……酒に酔っていたとは言え、すまなかった」
「え!? ちょっ!? 何してんの!? 頭上げてよ!!」
おっさんはその場で俺に土下座をかましてきた!
「あのピアノは特別だと言ったろう? 今までこの町で生きてきたが、あれ程の輝きを放つ奏者は見た事がねぇ……嬢ちゃんは天才だ!! そこで恥を忍んで頼みがある!! 是非ワシとパートナーを組んでくれ!!」
「……は?」
「無理にとは言わん! 今回だけでいいんだ!!」
おっさんは訳の分からない事を言いながら、必死に土下座でお願いしてくる。
「えっ!? 話が見えないんだけど!?」
俺が突然の事に混乱していると……。
「さっきの女の子起きたのか!?」
「おい! おっさん!! 抜け駆けすんな!!」
「お嬢ちゃん!! こんなおっさんより、俺のパートナーになってくれ!!」
「いいえ!! 私とパートナー組んだ方が絶対素敵よ!! 一緒に頑張りましょう!!」
「結婚してくれ!!」
どこから湧いたのか、他の人達も一斉に俺を勧誘してく……おい、なんか変なの混ざってないか!?
ただ、それでも止まる事の無い人波に、俺はどうしていいかわからなくなっていた。
「えっ!? えっ!? えっ!? ミーシャ!? これどういう事ぉ!?」
「……はぁ。見ての通りよ……この人達はもうすぐこの町で開催される、四年に一度の祭典に参加する為に、あんたをスカウトしにきてんのよ」
「スカウトォ!?」
とりあえず落ち着く為に、言い寄ってきた人達を一旦全てお断りして、詳しく話を聞いてみた。
ここナカフは、音楽や芸術やダンスにファッションなど、この国の流行の発信源であり、文化の中心となっている町だそうだ。
その中でも特に大きな祭というのが、この町の開拓者パステル・レンボー様が500年以上前に始めた歴史がある由緒正しい音楽の祭典。
ナカフ音楽祭というわけなのだ。
その祭典の目玉となるのは、祭典の最終日、湖の中心のドーム型の建物で行われる音楽祭の決勝戦!
約10000チームが一ヶ月以上の予選を行い、その夜勝ち抜いた3組のチームが一同に競う最上級フィナーレ!!
優勝チームは国一番の名誉と賞賛が浴びせられ、莫大な賞金も出るのだとか。
その賞金額はなんと……。
「「金貨1000枚ぃい!!!!!?」」
俺とソプラは目をひん剥いて驚いた!
金貨1000枚だよ!!
俺が王様からくだされた召喚会場修理費の白金貨10000枚の1/10だよ!?
「今はその音楽祭の予選受付を行なってる期間だから、町中で良い奏者と組もうとみんな血眼なのよ……」
「ほー……なるほどね……」
「ア、アルトちゃん……? なんか悪い顔してるよ……?」
ソプラがジト目で俺の顔を覗き込んでくるけど、今はそれどころではない。
俺のあの演奏くらいでこの騒ぎ用だ……これはもしかしたら、ワンチャンあるのではないか?
『アルトよ!! なんだか面白そうだぞ!! 参加するのだ!!』
ムートが目をキラキラさせて参加を要請してくる。
多分こいつは賞金とか関係なく、楽しそうだからと言う理由だけだろう……。
しかしだ……これはあまりにも魅力的な祭典ではないか! やるか、やらないかと言われれば……。
「よし! 借金も返せるし俺もその音楽祭に……」
「出れないわよ」
「『え?』」
俺のボルテージが上がってきた所で、ミーシャの待ったががかった。
「あんたは、今日シスターとしてこの町に来てるの。それに仕事ほっぽりだしてお祭りに参加するなんて時間無いのよ」
「えー!! ちょっとくらい良いじゃ……」
『そうだぞ! こんな楽しそう……』
「文句あんのか?」
「『いいえ……ありません』」
ミーシャの低い声に一瞬で萎縮する俺たち……ん? たち?
「おい。なんでムートまで謝るんだよ」
俺はミーシャにバレないよう、小声でムートに話しかけた。
『お主もわかっておるだろう……あやつの拳はかなり痛いのだ』
拳って……あ、そういえばこの間の炊き出しの時、つまみ食いをしてミーシャにボコられてたっけ……。
ムートには身内には手を出すなとは言っといたけど……くそ、天下のバハムートがひよりやがって!!
ちぇ……借金を1/10も減らせるチャンスだったのに……。
まぁ、考えて見れば俺は伴奏だけだし、どうあがいても優勝なんて無理か……。
そうして俺に群がるスカウト達に後ろ髪引かれながら広場を後にした。
* *
しばらく歩いて、ナカフのターカ教会に到着したの、だが……。
「ミーシャ……場所ってここであってるの?」
「……えぇ、合ってる……はずよ」
『うーむ……これはまた、随分と……』
「おんぼろだねぇ……」
『クゥ……』
目の前には今にも朽ち果てそうなボロボロの教会があった。
ボロさ加減で言えば、王都のハン・パナイ亭より酷いぞ……?
そんな、ボロボロのターカ教会を見上げていると、扉がギギィ〜と恐ろしい音をたてながら開いた。
「ん? なんだ? お前ら?」
中から出てきたのは、シスター服姿で薄い紫がかった短髪の女の子だった。
「あの、俺たちベルンからきた……」
「あぁ!! 定期巡礼のやつか!! 遠くからご苦労さん!! うちはちとボロいけど、まぁ中に入ってくれよ!」
そのシスターはそう言うと、さっさと中に入っていってしまった。
俺たちは顔を見合わせて、とりあえずその建物に入る事にした。
「おーい! 定期巡礼のシスター達がきたぞー! あ、あんた達はその辺に座ってていいからね。おーい!!」
「いや……座っててってさ……」
「こりゃ、なかなか酷いわね」
「座って……いいのかな?」
そこには椅子と言っていいのかわからない、ボロ木を組み立てた何かが置いてあった。
案の定中もボロボロで、壁のあちこちに穴が空き、天井には雨漏りをしたような跡。
とてもじゃないが教会と呼べるかとも怪しい状態だった。
「ちょっとラーラ!! そんな所に、お客様に失礼よ!」
奥の方から声を聞きつけたのだろうか、もう1人慌てたシスターが駆け寄ってきた。
「えっ!? 同じ顔!?」
『む? なんだこいつら見分けがつかんぞ?』
「あっ……」
「あら、珍しいわね」
『クックゥ?』
その子はロングヘアーではあるが、髪の色も背格好も顔もさっきの子と同じだった。
「ラーラが失礼して申し訳ありません。私達はこの町のターカ教シスターで双子の『キーキ』と『ラーラ』と申します。この度は遠いところ、巡礼に来ていただきありがとうございます」
「はは! 歓迎するよ!!」
これが双子シスター、キーキとラーラとの出会いだった。
双子シスター登場です!え?名前がアレ?
さぁ……なんのことやら……。
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