97 娯楽の町、ナカフ
「見えてきたわね、あれが水と娯楽の町ナカフよ」
「うぉー!! 湖、超綺麗ー!!」
「色んな色の建物がいっぱいあって面白ーい!!」
『ふむ、楽しそうな町だ』
『クックゥ!!』
ムートに乗って町を見ると、見渡すほどの大きく透き通るような湖。
キラキラと輝く水面の下では、色んな種類の魚影が見てとれる。
湖の中央の島には大きくて豪華絢爛なドーム状の建物と、湖を囲むように並んだカラフルな街並みと、畑が広がっていた。
今、俺たちは、仕事の合間にある休日を利用して、各地にあるターカ教会の巡礼に来ていた。
三年に一度、指名された教会は他の離れた教会に赴き、そこで奉公をする事になっているのだそうだ。
なので今日は、俺もソプラもミーシャも、全員シスター姿だ。
町の外れに降りて徒歩で町に入る。
「やはりバハムートで移動すると早いわね。普通ここに来るのに、馬車でも三週間はかかるのに……めんどくさい巡礼もアルトがいれば、すぐに終わるから助かるわ」
「でも、アルトちゃんもナカフは初めて来るんだよね?」
「そうだね、他の運輸ギルド職員の人も『ナカフは楽しいぞぉ』とか言ってたんだけど、中々依頼くれなかったんだよな」
ムートで行くには比較的近いナカフ、運輸ギルドに結構依頼は来るのに、何故か俺には依頼が全く来なかった。
そこでたまたま、ターカ教会の巡礼の話が来てミーシャの付き添いと言う形で来る事になったのだ。
『アルトよ! 早く行くぞ!! 楽しそうな音がする!!』
「待て待て!! いだだだだだだ!! 頭に爪立てんな!! 落ち着け!!」
「ムートちゃんは相変わらずだね」
『クックゥ』
* *
町に入ると目に飛び込んできたのは色鮮やかな建物と、楽器を弾き鳴らし歌う人々。
食べ物を販売する屋台、水を使ったゲームをする屋台、お土産を扱う屋台などがそこら中にあり、完全にお祭りのような雰囲気だった。
「ウハー!! 町の中も楽しそうだ! お祭りでもあるのかな!?」
「アルトちゃん! 見て見て!! 楽器弾いてる人がいっぱいいるよ!!」
『なんだこの音は!? うるさいが、聞いていても悪い気にならぬ……むしろ、いい気分になるぞ!!』
『クックゥ!!』
俺らのテンションも爆上がりだ!
くそぅ!! こんな楽しそうな町ならもっと早く来ればよかった!!
「ナカフは毎日こんなもんよ。ほら、遊びに来たんじゃ無いんだから行くわよ」
「「『はーい』」」
『クックゥ』
1人冷静なミーシャに諭されて、ナカフの教会を目指して町中を歩く。
道中にも所狭しと弾語りをする人や屋台が並んでいて、本当に楽しそうな町だ。
これが毎日とか楽しすぎるだろ!
そうして、上京したてのお上りさんみたいに、ソプラと周りをキョロキョロしながら歩いているとある事に気付いた。
弾語りをしてる人の楽器や並んでる屋台を見ると、ほぼ全ての物に『自由』とペイントされているのだ。
「ねぇミーシャ? ここで弾かれてる楽器とか屋台にはみんな『自由』って書いてあるけど、あれなんなの?」
「ん? あぁ、あれね。あれは町中に置いてある、自由に弾いていい楽器や出店していい屋台よ。盗難防止にちゃんとスチールスパイダーの糸で編んだロープが結ばれてるでしょ?」
「え? あっ、本当だ」
確かによく見ると楽器や屋台は全てロープで結ばれるか、地面に固定されていた。
なるほど、フリー楽器に屋台か。さすが娯楽の町ナカフ……町中にこんな楽器や屋台が沢山あったら、そりゃ楽しくなるよなぁ。
『のう! アルトよ! 我もあの音が出るのやってみたいぞ!!』
「ムートがぁ? やめとけやめとけ、お前のその鋭い爪でそこのギターでも弾いたら、弦なんて一発で飛ぶわ」
『ぬうううう! やりたい! やりたいのだ!! あの楽しい音を鳴らしてみたいのだ!!』
「だぁー!! うるせぇ!! 遊びに来たんじゃねぇんだから我慢しろ!! 俺も我慢してんだから!!」
ムートの駄々が始まった。
たまに面白い物見つけると、子供みたいにはしゃぎ出すんだよな……。
この姿だけ見てると、コイツが本当に龍神バハムートなのかと疑ってしまう。
『ぐぬぬぅ……っむ? アルトよ、あの広場の中央にある白いのも楽器というやつか?』
「白いの? おぉ! ピアノじゃん!」
タイルで整備されている広場の中央には、南国のビーチに立っているような大きな傘の下に、白く綺麗なピアノが設置されていた。
傘の下に自由の看板が下げてあるが、誰も弾いていない様子だった。
「アルトちゃんピアノってあの白い楽器?」
「うん、そうだよ。こっちにもピアノってあるんだな……」
「こっちにも?」
『クックゥ?』
「あっ! いや、なんでもないよ!」
ソプラとクーちゃんがちょこんと首をかしげ、不思議そうな顔を見せる。
ぐぅかわいいんですけど!! ちょっと今から変な事言うから、もう一度見せてくれないかな?
そうしてニヤつきそうになる顔を抑え、ソプラに向き直ろうとした時。
『あの大きさの楽器なら、我でも大丈夫だろう!! フハハ!! 行くぞアルト!!』
「あっ!! バカ!! やめろ!」
「アルトちゃん!?」
「ちょ! アルト!! 止めてきなさい!!」
『クックゥ!!』
俺が止めようと手を伸ばしたが届かず、ムートはピアノのに向かってピュンと飛んでった!
ムートはそのまま椅子にストンと座り、嬉しそうにバンバンと鍵盤を叩き出した!
それは、音を奏でると言うには程遠い、ただの騒音だった。
「なっなんだ!?」
「見て! 小さいドラゴンがピアノ叩いてるわ!?」
「おいおい! どこのどいつの召喚獣だ、ありゃ!?」
ムートの騒音により注目が集まってしまう!
何をやっとるんじゃ! こいつぁあああああ!!
『フハハハハ!! どうだアルトよ!! 我も音が出せるぞ!!』
「こんの……バカムートがぁ!!」
『グハァ!!』
身体強化に助走の勢いをつけた、俺の渾身の右ストレートがムートを捉え、椅子の上から吹き飛ばした。
『何をするアルト!! 我が気持ちよく音を出しておったのに!!』
ムートは空中でクルリと身をひるがえして怒鳴ってくる。結構いいの入ったんだけどピンピンしてやがる、くそったれ!
「あれじゃ騒音だバカ!! めちゃくちゃに叩いたってそれは音楽じゃねぇよ!! あーあー、ピアノ傷ついて無いだろなぁ?」
鍵盤部分をチェックしたけど、傷はついていないようだ、結構丈夫なピアノみたいで安心した。
『我のが騒音と言うのならば、お主がやってみよ!! 我に騒音と音楽とやらの違いを聞かせてみよ!!』
「あん? こんな状況で弾けるかよ、それにそんな安い挑発……」
『なんだ? できぬのか? ふんっ、お主も弾けぬのに大層な口を利いたものだな。所詮はただの小娘……』
「やってやろうじゃねぇか!! この野郎!!」
頭っきた! バカムートに音楽のなんたるかを教えてやる!!
俺はどかっと鍵盤の前に座り、軽く弾いてみる。
うん、音階も前世のピアノと同じみたいだ。懐かしいな、指覚えてるかな?
「ちょっと!? アルトちゃん何してるの!?」
「アルト、早くどきなさい! バハムート を止めに行ったあんたが弾こうとしてどうすんのよ!?
それに、ピアノなんて難しい楽器、あんたが弾けるわけないでしょ!?」
後から追ってきたソプラとミーシャが、慌てて演奏をやめさせようとしてくる。
「大丈夫、まぁ見ててよ。そこまで下手くそでは無いと思うよ」
そう言って俺はニヤリと笑い、ピアノを弾き始めた。
今日から新章です!よろしくお願いします!




