91 夜中のお話
俺たちは、ショーユ蔵で持ってきたダイズを水に晒したり、今後使う為の大桶の掃除を行った。
引きこもっていたタマリちゃんも、ショーユ蔵では生き生きとした表情になり、セーユさんと笑いながら作業を行なっていた。
作業を終える頃には、すでに日も落ちかけていて、その日はお礼も兼ねて泊まらせてもらえることになった。
* *
「おいふぃ〜!! アルトひゃんの料理最高〜!! もうずっと家にいてよぉ〜」
「アルトちゃんはいつも美味しい料理作ってくれるけど、ショーユ使う料理は絶品だねぇ」
「私も長年ショーユ料理は作ってきたけど、これは本当に美味しいわ」
「『おかわりぃ!!!!』」
泊めてもらえる事になったのだが、さすがに何もしないと言うのは忍びないので、俺が夕飯を作る事になった。
せっかくなので、ショーユをふんだんに使ってみた。
作ったメニューは、今日配達途中で見つけてついでに狩った、センチピッグの角煮だ!
ミリピッグより一回り大きく、皮下脂肪の多い豚の魔物で、角煮にしたらそりゃもうプルプルで美味しいだろうと思った。
で、早速つくりだしたのだが……。
いや、やばかった……何がやばかったかと言うと、食欲の化身と化したムートとターニャさんが……。
作ってる最中には、ぴったりと背中と頭の上に張り付かれ、はぁはぁと息を荒くして作業を覗き込んでくる。
余りにも作るのに邪魔だし、うざってぇ!! 腹が立ったので、煮上がるまでムートは鍋に圧力をかけるための重石代わりに、蓋の上に二時間待機を言い渡した。
『ぐうぅうう!! おのれアルト!! 我に拷問をかけるとは!! 許さん!! 許さんぞぉおお!!』
醤油と砂糖の甘辛い匂いが、水蒸気と共に鍋から上がってくる上で、蓋を押さえるためにピクリとも動けないムート。
俺の命令に逆らえないので、よだれをダラダラとこぼしながら必死に耐えている。
そして、そのよだれの処理を任せたのがターニャさん。
「一滴でも鍋に垂らしたら角煮は抜き」
と言ったら腹の虫を豪快に鳴らしながら、滝のように流れ出るムートのよだれと、自分のよだれ処理に奮闘してくれた。
その間に角煮だけでは足りないだろうと思って、隣で残りの肉を香ばしく焼いていたら『やめろ!!』「これ以上、苦しめないで!!」と涙声が聞こえた気がした。
わざとやってんだよ!! 角煮だけじゃ足りないだろうから、追加で焼肉だよ? アルトちゃんと〜ても優しいだろ? そうは思わんかね?んん?
まぁ、そんな頑張りのおかげで出来上がった角煮はトロトロに仕上がり、みんなにも大好評だった。
夕食を済ませて、しばし今後の談笑をしたのち、俺とソプラはタマリちゃんの部屋で寝ることになった。
ムートとターニャさん? 夕食後に空になった鍋抱えて、顔をテカテカにしながら、幸せそうにその場で寝てたよ。
* *
「じゃあ、明かり消すね」
「うん、おやすみなさい」
「ふぁ〜今日は疲れた。おやすみ」
わたしはアルトちゃんとソプラちゃんの三人で寝る事になり、部屋の明かりを落とした。
久しぶりのわたしの部屋は、お母さんがいつ出てきてもいいように掃除をしてくれていて、閉じこもる前と同じように綺麗だった。
布団に入り、暗い天上を見つめる……。
今日は、本当に濃い一日だった……。
お父さんが死んでから、悲しみを乗り越えきれずに小屋に閉じこもっていた所に、ふと現れた不思議な人族の女の子達。
入ってくるなり食べられそうになるし、小屋から出ようと誘われて断ったら、匂いの拷問に胃袋つかまれて、引きずり出された……。
引きずり出したのは、男の子みたいな性格をした女の子、アルトちゃん。料理が上手で、ショーユを使ったこんな美味しい料理は初めて食べたかもしれない。
以前うちを訪ねてきた、ニコン出身の料理人さんよりショーユの使い方をわかっているみたいだった。
その料理を食べていたら、ふとお父さんを思い出した。
昔、わたしがお父さんのショーユ作りを手伝うと言うと、にっこり笑って手を差し伸べてくれた。
(お父さんはショーユ作り、上手だよね)
(う〜ん、そうかな? まだまだ美味いショーユを作れるエルフは、いっぱいいるよ?)
(お父さんのが一番美味しいショーユなの!!)
(あはは、ありがとう。……ほら、見てごらん、ショーユが喜んでるよ?)
(え? ショーユが喜ぶの?)
(そうだね、タマリがショーユ作りを手伝ってくれると、こんな感じにショーユが喜んでるように鳴くんだよ)
お父さんに抱えられて、桶を見るとショーユ樽の中の醪からポフポフと空気が出てきていた。
(あは! 本当だ嬉しがってるみたい!)
(タマリはお父さん以上のショーユ職人になりそうだな)
(うん! 任せて! 立派なショーユ職人になるよ!)
(ははは! 頼もしいな!!)
そんな、たわいも無い日常の一コマ。
……そうだ、思い出した。わたし、お父さんと約束したんだ。
立派なショーユ職人になるんだ!! って……。
それなのに、小屋に閉じこもって……わたし何やってたんだろう。
こんなんじゃ、お父さんに顔見せられない。ごめんなさい、お父さん……。
そんな事を思い出していたら、眠れなかった。
「まだ、起きてるの?」
「!?」
声がした方を見ると、青い髪が綺麗なソプラちゃんが、布団に入りながらわたしを見ていた。
「あ……うん、なんか眠れなくて」
「ふふ、わたしも」
ソプラちゃんはそういうと、クスクスと笑った。
「今日はすごい一日だったからね、誰かさんのせいで……」
わたしは、首だけ振り返って、ソプラちゃんと反対側に寝ているアルトちゃんを見る。
さっき明かりを消したばかりなのに、すでにイビキをたてながら寝ている。本当に年相応の男の子みたいだ。
「不思議な女の子よね……」
「うん。でもわたし、いつも元気付けられてるの」
ソプラちゃんの方に向き直り、眠れるまで少し話をする事になった。
わたしはショーユ作りの魅力や、召喚魔獣試験の失敗談とか、ノーダの歴史などを。
ソプラちゃんは、王前の儀の話や、召喚獣のゴールデンクックのクーちゃんの話や、アルトちゃんの話をしてくれた。
特にアルトちゃんの話は、とても楽しそうに喋ってくれる。出会いの話や、アルトちゃん事件簿、いかに凄いかなどを語り出すと、止まらないくらいの勢いだった。
「あー面白い。ソプラちゃんは、本当にアルトちゃんの事、大好きなんだね」
「えっ!? いや、好きって言うか、尊敬というか……その……」
少し茶化してみたら、顔を真っ赤にしてモジモジして、すっぽりと布団をかぶってしまったソプラちゃん。
うーん。いじらしいと言うか、可愛らしいと言うか……アルトちゃんが男の子なら良かったのにねぇ。
わたしがニヨニヨしながら反応を楽しんでいたら、ふと疑問がよぎった。
「そういえば、子供達だけで、こんなとこまで来て大丈夫だったの? 親とか心配してないの?」
王前の儀で召喚獣を呼び寄せたのが数ヶ月前の話と言うからには、今ソプラちゃんとアルトちゃんは10才……。
あの食いしん坊の護衛の女の人がいるとは言え、王都からはかなりの距離があるはずだ。とても若い女の子だけで移動するには無理がある。
「あー。わたし、捨て子だから両親はしらないんだ。アルトちゃんの両親は健在だけど、もう独り立ちして運輸ギルドで働いてるんだよ。
移動はムートちゃんに乗って移動だから、すぐに帰れるんだよ」
「え……あ、ごめんなさい」
しまった……。ターカ教の教会にいるって話してたんだった……。こんな歳で教会にいるって事は少し考えればわかったはずだ……。
わたしは背中にツーっと汗が流れるような感覚で、次の言葉が出てこず押し黙ってしまった。
「ううん、大丈夫だよ。育ててくれたミーシャもいるし、アルトちゃんもいるし、帰れば召喚獣のクーちゃんもいるから寂しくないの」
ソプラちゃんは、わたしの気持ちを察してくれたのか、発言を気にもせず再びにっこりと笑顔を返してくれた。
わたしにはまだお母さんがいるし、お父さんと思い出もある……。けど、ソプラちゃんは両親の思い出もない……。
強い女の子だ。
わたしの心につっかえていたシコリなんて、なんて小さいものだったんだろう……。
わたしもこの二人の女の子のように、強くならなきゃと思えた。
「ソプラちゃんは強いのね」
「わたしは弱いよ……でもアルトちゃんを見てると、もっと強くならなきゃ! って思うの」
「振り回される事しか思い浮かばないけどね」
「それは当たってるかも」
「「ふふふっ」」
二人で声を押し殺して笑いあった。こんなに家族以外の誰かと喋ったのは、初めてかもしれない。
ありがとう、ソプラちゃん……。
心の中につっかえてたものが、ストンと落ちた気分で、微笑みながらソプラちゃんを見つめた。
「……ん? 明るい?」
そこで、ふとソプラちゃんの顔がよく見える事に気がついた。
周りを見ると、おしゃべりに夢中で気づかなかったが、窓の戸の隙間から光が差し込んでいて、部屋が少し明るい。
耳をすますと、バチバチと何かが弾けるような音もする。
何か嫌な予感がする!!
「えっ!? タマリちゃん!?」
わたしは、布団から飛び起きて、窓の戸を跳ね上げた!
「っ!? 大変!! 蔵が!!」
目の前には炎を上げて燃え上がる、ショーユ蔵が見えた!!
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