89 蔵の行方
「うえ……ひっぐ。ムグムグ、美味しいよぉお」
タマリちゃんが泣きながら、焼きモロコシにかぶりついている。
小屋の前で焼きモロコシを作ったら、我慢の限界に達したタマリちゃんが、小屋から出てきた。
生きとし生ける者は、食欲には抗えない物なのだ。
「どう? タマリちゃん? 美味しいだろ?」
「……うん。悔しいけど……美味しい」
タマリちゃんは悔しそうに俺を睨むが、トンモロコシを食べる手を止めないので、怖さは皆無である。
「よかった。いっぱい食べな」
俺はタマリちゃんの頭を優しく撫でる。ついでにキノコの状態を確認。うん、ガッチリ頭から生えてるねこれ。
するとタマリちゃんがビックリして、俺の手を払いのけた。
「触っちゃダメ!! あなたもキノコになっちゃう!!」
「え!? マジ!?」
俺は手を確認するがキノコになる気配は無い……脅かすなよ。
「なんとも無いじゃ無いか、ほら」
手を開いて突き出すように、タマリちゃんに見せる。
「あれ? え? なんで?」
目をまん丸にして、俺の手を観察するタマリちゃん。なんもないよ?
「お父さんとお母さんしか、触れなかったのに……」
「ねぇ、もしかして引きこもった原因って、このキノコも関係あるの?」
なにかを察したソプラが、タマリちゃんを覗き込み様子を伺う。
「……うん。わたし、あんまり他のエルフとおしゃべりするのうまくなくて、いつもお父さんとお母さんと一緒にいたの」
ソプラの言葉に少し俯きながら、タマリちゃんはゆっくりと話してくれた。
「小さい頃は魔量も多くて召喚魔獣試験を受けられるとあって、町のみんなから凄く良くしてもらっていたの……わたしもみんなの期待に応えられるように頑張って試験に合格できたの。
でも、大事な召喚に失敗。みんなの期待を裏切ってしまったの。
それ以降、みんなの目が冷たく見えて……凄く怖かった……それでも優しくしてくれたお父さんが大好きだったの。
でも、この前お父さんが死んじゃった時、町のみんなが一緒に悲しみ、優しくしてくれた事で、嫌われて無いってやっとわかったの。
だけど、誰かに頭を撫でられた時に、突然頭からこのキノコが生えてきて、触られるとキノコが生えて来るようになっちゃったの。
そうしたら、町のみんながまた気持ち悪いような目で見てきてるような気がして……。
そしたらまた怖くなってきちゃって。
だから、お母さんにも迷惑かからないように小屋に閉じこもったの」
「タマリ……そういう事だったのね。ごめんね気がつけなくて……」
「お母さん……」
セーユさんが、優しくタマリちゃんを抱きしめる。いいね、親子愛をしんみりと感じるぜ。
でも、ちょっと気になる事もある。
「ふむ……ねぇ、ちょっとソプラも触ってみて」
「ん? こう?」
「んひゃう!?」
俺がタマリちゃんの頭を指差してソプラにお願いすると、ソプラはなんのためらいもなくペトっと頭に手を置く。
「……なんともないね?」
「うん」
手を確認したが、ソプラも俺と同様になんともなかった。キノコが生えるのには、何か条件があるのかもしれない。
「じゃあ、ターニャさんは?」
「ん? ワハヒ?」
そこには頰にキノコをパンパンに詰めて振り返る、ハムスターの化身と化したターニャさんがいた。
「よし。とりあえず、口の中のキノコをすべて飲み込んでからきて」
一体どれ程食べるのだろうか……チラッと小屋の中をみたら、隙間なく埋め尽くされていたキノコが、ほとんどなくなっていた。
見なかったことにしよう。
結果としてターニャさんは頭に触るとキノコが生えてきた。
多分、心が汚れているから生えるのでは? という仮説を立てたが、ターニャさんから「アルトちゃんには言われたくない」と猛反発が返ってきた。
失礼な!! この透き通るような清い心のアルトちゃんのどこに、邪な考えがあるとでも言うのか!?
ちなみに、ターニャさんの手に生えたキノコは、綺麗さっぱり本人の胃袋に収まった。
ただ、タマリちゃんを小屋から出すことに成功はしたけど、まだ気持ちの整理はできていないだろう……こればかりは、時間がかかるからな。
そんな事を考えながら、次の手を考えていたら。
「ほう、美味そうな匂いがするじゃないですか」
「ん?」
声のする方を見ると、昨日最後にダイズを配達したショーユ蔵のショージョーとか言うデブが取り巻き連れて、こちらに歩いてきていた。
何しに来たんだあのデブ……。
「ショージョーさん何の御用でしょうか?」
セーユさんが急に背筋を伸ばし、顔を引き締める。
「いやーそろそろ、このボロい蔵をたたんで私に譲りわたす決心がついたかな?と確認しにきたまでですよ」
「その件は、何度もお断りしているはずです!」
デブが、すました表情で語りかけてくる。なんとも鼻に付く言い回しだが、セーユさんもすぐに断った。
俺は何かあると身構えようとしたら、ターニャさんがキリッとした表情で、スッと俺たちをかばうように前に立ってくれた。
護衛の仕事は忘れていないようだな、口にバターショーユの跡が無ければ完璧なんだけど……。ムートも頭の上に戻ってきた。
「物分かりが悪いエルフですねぇ。ショーユ作りの名職人シジャは、もういないんですよ? ショーユを作らない蔵だけあってもどうしようもない。
ならばショーユ作りに最適なこの場所は、現在ノーダで生産量一位のワタシが管理するのが、町の為になるとはお思いませんか?」
「それとこれとは関係ありません! それにまだショーユは作っています! ここを譲る事はありません!! 申し訳ありませんが、お帰りください」
おぉ!! いいぞ!! セーユさんカッコいい!!
「……ッチ。まだ、ダイズを分け与える輩がいるようだな……」
デブは顔をしかめ何かボソリと呟いた跡、すぐに表情を戻した。
「そうですか、わかりました。では気が変わるかもしれませんので、また改めてお伺いします。それでは……」
デブはそう言って、取り巻きと共に帰って行った。帰り際に取り巻きの一人が申し訳無さそうに会釈をしてきたが、それでも俺の中であのデブは、今最も嫌いな人物第1位に輝くこととなった。
「ムート!! 塩出せ!! 塩!! 速攻で浄めるぞ!!」
『ん? さっきの奴らを食らうのか? 我は何となくだが気が乗らんぞ?」
「あんなもん食えるか!!」
怒りの塩を撒き終わり、セーユさんの元へ行く。
「ごめんねアルトちゃん。嫌な所見せちゃったわね」
気疲れしたのか、椅子に座りかたを落とすセーユさん。その脇には心配そうに見上げるタマリちゃんもいた。
「気にしないで。何なのあいつら!!」
「あの人は何年か前にふらっとノーダに住み始め、ショーユ蔵の経営を握り、他の蔵をどんどん合併させてあっという間に町一番の生産量を誇る蔵に成り上がった人なの。
蔵が大きくなるに連れ、ショーユ作りに適したこの場所を、執拗に譲れとシジャとも何度も衝突していたわ。
シジャが亡くなってからは頻度が増し、私はシジャとの思い出もあるこの場所は譲らないと何度も断ったのだけど、一向に止みそうな気配がなくてね……」
よほど疲れたのか、はぁ……とため息を漏らすセーユさん。
元々ショーユ作りから入らずに、蔵を吸収する事で大きくなっていくってM&Aみたいな事する奴だな。
商売のやり方と言えば文句は言わないけど、やり方がいけ好かねえ……。ショーユ作りができないからって、無理矢理地上げまがいなことしやがって。
ショーユを作らない蔵だと? ならば、がっつりとショーユ作ってもらおうじゃねぇか!!
「ねぇセーユさん。ダイズがもっとあればどれくらいのショーユ作れる?」
「え? そりゃ原料のダイズさえあれば一人でも二樽くらいは」
「タマリちゃんも入れれば?」
「人手がいるのは仕込みの時くらいだしタマリがいれば、大樽1つくらいなら作る事は可能よ」
「なるほど。わかった……」
不思議な顔したセーユさんとタマリちゃんをよそに、俺は少し考え込む。
「アルトちゃん何考えてるの?」
「また美味しい料理でも考えてるのかな?」
ターニャさんもソプラも俺の行動を不審に思い、心配そうに見つめてくる。ターニャさんは相変わらずだ。大丈夫だよソプラ、そんな心配な顔しないで!
俺は決意を固め、考えをみんなに言い放つ!
「ここのショーユ蔵は、俺がもらう!!!!」
「「「「え?……えぇえええええええええ!!!?」」」」
いつもブクマ、感想、誤字報告ありがとうございます。




