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88 出ておいで

「うちのアホが、本当申し訳ありません!」


「うー……なんでワタシが謝るの? キノコ食べようとしただけじゃない……というかワタシの方が年上……」


「いいから謝るの!! タマリちゃんめっちゃびびってるじゃないか!!」


 ターニャキノコ娘捕食未遂事件が収束を迎え、容疑者は被疑者に対し、ムート頭乗せ土下座を執行していた。


「まぁまぁ、もう済んだことですし。タマリもちょっと、びっくりしただけだから、ね?」


「う……うん」


 セーユさんの後ろに隠れてこちらをチラチラ見ているのが、ひとり娘のタマリちゃんだ。


 軽く身なりを整えて前髪の隙間から目が確認できるようになった。でも頭のキノコは取らないのか? と言うかどうやって生えてるんだあれ? まさか体の一部になってんのか?


 そんな構想を思い描いていたら、ソプラがゆっくりタマリちゃんに近づいて行く。


「はじめまして、わたしソプラって言うの。タマリちゃんが小屋から出てこないから、お母さん心配なんだって。お父さんの事は悲しいかもしれないけど、くよくよしてる姿を見たら、天国のお父さんもきっと悲しむんじゃないかな?」


 目線を合わせるようにしゃがみ込み、優しく問いかけるソプラ。


「……あんたに……何がわかるのよ!」


 タマリちゃんはソプラの優しい言葉を受けながらも、キッと睨みつけながら拒絶の反応を見せる。


「お父さんの事何も知らないくせに!! わたし……小屋から出なくていい!! ……ほっといて!!」


「あっ……」


 タマリちゃんは布団を被り、小屋の隅でうずくまってしまった。


「ごめんなさいソプラちゃん、タマリの為にありがとうね」


 セーユさんは謝ってきたがタマリちゃんが引きこもった内容も重いので、立ち直るのは中々難しいだろう。


「はい……」


 ソプラは自分が力になれなかった事を悔やんでか、しゅんと縮こまってしまった。


 あぁ、ソプラよ。そんな悲しい顔するんじゃない。よくやったよ、他人に優しくできる事は、それだけソプラも成長出来ている、という証なのだから。あとで俺が慰めてあげるからね。


 タマリちゃんも隅に行ってうずくまっているけど、チラチラとソプラの様子を見ている。根は優しい子なんだろうな。


 仕方ない……ここは一肌脱ぎますか。


「しょうがないよ……出てきたくないならほっとこう」


「えっ!?」


「ほら、みんな出るよ」


 俺はそう言ってタマリちゃん以外を、小屋の外に連れ出した。


「アルトちゃん! タマリちゃんの事、気にならないの!?」


 ソプラが涙ぐみながら、俺に突っかかってくる。その、涙ぐみながら頰を膨らませる、あざとい行動はどこで覚えてくるんですか!? アルトちゃんにとってのご褒美ですよ!?


「まぁ、気にならない事はないよ。ただ、あのやり方では中々出て来ないだろうと思ったからさ」


「じゃあアルトちゃんは別の方法知ってるの!?」


「うーん、成功するかはわからないけど、『小屋から自分で出てくるように仕向ける』事は出来るかもね」


「あの、是非お願いします。私ができる事は協力しますから!」


 セーユさんからもお願いされてしまった。


「わかった……みんな、ちょっと耳貸して」


「「「『ん?』」」」


 クックック……タマリちゃんよ。ソプラの優しさを断ってまで引きこもった、その信念試させてもらおうか!!




 * *




 小屋の隅で布団を被り、閉じこもっている。


 ……変な人達だったな。


 わたしを食べようとしてくるし、お父さんみたいに、その人に怒っている女の子がいたり、お母さんみたいに小屋から出ようと言ってきたり……。


 あの青い髪の子、わたしを心配してくれたんだよね。


 でも断った時、すごく悲しい顔してた……。悪い事しちゃったかな。


 本当はわたしが弱くて意気地が無いからいけないのに……他の人を突っぱねてしまった。


 やっぱり私ダメだ……ダメダメエルフなんだ……。


 しばらく塞ぎ込んでいたら、外で何か音がして、いい匂いが漂ってきた。


「ん?」


 話し声も聞こえるし、あの子達まだいるのかな?


 何をやっているのか気になったわたしは、戸を少し開けて外を確認した。


 小屋の前で、何か焼いてる?




 * *




 パタパタ……。


 七輪の上では先程ターニャさんが小屋で摘み取ったキノコが、うちわで煽られ炭火で焼かれている。


 そう、俺たちは小屋の前で昼食を取ることにしたのだ。


 肉厚のキノコのカサからは、とめどなくキノコの旨味エキスが溢れ、そのビジュアルだけでも美味しさが伝わってくる。


 いつもキノコは塩で食べているのだが、ここはショーユ蔵。セーユさんのご協力のもと、ショーユを使わせてもらう事になった。


 皆が注目する中、カサにショーユをポタポタと垂らす。


 ジュワァーとキノコのエキスとショーユが蒸発する音と共に、香ばしい匂いをあたりに撒き散らす。


「アルトちゃん!! いえ! アルト様!! どうかそのキノコをいただけないでしょうかぁ!?」


『このショーユとやらは何なのだ!? 我が食欲を我慢しきれん程の匂いだ!!』


「ムートもターニャさんもステイ!! さっき作戦話しただろうが!! お前らが先に食べてどうするんだ!! あとヨダレ垂らすな!! 汚ねぇ!!」


 俺の考えたもの、それは……『食欲刺激で誘い出せ!! 自力で小屋から脱出大作戦』だった!!


「本当にこれで出てきてくれるのかしら……?」


 セーユさんが心配気味にため息を漏らす。


「大丈夫と思いますよ? ほらみてください」


「ん?」


 小屋に目をやると、戸が少し開いて隙間からタマリちゃんがこちらを見ている。やはりこちらの動向が気になる様子だ。


 まぁ、ショーユ蔵の娘さんだ……これくらいの料理は食べてるはずだから、まだまだ出てこないだろう。


 でもね、本番はここからだ!!


「アルトちゃん、もう食べていいの?」


 ソプラもジッとキノコを見つめ、待ちきれない様子だ。その美味しそうな物を待ちきれない、って顔のソプラがたまりません! 俺がソプラを食べちゃいたいくらいです!!


「ふふん、まだ仕上げが残ってるよ」


 俺はサイドポーチの中から、瓶詰めを取り出す。


 中にはバターが入っており、スプーンで一すくいして、ペトリとキノコの上に落とした。


 じゅわじゅわ!! と音を立てるキノコのつゆとショーユに、バターが混ざり合い、トロリと溶けていく。


 そして、溢れ出したその狂気の液体はキノコの器からポタリと溢れて炭に滴る。


 次の瞬間、バターの香りが爆発的に広がり、ショーユとの夢の共演を果たす。


 エルフはバターとか動物性の物は食べられるのか気にしたんだけど、特に禁止もしておらず普通に食べるそうだった。


 しかし、食文化的に菜食が多く、殆ど食べる機会がないと言うだけだそうだ。


「『ぐぁああああ!! もう限界だぁ!! 早く食わせろぉ!!』」


 ついに腹ペココンビの我慢の限界が振り切れた。このままでは七輪ごと食われそうだ。


 あとどうでもいいが、こいつらがっちりハモりやがったな……ターニャさんはムートの言葉聞こえないはずなのに……。


 まぁ、俺もこの匂いには耐えられない。早く食べたかったので、素早くキノコを串に刺して配り、祈りを捧げる。


「「「「天に召します食の神ターカ様よ、命あるものの糧をこの身の血肉と変え、生きる事に感謝を捧げます!!」」」」


 待ちきれなかったのか、すぐさまかぶりつくムートとターニャさん。


『むぐっ!! キノコとはこれほどに美味かったのか!? 食欲がとっ……止まらぬ!!』


「中から美味しいつゆが溢れてくる!! ショーユの香ばしさと、バターのコクが最高!! アルト様ありがとうございます!」


「あらあら、ショーユだけでも美味しいと思ってたけど、これはたまらないわぁ」


「アルトひゃん♪ 美味ふぃよふぅ!!」


 みんなにも好評で何よりだ! ムートとターニャさんは既に次のキノコを焼き始めている。生でくうなよ?


 ふと小屋見ると、そりゃもう不自然に戸が、ガタガタと揺れていた。でも、タマリちゃんは出てこない。


 ほほう……中々しぶといな、やるじゃないか。だが、次でトドメだ!!


「セーユさん……」キュピーン!


「ええ、アルトちゃん……」キラン!


 互いに目で合図を交わし、セーユさんは急いで母屋に、アル物を取りに行く。


 娘も、もう少しで小屋から出てきそうだし、美味しい物を食べられるので、楽しくなってきたようだ。この母、ノリノリである。


 そして、セーユさんが持ってきたものは。


 前世で言うトウモロコシの、トンモロコシ。タマリちゃんの大好物だそうだ。


「大きいトンモロコシ!! 実も張っていて、これ焼くだけでも美味しいやつだ!!」


『いや赤鎧よ、先程のバターショーユで焼くともっと上手くなると思わんか?」


「なるほど! それはいいね!!」


 ターニャさんとムートが見つめ合い、サムズアップを掲げている。お前ら言葉わからなくても、もう完全に意思疎通できてるだろ!?


「まぁまて、これをバターショーユで焼くのも確かに美味いが、ここに更に砂糖を少々……」


「『なっ!? 更に砂糖だと!? ぬおぉおおおおお!!!!』」


 小屋からよ〜く見えるように、カップに砂糖とキノコの旨味成分が溶けきったショーユとバターをとろ〜っと入れる。


 それを、ぷりぷりと実が立って、そのままでも十分美味しそうなトンモロコシにハケでたっぷり塗って焼くとぉ……?


 あたりには甘しょっぱい中にバターの濃厚な香りが混じり……それはもう、胃に殺人的な香りのボディブローを放つ、旨味の爆弾と化したトンモロコシが完成する。


「アルトちゃん!! こんな物目の前で焼くなんて!! 待たされるワタシの身にもなってよ!! こんなの拷問だよ!! 待ちきれないよぉ!!!! はっ、早くそれをおおおおおお!!!!」


『ぐぬぬ!! ここまで我を苦しめるとは!! アルト! 貴様歴戦の強者達より間違いなく強いぞ!! その、ステイとやらを解けぇええ!!!!』


「ふ、二人とも落ち着こうよぉ。トンモロコシは逃げないから」


 ターニャさんとムートは、トンモロコシが焼ける匂いで気が狂ってしまったように雄叫びを上げる。


 ソプラが若干引いてるから、ほどほどにしとけよ?


 しかし、作戦の為に美味しそう! とはしゃげとは言ったけど、ちょっとやりすぎじゃね? ここまで真に迫る勢いでくるとは思わなかったよ……。


 …………演技だよな?


 そんな状態で小屋の方を見ると、戸が壊れんばかりの勢いで激しく叩かれ、中から悲痛な叫びにも似た声が漏れ出てくる!


 フハハハハ!! どうだ?苦しかろう!? 鼻腔をくすぐる程度で許されると思うか?


 甘い甘い……鼻腔から胃まで、袋叩きにしてやんぜ!! さっさと出てこいキノコ娘!! 全部食っちまうぞ!!


 そう思った、次の瞬間!!


 スバーン!!!!


 小屋の扉が勢いよく開かれ、涙目でプルプル震えている、仁王立ちのタマリちゃんが叫ぶ!!


「うわぁあああああん!! もう我慢できるかぁー!!!! わたしも食べるぅー!!!!」


 ミッションコンプリート!!俺の完全勝利だ!!

焼きトウモロコシ美味しいですよね!

よろしければブクマ、評価などよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] ウチの下娘はどうしてまトウモロコシが言えず、いつもトウコロモシになってしまいます。 それがまた、可愛くて仕方がありません。 読んでいてふと、そんな事を考えていました。 ムートんとターニや…
[良い点] じゅるり [一言] トウモロコシはまだはやすぎるけど、シイタケはちょうど旬だなぁ、 じゅるり
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