87 ひとり娘
次の日の朝、俺とソプラとターニャさんの3人でセーユさんの蔵に行った。
場所的には村の外れの方ではあるが、宿からそう遠くもなかった。
「へえ〜立派な蔵だな」
『ふむ、種族や住む場所によって違いがあって、これはこれで見ていて面白いな』
「古そうな家だけど、とってもおっきいねぇ」
「あっ! 魚いるよ! 食用かなぁ?」
母屋と思われる家の隣に、壁を黒く塗られた蔵があり、近くには綺麗な沢が流れていた。
裏には山頂に残雪が残る高い山々が見え、遠くから見ると古き良き日本の古民家みたいな、俺にとっては少し懐かしい雰囲気を醸し出していた。
「ようこそおいでくださいました。どうぞこちらへ」
着くのを待ってくれていたのか、セーユさんが玄関先で出迎えてくれた。
「「「おじゃまします」」」
俺たちは早速、ショーユ蔵に案内された。
手を洗い、体についたほこりをかるく落として中に入ると、シンと静まり返る中、整理整頓がきちんとされた道具と、見上げるほどの大きな木桶が何個か並んでいた。
「アルトちゃん、ここすごい……なんだか教会みたいな雰囲気があるよぅ……」
「うん、すごいね……」
『ほう……』
「いい匂いがする」
どこかピンっと張り詰める空気と、静けさの中に迫力を感じる。何もない、誰もいないのに緊張感があるような感覚……。
そんな光景に、俺たちは思わず見入ってしまった。
ただ、蔵の中は身震いする程ひんやりとしていて、吐く息も白い。まるで冷蔵庫の中にいるようだった。
「セーユさん!? ここめちゃくちゃ寒いんだけど!?」
「ふふ、そうね。この蔵がある場所は、山の頂上にある雪で冷やされた空気が集まって降りてくる所に建っているの。
ショーユを仕込むには、この寒さが無いと美味しいショーユにならないのよ」
いつのまにかセーユさんは、モフモフのコートみたいなものを羽織っていた。
ずるいよ!! 寒いのわかってるんなら俺たちにも、それくれよ!?
急いで収納魔法から麻袋を出し、背丈くらいの高さの空桶にダイズを入れていく。
それでも他の蔵に配達したダイズより格段に少ないので、この桶いっぱいになる程の量もなかった。
「手持ちのダイズは、これくらいしかないけど……これでもショーユ作れる?」
「ええ、大丈夫よ。ダイズを譲ってもらうだけでありがたいわ。本当にありがとう」
セーユさんはそう言って、俺たちに深々とお辞儀をする。
「気にしないでください。美味しいショーユになるのなら、これくらい安いもんですよ」
「ふふ、娘より年下なのに随分としっかりしてるのね」
セーユさんはクスクスと笑ったあと、少し寂しそうな表情をみせた。なんだろう? 娘さんと何かあったのかな?
「アルトちゃん……」
「ん?」
ソプラが俺のそでを、くいくいっと引っ張ってきた。なんでしょうかマイハニー?
「さぶい……」
振り返ると、鼻水垂らしてプルプル震えているソプラがいた。
さっさと退散だ!!
俺たちは作業を終えると、急いで蔵の外に出た。
「はぁあ、お日様の光があったかいねー」
『うむ、日向ぼっこはいいものだ』
日差しを全身で受け止めて、暖をとるソプラと、それに便乗するムート。
手をめいいっぱい広げて、幸せそうな表情を見ると、俺が抱きしめて温めてあげたくなる。
でも俺はそれよりも、蔵の中の違和感に少し疑問を抱いていた……それに、娘さんの話の時のセーユさんの表情も気にかかった。
「セーユさん、失礼ですが本当にショーユ作りを行っているのですか?桶も大きく、道具も整理された状態でしたけど、長らく使用された形跡がないように見えたのですが……」
ターニャさんが、ちょうど疑問に思っていた事を聴いてくれた。意外と見てるじゃないか。いいぞ、よくやった。
「確かに大桶はしばらく使ってはいないですけど……ショーユ作りの規模を小さくして、今もちゃんと作っているわ。
大桶だと流石に1人ではできなくて……」
「え? お1人!? この大きな御屋敷と蔵を1人でですか?」
「いえ、娘がいるにはいるんですが……」
そういうとセーユさんは、目線をポツンと離れた小屋の方に向けた。
「娘は小さい頃から魔量も多く、魔術の才能もあり、ショーユ作りより魔術士になれると町のみんなから期待されて育ったの。
頑張って召喚魔獣試験も合格したんだけど、魔獣召喚の儀本番で失敗しちゃて……町のみんなの落胆も大きかったわ。
期待に応えられなかったからか、それ以降家から出ず、友達も作らず塞ぎがちな性格になってしまって……。
それでも、3人でなんとかショーユ作りを行っていたんです。家族でショーユを作っている時は、とても楽しかったわ。
でも、夫のシジャが亡くなってしまってからは、元々お父さんっ子だったのもあって、離れの小屋に引きこもってしまったの。
正直、ショーユ作りよりそっちの方が心配でもあるわね……」
セーユさんはふぅ……とため息をつき、悲しげに小屋を見つめていた。
「ねぇ、アルトちゃん……」
日向ぼっこを終えたソプラ達が、こちらに来たようだ。ムートも、いつもの定位置におさまった。
さっきのセーユさんの話が聞こえていたのだろうか、ソプラが心配そうに、目で小屋に行こうと合図を送ってくる。
ソプラも元々青目で酷い差別を受け、ひとりぼっちだった身だから、1人で塞ぎ込んでいるその子の事が、気になって仕方ないようだ。
ソプラが自分でこんな行動を起こすのは初めて見た。
なんて優しい子! こんな子に育ってくれてありがとう!! ソプラの成長を見れて、俺は感無量ですよ!
よし!! ここで動かなければ、男じゃない!
「じゃあ、その子に会いに行こう!」
「うんっ!!」
「「え?」」
俺の発言に、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を見せたセーユさんとターニャさんを置いて、俺とソプラは小屋に向かって走り出した。
「おはよう!! ございまーす!!」
バーン!!
小屋の扉を勢いよく開け、元気な挨拶をする!
すると小屋の中に敷いてある、盛り上がった布団がビクッ!! っと跳ね上がった!
「アッ、アルトちゃん!? いきなりすぎるよぅ!?」
ソプラが慌てて俺の腕を掴むが、もう遅い! こういうのは勢いが大事なんだ!
日が差し込む小屋の中は、お世辞にも綺麗とは言えない状態で、中は部屋一面にキノコがびっちり生えていた。
「だっ……誰!?」
そのキノコ小屋の布団から慌てたように顔だけ出して、こっちを見てくる女の子が1人。
ボサボサの薄いグリーンの髪の毛は伸び放題で、顔すら隠れて見えなかった。
そして、その子の頭からも、にょきにょきとキノコが生えていた。
「アルトちゃん!! 離れて!!」
後ろからついてきていたターニャさんがいきなり叫びながら、俺と扉の間に飛び込んできた!
「何!? どうしたのターニャさん!?」
「これは……まさか……!?」
ターニャさんのこの慌てようはなんだ!? いつぞやの、急に茂みの中から魔物が襲って来た時に庇ってくれた、あの機敏な動きにそっくりだ!
ターニャさんの体が小刻みに震え、飛び込むように中に入り、素早い動きで小屋の中を隅々まで調べていく!!
「え!? ……あっ、あのっ!?」
キノコ娘はそんなターニャさんの姿に怯えて、動けないでいる様子だった。
「マウタケ、エモキ、ブナセモジ、シンタケに……なっ!? マチタケまで!?」
ターニャさんは部屋を調べあげ、手に取ったキノコを見る。そのまま、目も口も開きっぱなしの驚愕の表情で固まってしまった……。
恐えーよ!! なんだその顔は!? そんなやばそうなキノコなのか!?
ぺちょっ……ぺちょっ……。
ん? なんだ? 水?
固まっているターニャさんの足元に、液体がしたたり落ちている……。
よく見るとターニャさんの目は、キラキラを通り越して、キラーンっと獲物を見つけた様な目をして、ゆっくりとキノコ娘を見た……。
はっ!! そう言えば!!
俺はここに来る前からの、ターニャさんの言動を思い出した。
(あっ! 魚いるよ! 食用かなぁ?)
(いい匂いがする)
そう、俺は忘れていたのだ……ターニャさんが、特に素早い行動を起こす時の原則を……その行動原理を……。
「セーユさん!! あの子を連れ出して!! 早く!!」
「え? ……は、はい!?」
しかし、一瞬早く動いたターニャさんが怯えるキノコ娘を抱え、覗き込んでいた俺たちに向かって叫んだ!
「この子食べていいですかぁ!!!!!?」
「「「いいわけあるかぁ!!」」」
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