86 破壊力
全ての配達が済み、夕暮れの道を歩きながら、その日泊まる宿に向かっていた。
シタージャさんから、うちに泊まっていかないか? とお誘いを受けたが、流石にそこまでお世話になる事は出来ないのでお断りした。
それよりも、最後に行った蔵の酷さたるや……シタージャさんもあんな奴に構わなくてもいいのに。
あぁ……なんか考えてたら余計にムカッ腹立ってきた。
「アルトちゃん、なんでそんなに怒ってるの?」
「え? あぁ、ごめん……さっきの蔵の態度というか、対応がちょっとね……」
さっきの蔵の様子が気になってしまい、眉間にしわ寄せて考え込んでしまっていた。ソプラは、それをちょっと怒っているようだと、感じてしまったようだ。
俺のこんな些細な事まで気にかけてくれるって……ソプラは本当にいい子すぎて、つい口元が緩んでしまう。
「うーん。アルトちゃんに言いにくいんだけど、運輸ギルド所属者の扱いは、ほぼあんなものだよ……」
「え? どういう事?俺が見てきた人みんないい人だったよ?」
ターニャさんが俺を見ながら、申し訳なさそうに話しかけてくる。
「運輸ギルド所属者は運搬のみが仕事だからね。魔物との戦いも無いし、襲われれば荷を投げ出して逃げる者がほとんどだ。
魔力があっても無くてもできる仕事内容も変わらないし、文字の読み書きができなくてもつける仕事、って扱いだからね。
アルトちゃんは文字の読み書きから算術までできるし、黙ってれば見た目は可愛い残念な女の子だし、バハムートで大量空輸できる規格外の存在だからね。
なんで運輸ギルドなんかにいるのかわからないくらい優秀なんだから、嫌な顔する人の方が少ないと思うよ」
「なるほど……俺以外には結構厳しいんだな……ん? 今サラッと嫌味言わなかった? ねぇ!?」
ターニャさんは言うこと言って、こちらに目を合わせない。この野郎、あとでこっそりスライム揉んだるからな……。
ターニャさんへの脳内セクハラ宣言を誓ったあと、正面から1人の女性が歩いてきた。
「あら、シタージャ様。こんばんは」
そのエルフの女性は頰がこけ、手は骨か浮き出るほど痩せ細り。身なりはつぎはぎの衣服で挨拶をしてきた。
言っちゃ悪いが、どう見ても貧乏そうな人だった。
「いやいやいや、これはセーユさん。もう夕暮れですよ? どうされたんですか?」
「ダイズが運ばれて来たと言うのを聞きまして、ショーユ作りのダイズを分けてもらいに、他の蔵を回っておりまして……」
よく見ると両手に小さな麻袋を持っていた。
「セーユさん……。お体に触りますから、無理してショーユ作りをしなくてもいいんですよ?」
シタージャさんは少し困ったように目線を下げて、諭すようにセーユさんに語りかけている。
「いえ……シジャの残したショーユ蔵を終わらせたくないんです……。だからなんとしても再興させたいんです」
「「ん?」」
俺とソプラは、セーユさんが言った名前を聞き、確認するように顔を見合わせる。
「んー、そう言われましても……その量のダイズでショーユ作っても殆ど利益にもなりませんよ?」
「いえ、利益など考えていません。作り続ける事こそが大事なのです。例えこの身が朽ちようともシジャの……このショーユだけは……」
今にも泣き崩れそうに肩を震わせ、ダイズの袋を抱きしめるセーユさんを見て、シタージャさんは困り顔で小さくため息をついた。
やっぱりそうだ……間違いない。
「ねぇアルトちゃん……この人って……」
「うん、多分そうかも」
互いに聞こえるくらいの声で確認を取り、意を決して話しかけてみた。
「ね、ねぇシタージャさん? この人もショーユ蔵の人なの?」
「ん? まぁ……そうですね。元ショーユ蔵と言えばいいでしょうか?」
シタージャさんは、なんとも言えない表情でこっちを見てくる。
「俺たちさっき話に出てきた、シジャさんて人に会いたいんだけど?」
「シジャは、私の夫になります。ただ、一昨年に魔物に襲われ亡くなってしまいましたが……」
「えっ!? そうなんですか!? それは……お悔やみ申し上げます……」
「お悔やみ申し上げます」
ソプラと一緒に手を組み、ターカ教の祈りをセーユさんに送る。京都の寺ばっかりな雰囲気の町なのに、ここもターカ教が一番根付いているそうだ。
「ありがとう。シタージャ様、この子達は?」
「いやいやいや、この子は運輸ギルドで働いているアルトちゃんと、お連れのソプラちゃん。それと護衛のターニャちゃんです。2人はシジャと知り合いなのかい?」
2人とも不思議そうに、俺たちの顔を覗き込んでくる。
「いえ、王都のサコさんの紹介でショーユを買いに行こうと思っていた蔵主の名前でしたので……」
「まぁ、サコの……遠くからありがとうね。でも、今はショーユを売れるほど作っていないのよ……ごめんなさい」
そう言ってセーユさんはまた、暗い顔で袋を抱きしめている。
ダイズの配達中に、サコさんに教えてもらった蔵でショーユを買おうと思ったけど、全然無いからおかしいと思ったんだよな。
そうか、蔵主が亡くなっていたのか……。
「シジャはこの町一番のショーユ作りの名人でした。彼の作るショーユは、塩味の中に爽やかな香りとコクを兼ね備えた、とても美味しい物でした。これ程のショーユを作れる蔵主は、過去にもいないんですよ」
そう言ってシタージャさんは目をつむり、祈りを捧げていた。
おぉう。サコさんの紹介する蔵主って、めちゃくちゃ凄かったんだな。
でも、それ聞いちゃうと余計にそのショーユを絶やしたらいけない気がするんだけど、なんでこんな落ちぶれちゃってんのさ。
……よし、今回ショーユは諦めるか。他の所で買うと高そうだしね。まぁ、そのかわり……。
「あの……少しならダイズのあまりがあるんで、お分けしますよ! ムート、ダイズ出して」
『うむ』
ムートの収納魔法からダイズの麻袋を目の前に出してもらった。
「えぇ!? 収納魔法!? しかもダイズをこんなに……!?」
セーユさんはびっくりしてダイズと俺たちを交互に見ている。
「いいの? アルトちゃん?」
ソプラが首をちょこんと傾げて俺を見てくる。
「うん、ダイズくらいまた買うから大丈夫さ。ムートもいいだろ?」
『我は豆より肉の方が良い。好きにするがいい』
「えへへ、アルトちゃんのそういう所大好き♪」
「グフゥ!!」
ソプラはにっこり笑って、破壊的な一言をぶち込んできた!
いかん!! 犯罪的だ……!! 可愛すぎる……!! 今すぐ押し倒して抱きしめたい衝動が脳天を撃ち抜く!!
耐えろ!! 我慢だ!! 頑張れ俺!!
両手で自分を抱きしめ、ソプラに手を出さぬよう悶絶すること数十秒。なんとか発作は治った。
「ありがとうございます! ありがとうございます!!」
セーユさんは涙ながらに、元に戻った俺の手を取りお礼を言ってくれた。これだけ感謝されるとこっちも嬉しい。
シタージャさんとターニャさんが苦笑していたのは気になったが……。
その後、この量のダイズを1人で運ぶのは大変だし日もくれるので、明日蔵に直接届ける事になり、シタージャさん達と別れ宿へ向かった。
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