85 ノーダのギルドマスター
ノーダの町に入るとそこは、修学旅行で行った昔の京都の町並みを思い出させる様な風景が広がっていた。
瓦屋根の長屋、碁盤の目のような区画、軒先きに並べられる木工品の数々。寺院みたいな建物は、各ギルド支部や大型店などらしい。
ただし、行き交う人々はエルフが殆どなんだけど、服装は王都でもよく見るような西洋ファンタジー溢れるような服装だし、冒険者や商人や召喚獣も普通に行き交っている。
なんだこれ!? 和洋折衷!? いや、和異世界折衷!? ダメだ頭が混乱する……。
違和感が半端ねぇ……。
「アルトちゃん何やってんの?ほら、運輸ギルド着いたよ」
「ふえ?」
道案内のターニャさんが親指でくいくいっと指す方を見ると、大きな間口の商店の入り口に鳩のマークの看板が吊るされた運輸ギルドが見えた。
建物は木造の二階建ての長屋のような感じで、荷車を引いた召喚獣や、荷物を背負って配達に出る者など結構賑わっていた。
中に入って受付に行くと、受付嬢さんはすぐにギルマスを呼びに奥に走って行ってしまった。
しばらく待つと……。
「いやいやいやいや! お待ちしてましたよ!」
軽快な口調の壮年のエルフが奥から小走りでやってきた。うーむ、流石エルフ……美形だ。
美形なんだけど……。
「なんで丸刈り頭で袈裟姿なの!? どこの御住職様ですか!?」
俺はツッコミを抑えきれずに、思いの丈を吐き出してしまった!
だってさおかしいだろ!! 異世界だよ!? ファンタジーの体現者的存在のエルフさんですよ!? なんで袈裟着てんのさ!?
頭もつんつるてんじゃ無いにしても、金髪坊主頭って!! ファンキーかよ!!
エルフならもっと、サラサラブロンドヘアーの甘いマスクなんかのやつを想像するでしょうが!!
「アルトちゃん何言ってるの!?これはノーダ伝統のギルマス専用の衣だよ! エルフ族は長寿だし、この袈裟を着る為に相当な苦労をされている方なんだから!!」
「えぇえ!?」
ターニャさんに軽く怒られた。この袈裟ってそんな伝統衣装だったのか……。
「いやいやいやいや。大丈夫ですよ。気にしてませんから。この服は独特ですからねぇ、初めて見たから驚かれたんでしょう」
俺の失礼な発言も気にせずニコニコと対応してくれる、ファンキー袈裟エルフさん。なんとも落ち着き払った雰囲気を醸し出している……長寿者の貫禄か。
「でもアルトちゃん、この綺麗な服が袈裟って名前だって事よく知ってたねぇ?」
そして、ソプラが不思議そうに顔を覗き込んでくる。上目遣いの大きな瞳とツンと尖らせた唇がとても可愛らしい。
そんなふとした行動は、俺のハートにドストレートに響くからもっとお願いします!
その後、互いに挨拶と自己紹介をした。
派手な袈裟姿の金髪丸坊主エルフこと、ノーダの運輸ギルドマスターの『シタージャさん』は見た目若いけど、こう見えて450才の大ベテランだそうだ。
これまで色んなギルドマスターを兼任してきていていて、最近はもう年だという事もあり運輸ギルドでゆったりと業務を行っているみたいだ。
こんな大ベテランなのに物腰低いところなんか、本当に徳の高いお坊さんを相手にしているようで、感覚がおかしくなってしまう。
その後俺たちは、そのままシタージャさんの案内で、歩きながらショーユ蔵に配達しに出発した。
なんでギルドマスター自ら案内を!? っと思ったが。なんでも、先にデリバーさんより俺とムートに関する報告が来ていて、その内容から俺たちに興味を持ったそうだ。
シタージャさんは、歩きながらノーダを案内してくれた。その説明はわかりやすく丁寧で、時折冗談も交えつつ飽きのこない語り口だった。
それは、京都の観光案内を聞いているようで、少し懐かしい感じも覚えた。その道中でシタージャさんの人柄がわかってきた。
シタージャさんが道を歩くだけで、色んな所から声をかけられ、差し入れを渡されていく。
すぐに両手いっぱいの荷物になってしまい、重そうにしていたので、ムートの収納魔法に入れてあげた。
そして、配達先のどの蔵に行っても、笑顔で出迎えられ、ノーダになくてはならない人なんだと雰囲気が出ていた。
「シタージャさんは、信頼されているんですね」
俺は次の配達先に歩いて向かいながら、シタージャさんに話しかけた。
「いやいやいや、私はただの年寄りです。今まで色んな仕事をしてきたので、ちょっとだけ顔が広いというだけですよ。
それにもう隠居寸前の身なのですが、長命種の特有の、のんびりした生活もあり、若い世代が中々育ってくれません。だから、こうして私のような老いぼれが、長々と居座っているんですよ。
今から行く所は若いながら成長に意欲的なショーユ蔵の所なので期待しているんですよ」
「そうなんですね、それは楽しみです! でも、皆さんはシタージャさんの功績より、人柄に信頼を置かれてるように見えますね。年月だけではこの信頼関係は築けませんよ」
「いやいやいや、ありがとうございます。アルトさんは、お若いのにとても聡明でいらっしゃる」
シタージャさんはニコニコと歩きながら、お礼を言ってくる。400歳以上離れたこんな子供にも、ちゃんとお礼を言ってくれる。長年の功績もそうだけど、その前に人格者なんだろう……。
そんなことを考えながら、ふと横を見るとターニャさんが不思議そうに、こちらを見ていた。
「ん? どしたのターニャさん?」
「アルトちゃんが敬語使ってる……」
「使って悪いかよ!!!?」
* *
しばらく歩いて町の外れの方まで来た。
整備された竹林の中の通路は、サーっと葉が重なる音と共に、木漏れ日がキラキラと辺りを照らし、風が心地よく肌を撫で爽やかで気持ちがいい。
その風に乗って、ほのかな香りが鼻をかすめていく……。
「さて、着きましたよ。ここで最後です」
「おお! 今までで一番大きい蔵だね」
『ふむ、今までで一番匂うな』
「大きい建物だねぇ! あと独特の匂いがするけど、わたしこの匂い好きだなぁ」
「お腹すいた……」
竹林を抜けた先には、東大寺のようなとても大きな建物がそびえ立っていた。
漆喰のような白い塀の真ん中にどでかい門が大きく開いていて、そこに人がズラリと列をなして立っていた。
そこから1人の人物が、ゆっくり歩いてきた。
「やぁやぁ! ようこそお越しくださいましたシタージャ様!!」
でっぷりとした体型に煌びやかでド派手な服を着たその人は、大きな声で出迎えてきた。
「これはこれは、ショージョーさんお元気そうで。ご注文のダイズのお届けに参りました」
シタージャさんはそう言って、深々とお辞儀をする。
「あれ? ここの人は人間なんだ」
随分体型も顔も酷いエルフだなと思ったら、耳も尖ってないし、こいつ人間だ。
「あん? なんだ、お前達は?輸送の荷車もないが? さっさとダイズ持ってこい」
するとそいつはシタージャさんとは態度がガラリと変わり、俺たちをゴミグズを見るように見下してきた。
「いやいやいや、この子達はですね……」
シタージャさんが、かばうように片手を俺たちの前に出し、デブとの間に入ってくれたが……。
「はいはい! わかってますって! ささっ! どうぞこちらへ!!」
「いやいやいや!? ちょっとぉ!?」
デブはそう言うとすかさずシタージャさんの腕を取り、無理矢理に連れて行かれてしまった。
取り残された俺たちがボー然としていたら、1人のエルフが申し訳なさそうに中に案内してくれた。
よく見たら、中で並んでいた人達は全員エルフだった。どことなくみんな疲れて顔をしていて、覇気がないような感じが漂っている。
なんであんなデブに従っているのだろう……格好も派手だったし、貴族か何かなのだろうか?
……なんかここは好きになれない部類というか……というか嫌いだな。
そんな事考えながら案内されていると、ムートが首を下ろして話しかけてきた。
『なあ、さっきのアレ焼いてよいか?』
「……おう、だけどこっそりとやれよ……」
「ムートちゃんもアルトちゃんもダメだからねぇ!?」
とりあえず、案内された場所にダイズを置き、入り口近くの待機場で時間を潰してシタージャさんの帰りを待った。
その後、疲れて帰ってきたシタージャさんと合流し、なんとも言えない気持ちでその蔵を後にした。
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