83 新たな依頼
フーギンから帰って2週間がたった。
俺はデリバーさんからCランクの運輸ギルドカードを貰い、町間の配達が可能になった。
こんな一気に昇格して大丈夫なのかと聞いたが、これ程の運搬能力を埋もれさせる事は出来ないとの計らいだった。
それから俺はちょくちょく王都に行き、ターニャさんに護衛と道案内をしてもらいながら近隣の町へ荷物を配達して回っていた。
俺が配達に行くと、最初は驚いていたが、俺の巧みな営業スマイルと仕事の速さをアピールして直ぐに受け入れてくれた。
バハムートの配達は今までとは比べ物にならない程、早くて安全で大量輸送ができるとして、耳の早い商人達などはこぞって俺を商人ギルドへ引き込もうと勧誘をかけてきた。
しかし、俺を腫れ物扱いして運輸ギルドへ追いやった他のギルドマスターの話や、国王陛下から承った白金貨10,000枚の話をすると大体は引き下がっていった。
正直あそこまで毛嫌いされて、使えると分かったら手のひらクルーってされると信用もなにもあったもんじゃねぇ。
それでもめげずに交渉してくる大店やギルマスはいたけど、デリバーさんが全部突っぱねてくれた。
今まで虐げられて来た屈辱を全てひっくり返す核爆弾を渡してなるものか、と俺以上に奮闘してくれたみたいだ。
デリバーさん……あんたも最初めっちゃ嫌がってましたやん……。
まぁ、俺『宅配便』やるよ! って言った手前、ほいほいと転職しちゃったら後味悪いしね。
でも、稼げる事に越したことはないので、きっちり今の仕事で実績残してから稼ぎのいいとこに転職するのも、いいかもしれない。
そんな感じで、今日の配達を終えて王都の運輸ギルドに戻って来た。
「ただいまー!」
「戻りましたー!」
『早く肉をよこせ』
「おかえりなさい、アルトちゃん♪今日もお疲れ様」
ギルドの受付で今回の輸送の報告をすると、綺麗めの受付嬢さんがにこやかに出迎えてくれる。
「そういえばアルトちゃんのおかげで、お仕事が凄く来るようになったのよ。
アルトちゃん指名のお客さんも多いんだけど運賃も他の人の5倍にしてるのに後をたたないのよ♪」
受付嬢さんがホクホク顔で俺に配達報酬の袋とムートの骨つき肉を、カウンターから身を乗り出して手渡しして来てくれる。
ちなみにこの時、受付嬢さんが前のめりになる事による目の行き場が一点に固定されてしまうのは、不可抗力だと思っている。
「たしかにバハムードの運搬能力は凄いよね。片道1週間の距離も3時間もあれば着いちゃうし、それ以上に重量無制限ってのが規格外だよね。
そして、ワタシの仕事はほぼ道案内だけだし、楽して儲けさせてもらえてるし、言うことなしだよね♪」
ターニャさんも護衛の報酬を受け取ってニコニコ顔だ。
「でも、ターニャさんも冒険者として普通に強いよね。強そうな魔物にも全く怯まないし、1人で5〜6匹くらいなら簡単に倒しちゃうんだもん」
実際ターニャさんは強い。ワイバーンの時に見た身のこなしもそうだけど、町間の移動の時に上から見つけた魔物を飛び降りて単独で討伐している。
普通1人では苦戦する大型のイノシシのレッドボアや、体長5mを超えるイエロースネックなども、サクッと倒してしまう。
倒した魔物の肉は運搬する代わりに俺にも分けて貰えるから、ムートの食費の節約にもなって助かっている。
「まぁワタシは戦闘だけで言えば、Aランクくらいはあるからね! ふふーん、尊敬してもいいよ♪」
ターニャさんが得意げに胸を張り、ドヤってみせる。
いや、ちょっとまて。Aランクの強さ? ターニャさんそんな強いの?
「でも、なんでそんなに実力あるのにCランク止まりなの?」
当然の疑問だ。あんなに強くてCランクってのはどう考えてもおかしい。だが、その答えは隣からやってきた。
「ターニャさんは討伐依頼が出ている魔物でも、食べられる魔物しか討伐しないし、その場で殆ど食べちゃうので報酬もランクも上がらないんですよ」
受付嬢さんが困った顔で、ターニャさんの事情をサラッと教えてくれた。
「ワッ、ワタシは食神ターカ様の教えに忠実なだけだよ! ほら! あれだよ! 倒したら残さず食べる!! 生きとし生けるものに感謝を捧げます!」
そういって祈る仕草をするが、なるほど……そりゃランクも上がらない訳だわ。食肉討伐依頼なのに自分で食べちゃダメでしょうが……。
「でもさ……俺一応、ベルンのターカ教のシスター見習いなんだよね。ターニャさんの考えって聞こえはいいけど、教えを盾にして食欲に忠実なだけだよね!?
あれ? そういえば一緒に結構な数の魔物狩って、ギルド前で多目に肉渡したよね!? ギルドに討伐証拠を提出しなきゃ、とか言ってだけど……まさかあれ……!?」
それを聞いたターニャさんは祈る仕草のまま、ゆっくりとこちらに背を向ける。
おい、そこの食欲の化身よ、どこを見ている。こっち向いて目を合わせなさい。
そんなやり取り中に後ろから声がかかる。
「やぁ、アルトちゃんお帰り。今日も早かったね」
デリバーさんはニッコリと笑みを向けて挨拶してきた。
「ただいま! ほらっ! デリバーさんのおかげで大分稼げるようになってきたよ! ありがとうございます!」
俺は、さっき貰った報酬の袋を振り笑顔を見せる。
「それは良かった♪ アルトちゃんに寄ってくる悪い虫は徹底的に排除するからドンドン頼むよ!
ただ、アルトちゃんとバハムートは良くも悪くも目立つ……いらぬ心配かもしれないけど、物理的にちょっかいかけてくる奴らはターニャさん頼みますよ」
「任せといて! 冒険者ギルドでも護衛を代われとか言ってくる連中もいるけど、こんな美味しい依頼は誰にも渡さないよ!」
「ターニャさんのは美味しいの意味が違うように聞こえるんだけど……」
ターニャさんとデリバーさんは互いにニヤリと笑みを交わす。
「そうだ、アルトちゃん。明日から2〜3日、時間とれるかな?」
「ん? 大丈夫だとは思うけど?」
なんだろう改まって?
「アルトちゃんは料理もするって聞いてるから知ってるとは思うけど、ショーユの原料を届けて欲しい所があるんだ。
貴族御用達の調味料だけど、近年は作物の収穫が減少気味でね……ショーユ作りに必要な材料が足りないから他の地域から集めろ、と食品ギルドから通達が来たんだ。
近隣の町で原料を受け取ってからの配達だから、君達でも1日では終わりそうにないんだよ。まぁ、普通は片道1ヶ月はかかる運搬依頼なんだけどね……」
「デリバーさん……ショーユ作りのって……もしかして!?」
「そう、アルトちゃんが前々から行きたがっていた、エルフの里『ノーダ』さ」
「やったー!! 行く行く!! 絶対行く!!」
ついにきた! エルフの里!! ファンタジーの王道です!! それにショーユ作ってるみたいだし、本当に行ってみたいと思ってたんだ!!
『ぬ?何をはしゃいでいるのだ?』
頭の上で報酬の骨つき肉に噛り付いていたムートが、俺のはしゃぎ様に首を下げてきた。
「ショーユを作ってるエルフの里に行くんだ! もし安く手に入れば調理のバリエーションも増えるし、売れば大金が手に入るぞ!」
『なに!? 美味い肉が食えるのか!? 今すぐ行くぞアルト!!』
「デリバーさんが明日って言っただろ! それに料理=肉じゃないからな!?」
俺とムートが盛り上がる中、隣では浮かない顔をしている人がいた。
「ノーダかぁ……あそこに行ってもなぁ……」
「ん? どしたんターニャさん?」
今まで行く先を知っても特に落胆する事の無かったターニャさん……フーギンみたいな因縁やら、嫌な思い出とかがあるのだろうか……?
「あそこお肉食べれないんだもん……」
「胃袋で仕事の優劣つけるんじゃない!!」
* *
「……という事でノーダに行く事になったんだ! 行ってもいいよね?」
「まぁ、いいんじゃない? 普通2〜3日で行ける距離じゃないんだけどね……。ターニャも護衛についてるし、アルトも行きたがってた所でしょ?」
「やったー!!」
その日の夜、夕飯を綴りながら遠出になることをミーシャへ告げ、許可をもらった。
仕事とは言え、泊りがけの依頼なのでまだ未成年の俺は、保護者の確認は必要なのだ。
「いいなぁ、アルトちゃん……」
はしゃぐ俺をよそに、スープをすくうスプーンが止まり、ソプラの表情が曇る……。
「ふふっ……ソプラも行っておいで」
「え? ……いいの? ミーシャ!?」
突然の発言に目を丸くするソプラ。
「ええ、ここのとこずっと入学前の勉強ばっかりだったからね……。たまには息抜きがてら行っておいで」
ソプラは王都に5つある学校の1つである『王都中央魔法学院』に、チューバ爺さんの推薦で特待生として治癒魔法を学ぶ為に入学予定なのである。
そこで、より高度な治療魔法を習い、医療系のA級魔術師を目指す事になった。クーちゃんの卵も、特級ポーションの材料としての価値が高く、研究の為に提供する代わりに学費も免除され、かなり優遇されるみたいだ。
但し、普通は貴族や豪商の子供くらいしか入学しないし、文字の読み書きができるのは最低条件だ。
だから、読み書きがまだ苦手なソプラは頑張って勉強中なのだ。
でも、ずっと勉強ばっかりでは気が萎えてしまう。たまには気晴らしに外の空気を吸うのは良い事だ!
「やった!! ソプラ行こう!! 何かあったら俺が絶対守るから!!」
『ふん、我に危険などない。それに主は乗ってるだけだろうて……』
「黙ってろムート!!」
「ふふふ♪ よろしくね! アルトちゃん、ムートちゃん♪」
こうして明日はソプラも一緒にエルフの里ノーダへ行く事になった。
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