82 支払いの結果
高額な食事代を請求された後、すぐにモンクットさんを叩き起こし、請求書を叩きつけた。
「すまない! まさか、あそこまで食べるとは思ってなかった……」
「知るか!! 勝ち誇ったような顔で大丈夫だよって言ったじゃないか!! そのむさ苦しい髭、引き千切ってやろうか!? おぉん!!?」
四つん這いになっているモンクットさんの胸ぐらを掴み、食事を終えたムートにしっぽで軽ーく頬をピタピタと叩かせる。
モンクットさんはムートがワイバーンを倒した所を直に見ているので、アレを自分にやられるのではないかと、涙目でガタガタ震えていた。
しかし、ターニャさんの食事代でも予算オーバーだと言う事で、俺の食事代はともかく、ムートが食った分はどうしようもないとの事で頭が割れんばかりに、何回も土下座をして謝ってきた。
土下座で謝って許されるなら警察はいらねぇんだよ! ……あ、警察いなかったわ。
だがまぁ、モンクットさんを攻め立ててもお金が無いのはどうしようも無い。ムートがアホ程食っちまったのは事実だし……マジでどうしよう……。
空魔石の運賃で支払っても残り金貨50枚……半年待ってもらって再度運賃で支払うか……。
いや、ダメだ。今回の依頼は緊急の物だったし、普段からちょくちょく運んでいれば欠品する事もないか……。くそっ!! せっかくの収入が一気に飛んでいってしまう。
『何を難しい顔しとるのだ? まだ食い足りなかったのか?』
「全部てめぇのせいなんだよ!! クソムート!!」
そんなやり取りを見ていたターニャさんが。
「さっき食べたワイバーンって上で倒したやつなんでしょ? 多分、討伐依頼もでてただろうし、冒険者ギルドで討伐した証言してあげるから、残りの素材を冒険者ギルドで売っちゃえばいいんじゃない?」
「それだぁーー!!!!」
モンクットさんがガバッと起き上がり叫んだ!
「あのワイバーンを倒したのはアルトちゃんの召喚獣だ! 討伐報酬と素材売却したら、食事代払ってもお釣りがくるはずだ!」
「マジで!?」
だけど、元々ワイバーンを倒したのはムートだ! 肉であれだけの金額なら他の素材も高額が望めるはず!
よし! とにかく冒険者ギルドへ行ってみよう! 俺たちは、急いで冒険者ギルドに向かった。
* *
「ごめんなさい、あなたでは報酬受取や買取売却はできないのよ」
冒険者ギルドに着くなり、受付嬢さんにばっさり断られた。
「なんでダメなの!? ワイバーンを倒したのは本当にコイツなんだよ!」
俺は頭の上でだらしなく寝転ぶムートを指差して、なんとか食い下がる!
おい! 起きろや! 受付嬢さんめっちゃ疑いの眼差し見てんぞ!? 龍神の威厳はどうした!?
「そうだ! 見た目は小さいが、ワイバーンを倒す所をこの目で確かに見たんだ! 頼む! このままではワシの首が飛ぶんだ!! 物理的に!!」
「ワタシも証人です。最初に戦っていたのはワタシですが、倒しきれませんでした。ワイバーンを倒したのはこっちの小さいドラゴンで間違いありません」
必死の形相のモンクットさんと、淡々と説明するターニャさんも追随して受付嬢さんに食い下がる。
「うーん……証言はいいのですが。まず、あなたは運輸ギルドに所属しているんでしょ? 冒険者ギルドの所属登録もないし、未成年だから高額な報酬受取ができないの……ごめんなさい」
「そんな……」
その後、どんなに頑張っても、受付嬢さんは困ったように同じ返答を返すだけだった……。
せっかく仕事して大金が手に入ったのに、倍の借金して帰るとか一体何のために来たんだ……。くそっ……どーすりゃいいんだ。
そう諦めかけていた所に、ふと誰かが横から割って入ってきた。
「いいじゃないか、支払ってやりな」
「誰!?」
「「ギルマス!?」」
「アーティット!?」
俺たちの横から話を割ってきたのは、フーギンの冒険者ギルドのギルドマスターであろう、眼帯付けたドワーフのアーティットさんだった。
「討伐したってのは間違いねぇみたいだな。
天畜場の厄介ワイバーンが落ちてきたって言うから現場に行って確認したが、鼻先や胴体に多数の切り傷や火傷の跡があったがどれも致命傷じゃねぇ……。
しかし、顔を見ると何かで強く殴られた跡があった。あれは落ちてきたくらいでああなるもんじゃねぇし、間違いなく他の奴に殴られた跡だった……」
アーティットさんは手を腰に当てながら、俺の後ろに立っていたターニャさんを見上げた。
「しかし、なるほど……。ターニャ……お前が来ていたのか。ワイバーンを解体していたら『後で支払いするから、とにかく食える肉をありったけ寄越せ』と商人ギルドから緊急要請がかかったり、なんの騒ぎかと思ったよ」
カッカッカッ! と変な笑い声を上げ、話を続ける。
「先に戦ってたのはターニャなんだろ? 何でその嬢ちゃんの手柄にしたいのかわからんが、共同討伐って事でターニャに支払ってやりな。
実は、解体中にワイバーンを討伐したって奴がチラホラいてな、嘘くせぇし倒し方を聞いたら、すごすごと帰って行く奴や、ホラ吹く奴らばかりだった……。
まぁそいつらも、ターニャが討伐したってんなら他の奴も納得するだろう。
後の配分はお前たちで好きにしたらいいさ?」
そうして、カウンターの受付嬢さんに目配せを送るアーティットさん。ワイルドでかっちょいいドワーフだな。後ろの運輸ギルドのドワーフとはえらい違いだ。
「ギルマスがそうおっしゃるなら」
受付嬢さんもギルマスの一声に笑みをこぼし、カウンターの奥に報酬を取りに行った。
「あの……アーティットさんありがとう!!」
感謝! 圧倒的感謝!! 今なら土下座でもなんでもしますぜ!! 本当に鶴の一声で助かった。
「なぁに、あのワイバーンにはこちらも手を焼いていたんだ、討伐してくれて礼を言うのはこっちの方だよ。
それに、素材や肉もいい額にもなりそうだから、贅沢しなきゃ20年は暮らせるんじゃないか?よかったな嬢ちゃん」
アーティットさんはそう言うと手をヒラヒラさせながら、受付カウンターの中に入って行った。
「ターニャさんも、モンクットさんもありがとう助かったよ!」
「まぁ人の手柄を横取りなんてできないしね。それに、お腹いっぱい美味しい肉食べれたから、得したのはワタシの方だよ♪」
「ふぅ……なんとか首の皮一枚繋がったわ……」
それぞれ安堵して、一息着いていたら。
「そうだ嬢ちゃん、ちょっとこっちきな」
アーティットさんがカウンターから身を乗り出して手招きしている。もうワイバーンの換金が終わったのかな?
「ワイバーンを倒したあんた達に客がきてんだった」
「え?」
アーティットさんが親指で指す方を見ると、ちょっと若い細身のドワーフの兄ちゃんが立っていた。
「どうも、建築ギルドより参りました。貴女がワイバーンを討伐されたのですか?」
その兄ちゃんは、とても丁寧な挨拶と笑顔で質問してきた。なんか前世の営業のサラリーマンを思い出させるなぁ……。
「はぁ……俺って言うよりこの召喚獣のムートがですが……」
返事を返すと兄ちゃんはニコッと笑う。
「そうですか、ではワイバーンの報酬の受取前に見てもらいたいものがあるのですが、少々お時間いただけますか?」
報酬金の計算にもう少し時間がかかるとの事だったので、とりあえずOKの返事をして、言われるがまま外に連れて来られた。
少し歩くと、通路の真ん中に並んでいた何件かの店舗がグシャリと潰れていて。見上げるといくつかの橋が壊れ、赤い煙突も何本か折れている所に連れてこられた。
「あの……これって……」
なんか嫌な予感がするんですけど。
「はい、討伐されたワイバーンが落ちてきた場所になります。全壊した店舗6店、半壊3店、壊れた橋12基、煙突36本……幸いケガをした者は出ておりません。……そして、諸々合わせた物がこちらになります」
「えっ……」
建築ギルドのドワーフからメモを貰った。見たくありません。ええ……見たくありませんとも。
一緒に付いてきてくれたターニャさんとモンクットさんを見ると、全力でそっぽを向き全く目を合わせない。
おい、どうした? 2人ともさっきめちゃくちゃ庇ってくれたじゃないか? ターニャさん一緒にワイバーン討伐した仲だよね!? なぁ、こっち向けよ!!
しかし、俺はメモを見ました。なぜかと言うと建築ギルドのドワーフの笑顔から、とてつもない圧を感じたからです。
そのメモを見た後の記憶は、ほぼ覚えておりません。なにか凄い金額が書かれていたようですが、色々察して下さい。
そして、ふらつく足で冒険者ギルドに戻り。ワイバーンが落ちてきた事により壊れた橋や店舗などの修理費用と食事代、配達報酬、ワイバーンの討伐報酬、及び素材の買取金額を合算した結果……。
残ったのは……わずか銅貨3枚だった……。
全てが終わった後、俺はモンクットさんに八つ当たりの平手打ち。暴れるターニャさんを袋詰めにして、急加速、急上昇による悲鳴を聴きながら、夕日に染まる空を見て泣きながら帰ったのだった。
「ちくしょう!! 結局無駄骨かよぉおおおお!!!!」




