81 一緒に食べよ
ムートに乗り、熱気渦巻く群衆の上から覗きこむと、店先に用意された大きなテーブルに向き合って座るターニャさんと大柄なドワーフ2人組が見えた。
テーブルには、これでもかと言わんばかりの料理と樽酒が並べられ、それを3人で凄い勢いで食らっていた。
ターニャさんは片手に肉、もう片手に樽のジョッキを持ち、ニコニコしながら食べていて。もう一方のドワーフ2人組は、片方が肉を、もう片方は酒を親の仇かと言うほどの凄い表情で食べていた。
怖いわ……なんなんだこの状況……あと、あの量は3人で食う量じゃねぇぞ……。
呆れた表情で、その異常な食事風景を見下ろしていると……。
「っ!? アルドひゃん! こっふぃ! こっふぃ! いっふょにふぁべよー!! おいふぃーよー!!」
気付きやがった!! 注目を集めていたターニャさんが手招きするので、群衆の目線が一気にこちらへ向く!!
「おい! なんだアレは!?」
「女の子が乗ってるぞ!?」
「ありゃどうやって飛んでんだ!?」
いやいや、行きたくねぇから! そんな異様な所で食事なんかしたくねぇから!
ターニャさんが手招きしているが、ここは固く御断りさせて頂こう……と思っていたら、何故かゆっくりと高度が下がっていく……。
「おい!? ムート!?」
『もう我慢ならぬ! 我もあの肉を食べるぞ!』
「うお!? ちょっ!? 止めろー!!」
ムートが急降下し、テーブルの上に置いてある一番大きな肉に突っ込み、荒々しく肉を嚙みちぎる!
俺は突っ込む直前に、ムートの上からターニャさんの後ろに飛んで、テーブルダイブを回避した。
「うぉー!! あのちっこい召喚獣が参戦してきたぞ!!」
「がははははは!! あんな小さい召喚獣の胃袋なんざ加勢にもならんわ!!」
「いいぞー!! 女の子も食えー!!」
思わぬ参戦に湧き上がる観客!! 煽るんじゃねぇ!! それどころじゃねぇよ!!
「コラッ!! ムート!! 勝手に食うな!! これはターニャさん達の食いもんだ!!」
ムートの尻尾を掴み、肉から引き剥がそうとするがピクリとも動かない!! このクソムート!! その高そうな肉から離れやがれ!!
「それくらい大丈夫だよ。アルトちゃんも食べて行くかい?」
「はぁ!? モンクットさん!?」
振り返るとモンクットさんが椅子に腰掛けて観戦していた。なんでそんな特等席みたいな所で見てんのさ……ターニャさんの食事が見世物扱いになってんだけど?
「いやいや、食事するだけなのにこれ、なんの騒ぎ?」
「なぁに……ターニャに食事を挑んでいるのさ……」
「はぁ!?」
モンクットさんは拳を握り、熱く語り出す……。
「肉体労働が多い我々ドワーフに置いて、食事は生きる活力だ。その昔、食神ターカ様より『よく食べ、よく飲み、よく働け』との啓示を直々にお受けした種族……それが我々ドワーフだ!!
いいかアルトちゃん!? 暴飲暴食があっての肉体労働は我々の象徴であり魂であり……誇りなのだ! ……だがらこそ、だからこそ!! この食事はドワーフとして負けられんのだぁ!!」
「あの……モンクットさん!?」
ガバッと立ち上がって、更にヒートアップしていくモンクットさん。
「数年前ふらりとこの町に立ち寄ったターニャは次々と酒豪、食豪と呼ばれた者達を破っていった……奴は我々が束になっても何事も無く返り討ちにしていった……。
それまで築き上げてきた我々ドワーフとしてのプライドは、ターニャが滞在した、たった1週間で呆気なく崩れ去ってしまった……。
それから我々は変わった……誇りを取り戻すべく、誰に促される事もなく、負けたドワーフ達が自ら苦しい食事と労働を繰り返し、常に己を磨き上げるようになった……。
その間、再戦を果たすべく、何度も冒険者ギルドへターニャを寄越せと促したが全て断られた……。
しかし、我々は苦い思いを引きづりながらの生活を送りつつ、日々研鑽を重ねたのだ……。
そして、今日!! ターニャはまたフーギンへ乗り込んできた! アルトちゃんが連れてきてくれた!! 今こそ雪辱を晴らす時!!
ここで絶対に帰すわけにはいかん!! これはドワーフの意地と誇りを食神ターカ様に捧げる、リベンジマッチなのだ!!
人間の女1人に負けたままで暴飲暴食を掲げるドワーフでいられるかぁ!! 行けー!! お前らぁ!!!! ターニャを潰せぇぇぇ!!!!」
「「「「「うぉおおおおおおお!!!!!!」」」」」
周りにいたドワーフ達も、モンクットさんの食事に対する熱弁で更に盛り上がっていく!!
あ、だめだこれ……完全にスイッチ入ってるわ……。もうね、目が完全に血走って手に負えない。
かっこよく言ってるけど普通に暴飲暴食ダメだからね!? 健康第一ですよ? それに、ドワーフの女性を見たらターニャさん応援してる方が多いよ?
暴飲暴食したいが為の、男どもの言い訳なんじゃないのか!? 勢いに任せて騒ぎたいだけなんじゃないのか!? 食神ターカ様の教え、蔑ろにしてない?ねぇ!?
そんな疑問を抱きつつ、ジト目でモンクットさんを見ていたら。
『アルト!! このワイバーンの肉がめちゃくちゃ美味いぞ!? 我が今まで食べていた奴らは筋ばかりで不味かったのに……。なぁ! また獲るから作ってくれ!!』
振り返ると、ムートが口いっぱいに肉を頬張り、嬉々として作れと催促してくる。その高そうな肉ってワイバーンの肉だったのね……もしかして、さっき戦った奴かな?
「ったく、ワイバーンがそんな簡単に獲れてたまるか! 硬く筋張った肉の処理なら、いくつかわかるから他の肉でもいいだろ? てか、食うのをや……」
『うむ! 美味ければなんでもいいぞ! 不味いと思っていたワイバーンがこんなに美味いとは……やはり異世界に来て正解だったな!!』
そう言ってまた肉を喰らい始めた。
こいつ……食いたいが為にわざと話切りやがったな……。はぁ……ターニャさんに劣らない食いしん坊がここにもいたよ……。
「……ングッゴクン……ふぅ♪アルトちゃんも一緒に食べようよ! 食事はみんなで食べる方が美味しいよね♪」
「そう思ってるのはターニャさんだけっぽいけど……今の状況わかってるの?」
こんな状況でも美味そうに食事してる、ターニャさんの気が知れないよ。
「んふぅ〜♪ここに来るとみんなワタシと食事したい! って言ってくるんだよ。いや〜ドワーフにはモテモテなんだよねぇ♪」
にへらと笑い頭をかくターニャさん……。
「いや……ちが……」
完全に勘違いだと言いかけたけど、この殺気立つ雰囲気の中で言うのは自殺行為かと思い、言葉を飲み込んだ。
「ねぇ、この子も一緒に食べていい?」
そんな事はつゆ知らず、目の前の挑戦者のドワーフに話しかけるターニャさん。
やめて……空気読んで、俺を巻き込まないで下さい。
「ふん! そんなガキと豆みたいな召喚獣増えた所で俺たちが負けるかよ!!」
「おう!! とっとと食いやがれ」
断れや!! こんな殺気立った場所で食事したくねぇよ!!
「いいだって♪ほら! このお肉美味しいんだよー♪」
「むぐぅ!?」
ターニャさんが骨つき肉を口の中に突っ込んできた!
噛むとジュワッと出てくる、甘みのある肉汁。外はパリッと中は噛みごたえがあるが、ホロリと口の中でほぐれる食感。ピリッとパンチの効いた香辛料とガーリの食欲を刺激する香り……。
こんなの……こんなのって……美味いに決まってるだろうがー!!!!!!
「……っく。もう!! 知らねーからな!?」
飯食って帰るだけだったのに……なんでこんな事に巻き込まれなきゃならんのか……。
俺は諦めてテーブルにつき、異様な殺気の中でフォークを握った。
1時間後……。
「嘘だろ……」
「ターニャもそうだが……なんだあの召喚獣……」
「ワイバーン1匹食い尽くしやがった……」
「あいつら化け物かよ……」
俺の目の前には、1時間前と変わらずニコニコと食い続けるターニャさんとムート。
向かい側には酔い潰れ、地べたに大の字で転がるドワーフと、背中をピクピク震わせテーブルに突っ伏しているドワーフがいる……。
1時間前の辺りの活気も、沈静化を通り越して、ドン引きである。
威勢が良かったモンクットさんも椅子に座って真っ白になってるし……これ、ドワーフの威厳もあれだけど、お代大丈夫なんだろうか?
ターニャさんの食いっぷりは言わずもがなで、実はムートもめちゃくちゃ食った。
そりゃ元の体は体長300mだけどさ……今お前は見た目50cmくらいで、その5倍以上の肉を食ったように見えるんだから加減してほしい。
俺は普通の年頃の女の子くらい食べたよ。でもワイバーンは本当に美味しかった……解体できるなら、ムートに狩ってきてもらうのはアリかなと思った。
「ングッ……ングッ……プハー!! あー美味しい♪食べ放題最高!! あっ、これおかわり!! 3人前ね♪」
『我もおかわりだ!!』
ターニャさんは皿を突き出し、ムートは皿を咥えておかわりを催促する。もうやめろ、お前らまだ食う気か!?
「すいません……もう食材がありません……」
コック姿の店長ドワーフがコック帽を脱ぎ深々とお辞儀をするが、ターニャさんとムートはブーブー言いながらテーブルの上に残った料理を食べていく。
しかし、本当に食材全て食い尽くしやがったのか……ターニャさんおそるべし……。いや、ムートもか……。
「なぁ……この小さいドラゴンの召喚獣は、嬢ちゃんので間違いないよな……?」
「ん?」
2人の食べっぷりに呆れていたら、店長がどこか申し訳無さそうに、こっちに歩み寄り尋ねてきた。
「うん、そうだよ」
「そうか……その……言いづらいんだが……ターニャの食事代はモンクットからの報酬としてギルドより支払われるんだ……。
だが、そこの召喚獣が食べたワイバーンの焼肉は……その、別会計なんだ……。すまん……あの雰囲気の中、止める事ができなくて……。まさか、あの小さいドラゴンがここまで食うとは思ってなくてな……」
「え……」
店長はそういうと、二つ折りされた1枚の紙切れを俺に手渡してきた……。
え?俺たちの分もギルドが払ってくれるんじゃないの!? 確かにここでの食い放題はギルドからターニャさんへの報酬だったけどさ!!
モンクットさん大丈夫って言ったじゃない!? 今更、俺たちの食事代はダメだって言うのか!?
振り返ってモンクットさんを見ても、真っ白になって動かない……ただの廃人のようだ……。
ぐっ……嫌な予感がする……。非常ーにまずいような気がする。できれば開けたくない……。
しかし、そうはいかず、恐る恐るペラリとその紙を開いて見ると……。
請求金額 金貨100枚(白金貨支払い可)
「はぁぁああああ!!!!!?」
いやいやいやいやいや!!!!! はぁぁぁああああ!? 何度見ても金貨100枚って書いてあるんですけどぉお!? なんですかこれぇ!!!!!?
驚愕の表情で錆びついたロボットのように、ギギギ……と首を動かして店長を見上げる。
「ワイバーンの肉は食べられる所が少なく討伐されるのも稀で、貴重な高級食材なんだ……。それに、多少ならターニャの食事代と一緒に請求できたんだが……流石にあの量食べてしまうと……」
店長も困った顔でチラッとテーブルを見る。
俺も目線を追い、その元凶を見ると、テーブルの上にうず高くそびえる皿の山、その横でニコニコ顔でターニャさんとデザートのフルーツ盛りを食べているムート……。
「食うのを止めろぉぉおおお!! クソムートォォォオオオオ!!!!」
俺の悲痛な叫びがフーギンにこだました。




