8 神話と今
俺達は一度体を起こし、シーツを膝に掛け直して話を聞く姿勢を整えた。
そして、シーラはゆっくりと語り出す。
”昔々、まだ世界が1つの大陸だった頃
大地を2つに分ける山脈の天辺に、1人の魔女がいました。
魔女は綺麗な青い目の呪いで人の力を吸い取り、殺してしまう悪い魔女でした。
ある日、魔女は世界で一番大きな国で沢山人を殺し暴れ回りました。
王様はとても怒り、魔女を倒そうと立ち上がりました。
しかし、魔女は凄い力で暴れました、大地は割れ、山が飛び、海には渦ができました。
王様は頑張りました。世界から強い勇者を集め、魔女を東の島に閉じ込めて退治しました。
そして、王様と勇者のおかげで世界が平和になりました。
おしまい”
これがこの世界の成り立ちと言われる話、成る程青い目の悪い魔女か……ソプラが嫌われる根本はそこか。
通信手段も未熟だから、神話と言うより童話のようにして長く語り継がれるように工夫したのだろう。
ただ、納得いかない所もある、ソプラはその子孫的な者なのかと言う事だ。
目が青いだけで差別する対象となるんだったら俺が許さない。
「へー初めて聞いた、じゃあソプラは悪い魔女さんなの? そんな感じはしなかったよ」
「ソプラちゃんは魔女とは関係ないわ。ただ運悪く瞳が青かっただけだと思うの……。それにアルトが目を見つめても、呪いで殺されていないでしょ?」
「うん……」
「今の世は目が青いと言うだけで酷い差別を受けてしまうの。でもこれは仕方ない事なの。そんな魔女がまた産まれたら人々は怖がってしまうの。それにね……アルトには黙ってたけど私もソプラちゃんと……同じ……なの」
そう言って震える手で左薬指の指輪をとった。
「え!?」
瞳はロウソクの火に照らされ、いつものブラウンに少し青み掛かった色に変化しているように見える。瞳の青みを抑える指輪の効果なのだろう。
「ソプラちゃんみたいに綺麗な青じゃ無いけど母さんも実は青い目だったんだよ……だからソプラちゃんの事も、どんな目を向けられた事も……わかるんだよ……アル……ト……今ま……騙し……て……ごめん……ね」
トラウマが蘇ったかのように、大粒の涙がボロボロとこぼれ、後半は言葉が詰まり、声になっていなかった。
「泣かないで、目の色が違っても母さんは母さんだよ。だから泣かないで」
そっと、頭を包むようにに抱きしめる。小刻みに震えてるのがわかる。
余程辛い思いをしたのだろう……この世界でも差別は根深いようだ。
少し青みがあるだけでこれならソプラはどれほどの……背筋が凍る……全世界の人々からの冷たい視線、気を許す相手もほぼ皆無、産まれながら絶望しかない人生。
ダメだ、彼女にそんな人生おくらせてたまるか!
ふと、ダンは何も言わず背中から俺をシーラごと抱き締めてくれる。
なんだろう……温かい、凍え切った心にダンは直接的な温もりを与え落ち着かせてくれた。
「ありがとう……私にはダンとアルトがいる。とても幸せよ……とっても……。アルト、ソプラちゃんの事、嫌いにならないであげてね」
「うん! 絶対幸せにする!」
「……なんだか違う意味に聞こえるような気もするけど……まぁいいわ」
シーラから笑みがこぼれ、俺もダンも笑い合った
* *
翌日、朝食を終え宿の前に集まった。
「おはよう! よく眠れたかい?」
大きな声で挨拶してくるミーシャ、声はよく通り体の芯に響く、眠気覚ましには持ってこいだ。
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
俺も元気に挨拶する。そして、目線はミーシャの後ろに隠れている女の子に向けられる。
昨日の修道服と違い、白のワンピースに茶色のベストを着て、モジモジしながらこちらを見ている。
めっちゃ、かわいいんですけど! 守ってやらなきゃいけない『天使』がいるんですけど!
「ほら、隠れてないで挨拶しな」
ミーシャに背中を押されソプラが俺の前にくる。
「おっ……おはよ……うございます。アルトちゃん、今日は……よろしくお願い……致します」
「うん! よろしく!」
俺が笑いかけるとソプラも笑ってくれた。これでご飯三杯いけます。ありがとうございます。
お昼まで、俺とシーラはミーシャとソプラの案内で町の見学、ダンは村に持って帰る日用品と商品の仕入れだ。
ダンが寂しそうにこちらを見ていたのは多分気のせいだ。