77 ワイバーン撃退
「なんだあの赤黒い魔物!?」
『ワイバーンだな。普通は群れで行動するのだが……今は他に気配が無い、逸れモノだろう』
ムートが頭の上で気だるげに教えてくれた。まだスライムタイツを着れなかった事に、不満の意を表していらっしゃるようだ。
ワイバーンはギャーッ! ギャーッ! と今にも襲いかからんとばかりに叫びながら、剣を構えるターニャさんを威嚇している。
「ターニャ! 大丈夫かとは思うが油断すんなよ!」
「大丈夫! こいつくらい1人でも充分よ!!」
モンクットさんの呼びかけに応えたターニャさんが、バンっ! と地面を蹴り、剣を右下段に構えてワイバーンに駆け寄る!
ワイバーンはギャーッ! と一鳴きし、迫り来るターニャさん目掛けて勢いよく、棘のある尻尾を横薙ぎに払う!
「ふっ!!」
攻撃が当たる寸前、這いつくばるかのように身をかがめ、それをギリギリで躱す!!
「はぁあっ!!」
ターニャさんが咆哮を上げ、身を縮めた反動を利用し一気に跳ね、ワイバーンの眼前に距離を詰める!!
その勢いのまま鋭く切り上げる一撃が、スパンッ!! とワイバーンの鼻先を見事に切り裂いた!
鼻先を切られたワイバーンは悲鳴をあげて暴れ回り、頭を天井や壁に打ち付ける!
「はい! いっちょ上がり♫」
空中でひらりと一回転して見事に着地、剣を肩にかけVサインをしてこちらに笑顔を向けるターニャさん。
「おぉ! やった!! ターニャさん凄い! ここまで強いって思ってなかった!!」
「アルトちゃん聞こえてるからね!?」
実際、ターニャさんの身のこなしは素晴らしいものだった。ミーシャとの特訓を受けたからわかるが、身体強化や剣さばきはかなりの物だと思う。ただの大飯食らいではなかったようだ。
『む? まだみたいだぞ?』
「え?」
ムートの声に、目線を後ろで暴れていたワイバーンへ戻す。
『ギギ……ギャーッ!!』
ワイバーンは自らを奮い立たせるかのような咆哮を上げ、再びターニャさんに襲いかかってきた!!
「えっ!? やっ!! 嘘!? 何で逃げないのぉ!?」
ガチンッガチンッ!! と噛み付こうとしてくるワイバーンを咄嗟に体を捻り、なんとか躱す!!
怒り狂ったワイバーンの不意打ちを躱したものの、攻撃はより一層激しくなる!!
次々に襲いかかる牙や尻尾をターニャさんは、剣で受け流したり身をひねり躱していく。それは危険と隣り合わせながら、身のこなしは踊っているように滑らかで美しいと思う程のものだった。
そして、俺はワイバーンの攻撃を躱す度に大きく躍動し、けしからん主張を繰り返すスライムに目を奪われていた。
なんという美しい破壊力……。
「おかしいな……いつもは1発鼻先に攻撃が当たれば逃げていくのに……。余程、今回の天魔石の出来がいいらしいな……」
モンクットさんが髭をわしゃわしゃ揉みながら、ターニャさんの戦いをじっくり観戦している。
「そもそも、なんで襲ってくるの!?」
「ヤツはそこの天魔石を狙っているんだ。
前に襲われた時に、天魔石を食べたみたいで味を覚えちまったらしいんだ。
それから事あるごとに襲ってくるようになってしまったんだ。何度も追っ払ってるんだが傷が癒える度に襲ってくるんだ」
「もう一層の事やっつけちゃえばいいじゃん!」
仕事に支障きたすなら、あんな危険な魔物は早く倒すべきだ。
「うーむ、そうしたいのは山々だが中々そうはいかん。あいつは状況が不利と分かると、すぐさま空に逃げちまうんだ。だからうまく仕留めきれず、毎回鼻先に1発入れて逃げて、また襲ってくるの繰り返しなんだ」
モンクットさんの、ため息混じりの話は続く。
「ワイバーンは本来なら単体でもBランク相当の魔物だ。しかし、ここは足場があるし、この狭さの洞穴じゃあまり身動きも出来ない。討伐ではなく、追い払うだけならそう難しくはないんだが……今回は……」
モンクットさんはそう言うと、難しい顔をしながらターニャさんに目線を送る。
「っく!! 我が力の熱情より矢となりて裁きを与えん、ファイヤーアロー!」
ターニャさんのファイヤーアローが顔面に命中するも、顔をブルブルと振り、直ぐに目をギラつかせてまた襲いかかってくる!
「はぁはぁ……もぉーなんで!? 全然逃げないじゃない!! しつこーい!!」
ターニャさんの息が上がってきている、ワイバーンの攻撃は狭い洞穴の中でも大振りで読みやすいが、鎧も着ていない全身タイツ状態では1発でも攻撃が当たるとアウトだ。
今のところ攻撃はなんとか躱しているが、このままズルズルと持久戦になるとヤバイがもしれない。
「な……なあムート。あのワイバーン追い払えるか?」
『それは容易いが、今はあのメスが遊んでいるではないか?』
「遊んでんじゃなくて追い払ってんの!! アレが遊びに見えるとかどんだけだよ!! いいから手伝ってきて!!」
『うむ、わかった』
ムートはそう言うと、頭の上からすいーっとワイバーンの方に飛んで行った。
『ギッ……!?』
「ん? アルトちゃんの召喚獣!? 危ないよ!? 下がってて!!」
ターニャさんが心配して制止を呼びかけるが、ムートはそれを聞かず、ワイバーンの目の前で止まり、言葉をかける。
『力量がわからんでもなかろう……さっさと立ち去れ……』
ワイバーンはピタリと目の前に止まったムートに一瞬キョトンとした表情を見せるが、すぐさま牙を向け噛み付こうとしてきた!
『愚かモノめ……ふんっ!!』
ムートがその場でギュルンッと回転し、襲いかかってきたワイバーンの横っ面を尻尾でスパーーン!!!! っと引っ叩いた!!
ドゴォオオオオン!!!!
「「「「うぇえええええ!?」」」」
ワイバーンの首が引きちぎれんばかりに吹っ飛び、洞穴の壁にめり込んだ!
そして、糸が切れた様に動かなくなった身体がダラリと垂れ下がると、重さでめり込んだ顔が外れて、岩壁に体を打ちつけながら落ちていった……。
「嘘……ワイバーンを1発で……」
「おいおい! なんだあのちっこい竜種は!?」
「ほぇー見かけによらず、やるもんだねぇ」
みんな小さいムートの強さにビックリしたようだ。正直、俺も小さくなったから大丈夫かなと思っていたけど杞憂だったわ。
「おぉ……よくやったぞムート!!」
『これくらい容易い事だ』
ムートはちょっと満足気な顔をして頭の上にチョコンと戻ってきた。
「いやぁ、アルトちゃんの召喚獣は強えな……ピューっと飛んで行った時はどうなることかと思ったぞ」
「ありがとうアルトちゃん、助かったよ。ワイバーンとのガチの戦闘になると思ってなかったし、装備もなかったから正直危なかったよ」
モンクットさんが笑みを浮かべてムートを褒め、ターニャさんがお礼を言いながらこちらに戻ってきた。
まだワイバーンとの戦闘後だからか、髪と息が軽く乱れ、額には汗が滲んでいる。ほおは赤く高揚していて、スライムタイツのムチムチ感も相まって、色気たっぷりのお姿であった。
頭の上から冷ややかな目線が下りてきているが、断固無視して拝まさせていただきます。
「俺はなんもしてないよ、お礼ならムートに言ってあげてよ」
俺はいやらしい目線を悟られないよう、頭の上のムートに目線を誘導する。
「そうか……ムートちゃんもありがとうね♪」
『ぬっ!?』
ターニャさんが自然な動作でムートの頭をなでる。
ムートは頭を撫でられると思ってなかったのか、それともちゃん付けで呼ばれて動揺しているのか、なんとも言えない顔をしていた。
「へへ、よかったな……ムートちゃん♪」
『お主……次、言ったら本気で噛むからな……』
こうしてワイバーンを無事撃退、天の属性が貯まった天魔石を収納し、天畜場を後にするのだった。




