75 揺れるスライム
「でかいスライムだな……あんなでかいの初めて見たよ。色もまっ黒だし」
「アルトちゃんあれ、スライムと思ってるの?」
「えっ? 違うの?」
ターニャさんはあれがスライムじゃないと知っているようだ。え? じゃあいったいなんなんだ?
するとスライムは奇妙な唸り声をあげ、プルプルと揺れだし、むくりと回転して起き上がった。
「はぁ!? ドワーフ!?」
スライムと思っていたソレは黒いスライムを着たドワーフだった。
ぷよぷよとした半円形のスライムの真ん中にドワーフのおっさんの顔が付いている……。なんともシュールな絵面だ。
『面白い生き物だな、初めて見たぞ』
「いや、多分あれスライムを着たおっさんのドワーフだよ。あんな生き物いないから」
ムートは奇妙なおっさんに好奇心を持ったようだ。
「……むんん? 誰だよ……まだ、空魔石の取り出しには早い……ってあれ? モンクットさん? なんでこんな所いるんですかい?」
「仕事サボって寝てんじゃねぇよ……ったく、今の時間はナデートだけか? 不足していた空魔石を届けにきたんだ、さっさと詰め替えるぞ」
モンクットさんは両手を腰に当て、呆れてスライムドワーフを見下している。
「おぉ! やっとですかい! 今入れてあるもので最後だったんで助かりましたよ。いや、どっこいしょっと……」
立ち上がると同時にプシュ〜という空気の抜けるような音がして、みるみるスライムが縮んでいく。
最終的に見た感じは顔の部分だけ出ている黒い全身ピッチリタイツを着たおっさんになった。
ドワーフ体型のずんぐりしたモ〇モジ君みたいな感じかな。でもなんだろう……見てるとジワジワ笑いが込み上げてくる。見てるだけで面白いぞアレ。
「あれ? ほんで肝心な空魔石はどこなんですかい?」
「おう、そう焦るな。アルトちゃんそこの空いた所に空魔石出してくれるか?」
「はぁ? この嬢ちゃんがどうしたんです?」
まだ寝ぼけているような顔で、不思議そうに俺を見てくるスライムドワーフと、なぜかドヤ顔かまして俺に催促してくる。
どうやら収納魔法を見せて驚かせたいみたいだ、まぁいいけどね。
「あいよ、ムートお願い」
『うむ』
ムートに指示を出し、穴の奥の空いた場所に収納していた空魔石を5箱出した。
「ほえーー!? こりゃおったまげた!! 収納魔法ってやつですかい!? こいつはスゲェーー!!」
「5箱だとぉう!? 下で見た1箱だけじゃなかったのかーー!?」
顔面崩壊しながら一緒に驚くモンクットさん。
『何回見てもこやつらの反応は面白いな』
「それは同意するわ」
その後、スライムドワーフのナデートさんと互いに自己紹介をして、ターニャさんを見て驚きモンクットさんが宥める、という一連の流れを終えて、空魔石を横に置いてある鉄の箱に詰め替える事になった。
詰め替えを手伝っている時に、ふとよぎった疑問をモンクットさんに投げかけてみた。
「ねぇ、魔力がなくなった空魔石をこんな鉄の箱に入れてどうするの?」
「んん? 天魔石しらねぇのか? まぁ、ここで作られる魔石は殆ど町の外には出回らねぇから知るはずもねぇか」
「天魔石?」
モンクットさんは詰め替え作業をしながら俺に丁寧に教えてくれた。
「天魔石ってのは天の魔力が宿った魔石の事さ。空には膨大な魔力があって、たまに膨れ上がった魔力は雨雲を通じて、強烈な光と轟音と共に地上に降ってくるんだ。
ここフーギンは国の中でも特に天の魔力が落ちて来やすい場所でな、真ん中にある天蓄機に空魔石を入れておくと、降ってきた天の魔力が鉄を伝って空魔石に宿るって寸法なのさ」
「へぇ〜……」
んん? なんか話聞くとそれってもしかして雷だよね? 雨雲から強烈な光と轟音と共に落ちてくるって、雷以外に考えられない……もしかして天属性って雷系って事なのか?
それなら俺は、雷魔法とか使えるって事? いや、それはおかしい。前試してみたけど、うんともすんとも言わなかったんだよな……。ミーシャとの魔法訓練中でも色々試してみたし……。
まず、天魔法の詠唱なんてミーシャも知らないから、試しにイメージを膨らませながら『ラ〇デイン!!』とか『1〇万ボルト!!』とか『雷の〇吸』とかポーズ決めながらやってみたけど何も起きなかった……。
ソプラにも白い目で、何やってるの?と言われてからは、自重して試したことも無かったんだけど……地形や気象条件が合って、初めて使用できる魔法だったのかな?
更にモンクットさんの説明は続く。
「しかし、天魔石は放っておくと直ぐに魔力が飛んじまって、空魔石に戻ってしまうんだ。
だからフーギン以外では滅多に見ないし利用価値も無い魔石ってわけだ。
流通している他の火、水、風、土の属性の魔石は、それらを使える魔術師が魔力を込めるか、迷宮に行けば魔物から取れるから簡単に手に入る。
しかし、空に迷宮なんて無いから魔物から取れねぇし、天属性の魔法使えるやつなんて見たこともねぇ。使えるのはおとぎ話の『魔女の飼い主』だけだからな!
だから自前で作って利用してるのは、ここぐらいなもんってわけだ、がははははは!!」
成る程、そんな流通も少なく使いづらい魔石ならあまり発展も進歩もないよな……。
うーむ、ムートの収納魔法でもあんなに驚いていたし、俺が天属性が使えるってのもまだ確定でもないし、ここはとりあえず伏せておくか。
「んでその流通しない天魔石を、ここでどう活用してるの?」
「おぉ、それはな……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
急に着た時より風が強くなり、雲行きが怪しくなってきた。遠くの方から低い地鳴りの音のように、雲内放電する音が聞こえる。
「お? ちょうど降って来そうだな。せっかくだし見ていくか?」
「いいの!? 見たい見たい!!」
「い、いや……ア……アルトちゃん、そろそろ帰ろうか……ほら、もう空魔石は運んじゃったんだし、これ以上ここにいる必要ないよ?ね?帰ろう……ね?」
「え? ターニャさん、どしたん?」
ターニャさんの顔色が悪いけど、どうしたんだろう? 確かに空魔石運んで、仕事としては終わりだけど、天魔石の作り方ってのも見てみたい。
「ほれ、お前たち早くこれを着ろ」
「何? うぉおとと!?」
ぽいっと投げられた野球ボール位の、黒いボールを受け取った。ぷよぷよしていて、触り心地は冷たいスライムを持っているようで気持ちいい。
モンクットさんを見ると手でよく揉んだ後、ぐいっとボールを伸ばし広げて、足を突っ込みグイグイ伸ばしながら器用に頭まですっぽりと被ると、緩い部分がキュッと身体に張り付くように締まった。
「おぉお! これがあの黒タイツになるのか!! 凄い!! めっちゃ伸びる!! 面白い!!」
『アルトよ! それ、我もやってみたいぞ!! 我の分はないのか!?』
おぅ……ムートがめっちゃ食いついてきた。そんなキラキラした目、初めて見るぞ。新しいおもちゃを見つけた子供か!
「おい、ターニャ鎧は脱げよ。スライムタイツが破けちまう。ここからがお前の仕事なんだから頑張ってくれよ」
モンクットさんがターニャさんを注意している。見るとターニャさんは、鎧を着たままスライムタイツを着ようとしていたようだ。
「うぅう……やっぱり……脱がなきゃダメか……これ着たくないんだよぉ……」
ターニャさんはしぶしぶ空魔石の陰に隠れて鎧を脱ぎ、スライムスーツを着ているようだ。
ちなみにムートの分は? と聞いてみたが、身体に棘があるから着れないと言われ、ガッカリとしょげていた。
天下のバハムートがこんな事でしょげるなよ。
俺は着方をモンクットさんに習い、慣れないスライムタイツをなんとか装着する。
「おぉお! すっごいフィット感! あははは! ピッチピチだー!!」
頭まですっぽりと全身を覆うスライムスーツは、肌に吸い付くようで程よく締まり、動きも阻害しない。なんだろう……この着心地はちょっと癖になりそうだ。
「アルトちゃんもこのスライムタイツの良さに気づいたようだな……この着心地は着てみないとわからないし、日常的に作業場や私服として着込む奴もいる程だ」
モンクットさんがスライムタイツの着心地を力説してくる。でも、これは着心地には納得するが、日常的に着るにはどうなんだろう……。
ツンツン。
「ん?」
頭の上でいじけて丸くなっているムートが、しっぽで後ろを指し示す。
見るとターニャさんがスライムスーツを着終えて、空魔石の箱の陰からチラチラとこちらを伺っていた。
「ターニャさん、何やってるの? 早くこっちおいでよー」
「うぅう……ワタシはここで見てるから大丈夫だよ。気にしないでいいよー」
「んー? どーしたのさー?」
どうもこっちに来たくないようだ。まぁこのカッコは女子にしてみれば、確かに恥ずかしいのはわかるかな。でも俺は女の子だけど中身は純粋なおっさんだしね。
「ターニャ早く来い! そんなとこいたらいざって時に役に立たないだろう! 食い放題はいいのか!?」
「ぐぅ!? く……食い放題……」
モンクットさんの呼びかけにピクリと反応してしばらく葛藤した後、食欲が勝ったのだろう……。恥ずかしそうに両手で剣を持って身体を隠しながら、ゆっくりとこちらに歩いてきた。
「お? ……おぉおおお!?」
ターニャさん……いえ、ターニャ様。鎧の下にとても……とても良い物をお持ちだったんですね!! 素晴らしい!!
きつく封印していた赤鎧から解き放たれたスライムは、歩く度にユサユサと暴力的なまでに俺の目を上下に揺らし……。
「はぁ……。ターニャ……お前ほんと肉がねぇな! それじゃ嫁の貰い手なんていねぇぞ!?」
「その貧相な身体で、どうやってあんな食えるんだい?」
俺の後ろからモンクットさんとナデートさんが、ため息つきながらターニャ様の眼福な出で立ちをディスりまくる。
どうやらドワーフと人間とでは美の価値観が違うようだ。
「うわぁぁああん!! だから着たく無かったんだよぉ!!」




