73 のった!
フーギンに入り運輸ギルドまで急ぐ。
崖には大小にくり抜かれた穴があり、その中にさまざまな店が入っている。
イメージとしては郊外の大型ショッピングモールが、何回層にも高く連なっている様な感覚だ。
崖の間にまっすぐ伸びている整備の行き届いた道を走っていたら、崖に直接取り付けられた大きな扉の上に、運輸ギルドの鳩のマークが彫られていた。
「鳩のマーク、ここだね!」
多分ここがフーギンの運輸ギルドだろう。早くターニャさんに顔通しをしてもらって荷物を渡して任務完了したい所だけど……。
俺はその場でクルッと振り返る。
「はぁ! はぁ! はぁ! ア、アルトちゃん……早すぎ……それに……なんでそんな……ケロッとして……ワタシ結構……はぁ! 早い方だと……思ってた……のに」
やっと追いついたターニャさんが、両膝に手をつき大きく肩で息をする。ずいぶん遅かったけど、鎧が重かったせいかな?
『こやつ、もう疲れているぞ?』
「そんなキツイなら、鎧脱げばいいのに」
「いや……鎧とかの……問題じゃなくて……アルトちゃんの体力が……半端ないんだって……」
「まぁいいや、じゃあ入るよー」
「いや、待たんかい!」
息絶えだえのターニャさんをおいて一人でさっさと中に入る。
ギルドの中は崖を横にくり抜いたように奥に続いていて、結構ひんやりしていた。穴の中だから暗いかと思っていたけど、天井に空いた穴から日の光が差し、思ったより明るかった。
奥には長いカウンターがあり、そこには頭にターバンを巻いた色黒ドワーフの女性が書類に記入をしていたが、扉が開いたことでこちらに気づいたようだ。
「あら? 見ない顔だけど、かわいい女の子と召喚魔獣さんね。今日の配達受付は終わったんだけど、どうしたの?」
お姉さんは新顔の俺たちに、にこやかに話しかけてきてくれた。エキゾチックな魅力がある人だなぁ。
「遅くなってすいません。王都の運輸ギルドより空魔石を届けにきました」
「え? あなたが? ……あぁ、表に待たせてるのね。伝言ありがとう! 凄く待ってたのよ! すぐ行くわ」
目をパチクリさせたお姉さんは、俺が伝言だけの子供と勘違いしているらしい。パタパタとカウンターから出て来て、俺の方ではなくギルドの出入口に向かう。
「いやいや! お姉さん! 空魔石は俺が持ってるんだよ! 此処じゃ邪魔になるから広い所で出したいんだけど」
「え?」
キョトンとした顔で、振り返る受付嬢さん。まぁ手ぶらだし、そうなるよね。
そこで、ギルドの扉がギィと開かれた。
「ふぅ……ご無沙汰してます。プリチャさんその子の言う事は、間違いありませんよ」
息を整えたターニャさんが扉を開けて、受付嬢さんに軽く手を上げ挨拶する。どうやらこの受付嬢さんは、プリチャさんと言うらしい。
「え? まぁ! ターニャさん! お久しぶりです! 間違いないとはどういう事ですか?」
とりあえず荷物の受け渡しの為、プリチャさんと一緒にカウンター奥の荷物倉庫に移動して空魔石を出した。
「えぇぇぇぇぇぇえええ!? 収納魔法!? しかも、こんな女の子がこれ程の大容量を……ちょっ……ちょーーっと待ってて下さい! すぐギルマス呼んできますから!」
プリチャさんは荷物確認をしないまま、大慌てでギルマスを呼びに行ってしまった。
うーむ、早く荷物わたして町を見てみたいのに……いちいちこんな反応されて騒ぎになると困りものだな。
「あまり大容量の収納魔法は見せない方がいいのかもな……」
『我は、こんな魔法で驚くお前達を見るのが面白いぞ』
「アルトちゃん今更それ言うの?」
しばらく待っていると、ドタバタと音が聞こえてきて、プリチャさんと背の小さい髭と髪がモジャモジャのおっさんが走ってきた。
「おおー! 空魔石だ! 待っていたぞ! おい! 早く現場に運び込むんだ!」
おっさんは俺たちには見向きもせず、空魔石の入った箱に飛びつくように嬉しがっている。
「ギルマス! そんな事よりこの子です! この子! 収納魔法を使える逸材ですよ!」
プリチャさんにヒョイと両脇を抱えられ、俺の前にストンと置かれるおっさん。
どうやらこのモジャモジャのおっさんが、ここの運輸ギルドのギルマスみたいだ。
「おおー! ちっこい召喚魔獣乗っけてるこの子か!? ワシはここのギルマスやってるモンクットだ! 空魔石の配達ありがとう! 不足していて困ってたんだ……しかし、やけに小さいな!? 本当に収納魔法を使うのか?」
モンクットさんは片眉を上げながら俺を指差し、プリチャさんを見上げる。
やけに小さいとか言うけど、このおっさんも俺と対して背丈変わらないからな?
「ねぇ、あれもう一回見せてくれない?」
プリチャさんが両手を合わせてたのんできたので、再度荷物を指差してムートに空魔石の出し入れをしてもらう。
「ほほー!! こりゃたまげた!! 凄い女の子だな!! こりゃ逸材だ!! ……よし! キミせっかくなんで、この空魔石を今から直ぐ現場まで運んで貰えないか!? ちゃんと追加報酬もつけるから!!」
なに!? 追加報酬!? 此処から更に他の所に運ぶだけならば、ちょっと距離が伸びる程度だろう……そう考えると町の外には出ないだろうし……いいんじゃないか? それに報酬を貰えるのは願ったり叶ったりだ!
「よし! のった!」
「えっ!? ……アルトちゃん!? ダメだよ!? ワタシはフーギンの運輸ギルドまでの護衛と顔合わせの依頼なんだから、ここから先はついて行けないよ!?」
なぜかターニャさんが慌てて俺を止めにくる。どうしたんだろう?町の中の配達なんだから、護衛とか要らないだろうし。
「ターニャ!? おまえこんな所で何やってんだ!?」
「今気づいたの!?」
モンクットさんがターニャさんを見て驚き、ターニャさんは気づかれていなかった事にショックを受けている。
「別に少しくらい配達先が伸びるくらいいいじゃん。追加報酬もくれるって言うし。町中なんだから危ない事もないよ、なぁ?」
『うむ、我もついておるからな』
「いや……そうじゃなくて……」
なんだろう? ターニャさんが凄く歯切れの悪い顔してる。言いたい事があるならはっきり言えばいいのに。
「なんだ!? おまえがこの子の護衛だったのか!? なら、ついてきてくれたらおまえにも追加報酬やるぞ? どうだ?」
モンクットさんがニヤリと笑い、人差し指をピンと立てる。
「報酬とかそういう事じゃなくて、アルトちゃんみたいな女の子をあんな……」
ターニャさんはちょっと困り顔で、迷っているようだ……。
しかし、モンクットさんはグッと握りこぶしを作り、力強く言い放った!
「報酬は町一番の定食屋『ドンガッド』で食い放題!!」
「のったぁぁぁぁああああ!!」
こうして見事に食い物に釣られたターニャさんをジト目で見つつ、追加報酬の為にもう少し働くのだった。




