72 フーギン
ターニャさんの重さ問題は、明らかにターニャさんより重そうな従業員を捕まえて、皮袋に乗ってもらいソレを梁にぶら下げて負荷テストを行うことになった。
結果は問題なく、十分な耐久性が実証されたので、これをムートに引っ掛けてそれにターニャさんが乗り込む事になった。
秤の前には決して行かない!というターニャさんの鬼のような形相は、今は落ち着いて貰ったゆで卵をにこやかに頬張っている様子からはとても想像できないだろう。
大量の空魔石を収納して、俺はムートの上、ターニャさんは皮袋に乗り込んで準備は整った。
「では、準備できましたね。フーギンはここから北東に見える山頂が綺麗に割れたような山が見えますよね?
そこを目指して飛んで行けば、麓の谷に町が見えて来るはずです。
通常フーギンに行くには、馬車で森を迂回する道や、険しい山道もあり1〜2週間程かかるのですが、直線距離はそう遠くはありません。
ベルンからここまで3時間くらいならば、フーギンまで1時間もあれば到着できるでしょう」
ベルンさんが大まかな行き先を説明してくれた。1〜2週間の距離を1時間か……めちゃくちゃ早くなったけど、ムートの収納魔法がなかったら何往復もするところだったし、これなら少しだけ町を見て回れるかも。
「はい! わかりました! ターニャさんも準備いい? 漏らさないようにトイレ行った?」
「アルトちゃん!! 漏らさないよ!? てか、そんな事ここで言わないの!! でも一応ゆっくりだからね!? 最初はそーっと、そーっと飛んでよね!?」
はいはい、わかってますって……それはフリですよね? まったく、ターニャさんったら、どこかの芸人さんみたいに欲しがりなんだから。
俺はわかりましたと、にっこり笑顔をターニャさんに返す。
「はーい! じゃあ、いってきます! 行くぞムート!」
『うむ!』
「えっ!? いや、待って!? 何さっきの嫌な笑顔!? あっ! ちょっ!! もう浮いて……あっ……い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
俺とムートはあっという間に運輸ギルドが小さく見えるくらいの高度まで、勢いよく急上昇してフーギンへ向かった。
* *
「うぐ……グス……もう、やだぁ……」
「ターニャさんごめん! もう泣かないで! ね?」
ターニャさんは高度が安定した所で、皮袋の中に頭まですっぽりと入り込んで、塞ぎ込んでしまった。
しまった、ちとやりすぎたか。いくら呼んでも鳴き声しか返ってこない。よほど怖かったのかな……ムートに乗るの超面白いのに……。
飛行は順調でとりあえず、デリバーさんに教えて貰った割れた山頂を目指して飛んでいる。
濃い森の中に連なる山々、目指している谷の麓からは流れが早そうな川が流れていて、長年の月日で山を侵食していっただろう痕跡も見える。
風はそこまで冷たくもなく、太陽の心地よい暖かさがちょうどいい。
『む? 何か見えてきたぞ。あそこではないのか?』
「え? どこ?」
ムートが町らしき場所を見つけたようだ。
見てみるとまだ遠くてよく見えないが、切り立った崖の岩肌に大小の穴がいくつも空いていて、そこから赤い構造物がにょきにょき生えているように見えた。
へぇー面白いな、あんな建物見た事無い。流石ファンタジー世界。
でも、あそこがフーギンかわからないのでターニャさんの確認を求めた。
「ターニャさん、町っぽいのが見えてきたんだけど、アレがフーギンかな?」
「……」
返事がない、ただの拗ねている赤鎧のようだ。
ダメだ、完全に拗ねきっていやがる……。仕方ない、俺もちょっとやり過ぎたしお詫びをするか。
「ターニャさん俺もやり過ぎたから、フーギンに着いたら何か美味しい物ご馳走する……」
「ふん! はいっ! 谷の合間に赤い屋根確認!! フーギンに間違いありません! さぁ! 早く降りましょう!」
皮袋から勢いよく首だけスポンッと出して、キラキラした目で地上のフーギンを確認するターニャさん……。
こいつ……わざとか……。年下の女の子に泣き落とし使ってくるとは、思ってなかった。いや、これはただ単に食欲が優っただけか。
『これ程、食欲に忠実な人間もいるのだな……』
まぁ、ムートも似たようなもんだけどな。
『我は、ここまで食欲ばかりではないぞ』
双方に呆れられて、俺たちはフーギンへ降下していった。
* *
入り口のちょっと先に降り立って、ターニャさんを袋から出し、歩いてフーギンへ向かった。
少しずつ歩くにつれ、町の全貌が見えてきた。
「こんなに早く着くなんて! 飛んで移動するのはやっぱり早いなぁ! 怖かったけど」
「おぉー! ここがフーギンか!」
『こんな所に住まうとは、面白いものだな』
見上げるほどのほぼ垂直の崖が、30mくらい離れて向き合っていて、穴が沢山空いている。その間に木や鉄筋などで作られた何本もの橋が架けられている。
その橋の上をドワーフみたいな人達が色々な荷物を抱えて、忙しなく行き来しているのが見える。
上から見えた赤い屋根は、よく見るともくもくと煙を出す煙突だったようで、崖のあちこちにキノコのように生えていた。
煙は崖の間に吹き込む風によって奥の方にスーっと流されていて、狭そうな空間でも風通しは良さそうだった。
入り口には王都でも見ない、高さ10mはある、頑丈そうで大きい鉄の扉が開いた状態で、崖の間にドドンッ!!と立っていた。
よく見ると門には細部にまで見事な装飾が施されていて、これを見るだけでも来た価値がありそうだった。
行き来する人は冒険者や商人、鉱石や材木を運んでいるドワーフなど多種多様な組み合わせだった。
門に近づくと、門番だろうか?髭がモサモサして背の低くガタイのいい、いかにもドワーフって感じのおっさんが槍を片手に声をかけてきた。
「おい、お前たち見ない顔だな?どっから来たんだ?」
「王都の運輸ギルドより、空魔石の配達で来ました」
「ワタシはその護衛とギルドへの顔通しだ、怪しいものじゃ無い」
俺たちの返事に眉間にしわを寄せ、じろじろと見てくるドワーフのおっさん。
「あのな、お前たち嘘つく気があるのか? 手紙の配達じゃねぇんだぞ? 女2人で空魔石の配達? 荷車さえ無いのに、そんな話信じると思うのか?」
まぁ、そんな反応になるだろうとは思っていたよ。険しく危険な道のりを、女2人で来れるわけがなく。どう見ても手ぶらだしね。信じるってのがおかしな話だ。
「アルトちゃん、荷物をちょっとだけ出してくれないかな?」
「わかった、ムートここに一箱だけ出して」
『うむ』
ムートがしっぽを振り、おっさんの目の前に空魔石の箱を光の円盤から出す。
「ほがぁぁぁぁぁぁあああ!?」
おぉ、いいリアクションだ。目ん玉飛び出しそうなくらい見開いて驚いてる。
「こっ……この娘!! 収納魔法持ちなのか!? しかもこんな大容量の……。ちょ、ちょっと待ってろ!!」
おっさんはそう言って、門の横にある待機所に走って行き、直ぐに木札を持ってドタドタと戻ってきた。
「ほれ、許可証だ! 早く持って行ってやってくれ!」
おっさんから木札の許可証を受け取ったが、何やら急いで持って行って欲しいみたいだ。なら、ちょと急ぐかね。
「はい! わかりました! 行くよターニャさん!」
「ちょっと先に行かないで!! 場所知らないでしょ!? ……って早!? ちょっ……待ちなさーーい!!」
ドワーフの町フーギン。面白そうな気配がビンビンする! 早く仕事終わらせて、帰る前に町を見て回ろう!
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い致します!




