71 断る!!
『アレはこの前草むらにいた、よく食べる赤いメス』
「ムート……間違っちゃいないけど、名前ターニャさんな」
頭の上で寝ていたムートも、ターニャさんのドアを開く音で起きたみたいだ。
「ターニャ!? なんでお前がここにいるんだ!!」
「受付の人に『心配だから見張ってて』って言われたから」
「オレはそんなに信用ねぇのか……で、さっきの話何処から聞いてたんだ?」
「『あー!! 大丈夫だ!! 直ぐに用件を言え!! いや、言いなさい!! 君はすぐに持ち場に戻ってくれ!!』ってとこから」
「最初からじゃねぇか!!」
ため息をつきながら頭を抱えるアーベンさん。
なんだろう、ターニャさんやフィルさんみたいな人を各ギルドには最低1人置かなくてはいけない決まりでもあるのだろうか?
『そういう事なら、お主もその数に入るのではないか』
ムート黙ってろ。
「アルトちゃんが持ってきた依頼……今、受けられる人がいないんでしょ? ワタシ、フーギンには何度か行った事ありますから受けますよ?」
「ターニャさんが依頼受けてくれるの?」
俺たちの前に歩いてきたターニャさんが、自信満々に自分を押してくる。まぁ女性で身長はあるけど細身だし、ランクもCって言ってたから条件には合うけど……。
「ちょっと待った! お前にこの依頼は任せられん!」
しかし、顔を上げたアーベンさんが断りを入れてきた。
「なんでですか!? 依頼ランクもC相当だし、条件は満たしているはずですよ!?」
「いや……それはそうなんだが……その……あれだ……とにかくダメだ!!」
「えー!? なんでですかー!?」
アーベンさんは理由は言わないが、とにかくターニャさんには任せられないとの一点張り。そこにターニャさんも食い下がり、言い争いになってしまった……。
正直、顔通しだけなんだから誰でもいいんだけどなぁ……しょうがない、ここはターニャさんに助け舟を出すか。
「アーベンさん、急ぎの依頼だしターニャさんとは顔見知りだから、条件に合うならお願いしたいんだけど……」
「んな!? ……そもそも、なんでお前たちが知り合いなんだ!? 接点が思いつかん!!」
「あーそれは……」
「いいよアルトちゃん! ここはワタシが説明しよう!!」
そう言ってターニャさんは俺との出会いを物語風に話し出した。
……それは、気持ちが熱くなるような魔物との戦闘から、運命的な俺との出会い、王都に帰ってくるまでの苦楽を流暢に語った……。
1つ問題があるとしたら……盛大に自分を盛っている事だろうか。
「……という事で、ワタシとアルトちゃんは切っても切れない深い仲で、この依頼はワタシ以外に適任者はいないという訳です!!」
「……おい……これ、本当か?」
アーベンさんの冷たく、疑いのみで構成されたかのような目線が俺を突き刺してくる。
どうやら、助け舟を出す方を間違えたようだ……。
しかし、キラキラした目で俺を見るターニャさんを今更断るのも気がひけるし、もうこのままでいいや。
「まぁ……大筋はそんな感じだと思います……です」
アーベンさんに目線を合わせず返事をする。というか合わせられない。
「……はぁぁぁ……わかったよ。受理しよう」
渾身のため息をつき、頭をボリボリ掻きながらアーベンさんが依頼を受理してくれた、というか折れたようだ。
「さすがギルマス! 話がわかるぅ♫」
ターニャさんは要望が通り、嬉しそうにぴょんぴょんと軽く跳ねている。
「そうだな……お前の言ってる事の9割は盛ってるって事ぐらいは、わかっているつもりだ」
「ふぎゅ!?」
アーベンさんの悪態に、噛み付くように睨みを効かせるターニャさん。
「ま……まぁとりあえず急ぎなんで、よろしくお願いします! ターニャさん!」
「あぁ……うん! よろしく頼よアルトちゃん!」
がっちりと握手を交わし、お互いに笑い合う。
「はぁ……もう、どうなっても知らんからな……」
そうして無事? アーベンさんの許可を貰い、ターニャさんと運輸ギルドへ向かった。
* *
運輸ギルドの倉庫に到着する間にターニャさんには依頼内容と輸送方法を説明した。
また吊るされながらの移動なのかと怖がられたが、今度は積荷と一緒なのでそれに乗って貰えれば良いと言ったら少し安心したようだった。
そして、しばらく歩いてようやく到着した。
「デリバーさん! 連れてきたよー!」
「よろしくお願いしまーす」
準備をしているデリバーさんに声をかける。
「早かったですね、ありがとうございます……おや? 君はもしかして、ターニャさんですか?」
「デリバーさんもターニャさんの事知ってるの?」
「えぇまあ……ある意味、有名人ですからねぇ……」
デリバーさんが頬をかきながら、微妙な表情をして言葉を詰まらせている。ターニャさんは、いったいどんな有名人なのだろう……ちょっと心配になってきた。
「そうなんですよアルトちゃん! ワタシ、結構有名人なんですよ!」
こっちはこっちで、好奇な眼差しなども意に返さない程図太いようだ。本当大丈夫なのだろうか……。
「まぁ、連れてきて断る訳にも行きませんし……お願いしましょう。こちらへどうぞ」
デリバーさんが先導して連れてきてくれた所には、大きな分銅が吊るされてある秤があった。
「では積荷の制限があるので重さを計ります。ターニャさんは鎧脱いでこれに乗っ……」
「断る!」
「「え?」」
ターニャさんは突然腕をグッと組み、仁王立ちで動こうとしなくなってしまった。
「あの……輸送する際の縄などが重さに耐えられるかを判断する重要な事なんですが……」
「体重を計るなんて聞いてない! ワタシはこれでも女ですよ! レディなんですよ! 計られてたまるかぁ!」
「いや……だからですね?」
「断るったら断る!! 女性の重さを計るなんて最低です! アルトちゃんもそう思うでしょ!?」
いやいや……そんな凄い剣幕でまくしたてられてもなぁ……。
「俺は別に体重計られても気にしないよ」
「っく!! ちくしょう! この育ち盛りめ!!」
何故か俺の成長を罵倒された後、デリバーさんとターニャさんはもめ出してしまった。
まあ、女性が体重を計られるのを嫌うのはどこの世界でも同じなのか? 女の子になっても、このへんはよくわからない感覚だもんなぁ……。
「うーむ、どうしたもんか……」
腕を組み、対策を考えるが全く思い浮かばない。
しばらくすると、頭の上の違和感に気づいた。
ひょい……パク……モグモグモグ
「ん? ムート? お前何か食ってる?」
俺の頭の上でムートが何かモグついている感じがした。
『ぬ? ごくん……この間のゴールデンクックの茹で卵だ。赤いメスを見たら思い出して食べたくなってな』
「俺が頭悩ませてる時に、呑気に卵なんて食ってんじゃ……ってちょっとまて。おまえ、その卵どこに持ってた?」
この前の卵!? ムートは卵を隠し持てるような袋も無いし、羽の裏なんかにも隠しておけるようなスペースなんて一切無かったはずだ。
『ぬ? お主も食いたいのか? ほれ』
そう言ってムートはしっぽの先をクルンと回すと、フワッと目の前に直径10cmくらいの光る円盤みたいな物が浮かび上がった。
なんとなく手を出してみると、そこからポトンっとほんのりと暖かいゆで卵が落ちてきた。
「はぁああああ!? なんだこれ!? ムートおまっ!? えええええええ!?」
俺が騒ぎ出したからか、重さでもめていた2人も近づいてきた。
「どうしたんですか? 大声出して」
「あっ! 1人でおやつ食べようとしてる! いいなー」
「さっきレディとか言ってた人が、ヨダレ垂らして子供の食べ物を物欲しそうに見ないで下さい」
デリバーさんが呆れた顔で、ターニャさんにつっこむ。
「いや、ムートが何もないところから卵出したんですよ」
「「卵!?」」
とりあえず、百聞は一見にしかず。ムートに頼み、デリバーさんとターニャさんの手元にも同じように卵を出してもらう。
「「え? ……お? おおおおおおおお!?」」
2人とも卵を手に取り、目を見開く!
「す……凄い……これ収納魔法ですよ!! 貴重な特殊魔法で世界でも数人しか使用できる人がいないのに……まさか召喚獣が使えるなんて……」
卵を持ちながら、デリバーさんが驚愕の表情を見せる。
『収納魔法など珍しいものではなかろう?』
「いや、さっきデリバーさんが世界に数人とか言ってたんだから、かなり特殊なんじゃないか?」
『ふむ、この世界では珍しい部類に入るのだな……』
しれっと、とんでも能力を発揮したムート。小さくなって可愛くなっても流石、龍神バハムートといったところか……。
俺たちにできない事を平然とやってのける! そこに痺れる憧れ……はしないけどね。
あれ? そういえば、ターニャさんが大人しいな? 気になって、ふと見ると。
「モグモグ……アルトちゃん! おかわり!」
「食いしん坊か!!」
ただ、ゆで卵をムシャついてただけだった。
「アルトちゃん……バハムート様にちょっとあの積荷を収納できるか、お願いしてもらえないかな?確か収納の規模はその人の魔量で決まるはずだったから……もしかしてなんだけど……」
デリバーさんが恐る恐る指差した先には、これから輸送する5つの木枠に山盛りにされている空魔石があった。
「わかりました……あのさムート、アレ収納できる?」
『ぬ? わかった』
ムートがそう言ってまたしっぽをクルンと回すと、木枠の下に直径5m程の大きな光る円盤が出現して、ストンと木枠ごとその中に落ちていった。
「「「おおおおおおおおおおお!?」」」
「ムートそれ取り出せるんだよな!?」
『無論だ』
そう言ってしっぽをクイッと降ると、光の円盤が地面から上がると同時に、さっき円盤の中に落ちていった空魔石が、何事もなくそこに置いてあったかのように姿を現した。
「すっ……凄い!! あの量を一瞬で出し入れできるなんて!!」
「おまっ! いったいどれくらい収納できるんだ?」
『さあ? 試した事はないが、魔量を押さえているこの姿でも楽にこの建物くらいは収納できると思うぞ』
「「「はぁぁぁぁぁぁあ!?」」」
ムートの言葉を通訳して3人で驚きの声を上げる。しかし、思ってた以上に規格外だった……。そんなん前世の空輸とか大型タンカー並みに輸送能力高いんじゃないか?
「なんで教えなかったんだよ!」
「そうですよ! 収納魔法があるなら、この前の事だってワタシを収納してもらえばあんな怖い思いせずに済んだのに!」
なぜか、ターニャさんも怒り出しているがスルーする。
『お主が持てと言ったからではないか。それに、生きているものは収納できん』
生き物はダメか。なら人や動物を運ぶとかはできないんだな。でも、これは嬉しい発見だ!
「これは凄いですよ!! アルトちゃん!! 貴女は世界の運輸ギルドで頂点に立てますよ!! こんな容量の収納魔法と飛べる移動速度を合わせれば……革命ですよぉ!!
ふふ……ふふふ……。無理矢理押し付けられたような子でしたが……これは超超超大当たりですよぉ!!」
デリバーさんが興奮して凄い事になってる。なんか色々溜まってたんだろうか……。ターニャさんも軽く引いてるし。
「でもこれで積荷の重さ問題は無くなったね!!」
「はい! 収納魔法があるなら、積荷を運ぶ為の縄や皮の袋などは要りませんからね」
「となると、デリバーさん……」
「えぇ、残す輸送の重さ問題は……」
「ん?」
俺とデリバーさんはちらっと目を合わせ、流れるような動作でスッと、ターニャさんを秤の前へ指し示した。
「断ゎぁぁぁる!!」
年末年始は冷え込むようですので、皆様お体には気をつけて良い年をお迎えください。
来年もよろしくお願い致します。




