64 尋問
「こんにちは……ベルンからきましたアルトです。こっちは召喚獣バハムートのムートです。よろしくお願いします」
お話と言う尋問は、俺のぎこちない挨拶から始まった。最初はバハムート召喚の経緯などを説明した後、俺の素性、魔量の多さの謎、天属性の事、リエルとの関係などの質問を受けた。
ちなみにムートと会話できる人を確認したら、ムートを召喚する際に会場にいて、俺の黄金の魔力に触れた人がムートと会話が出来るようだった。
あの時会場にいたのは、俺・ソプラ・ミーシャ・ビオラ様・シアン・ヴォリオ様・その護衛騎士の2人・クジラが暴れた時に制止させようと会場に入ってきた警護の人5人の計13人。
護衛と警護の人達が各所に散らばり、質問に答えたムートの言葉を通訳をしてくれた。
さらに、黄金の魔力を出せないか、その場で検査や変な魔道具で試してはみたけど、結局なんも出なかった。
ある程度の質問が終わり、どれくらい時間がたっただろうか。窓の外をみると、日は傾き空には赤みがさしてきていた。
ムートは飽きて頭の上でウトウトしてるし、俺も緊張感が続いて精神的に疲れてきた。いつまで続くんだこの尋問……。
「アルトちゃんとバハムートも大分疲れてきたようじゃのう。アルトちゃんとバハムートの処置は、今後の国の在り方や国家間での問題にもなりかねんから、もう少し我慢してくれんか……」
チューバ爺さんが困り顔で俺を宥めてくる。俺とバハムートの処置だってさぁ……。
正直、色々な事聞かれたけど要はオプラートに包みまくって“こいつは利用できるかの品定め”って感じの物ばかりだった。
つまり国に不必要な危険物と認定されれば……。
「その処置ってのは俺を暗殺や死刑にするっていう話も含んでるの?」
『むっ? お前らはアルトを殺すというのか? それならば、それ相応の覚悟を持って挑む事だな』
俺とムートの発言により会議室の空気が一瞬でピンっと張り詰めた。誰もが黙り、怖い顔で俺を見てくる。
「あっ……やば」
疲れてきていたからかつい言葉に出てしまった。
「ホッホッホ、いやはや……アルトちゃんには悪いと思うが……その話は無いとは、言えないのう……。
なにせ伝説のバハムートじゃ、その気になれば国1つくらいあっという間に灰にできる。それをただの平民の女の子が使役しているとなると、貴族や隣国も黙ってはおらぬからのう」
チューバ爺さんは軽い口調で言っているが、目が笑ってないんだよなぁ。
「何度も言ってるけど、別に俺はムートを使って国や貴族をどうこうしようなんて思ってないよ。ヴォリオ様にも伝え許可も貰ったし。俺にはムートを帰還させるのは難しい、だからこの騒動の責任も取ってこの国で働いて、みんなを笑顔にすると誓ったんです」
すると、長いテーブルの真ん中付近で1人のおっさんが怒りをあらわに立ち上がった!
「何が責任取るだ! 小娘の口約束など誰が信じられるものか!
我々が手出し出来ないことをいいことに付け上がり、バハムートの力を使って好き放題やるのが目に見えておるわ!
平民が力を持つとだいたいロクでもない事になる! そうなる前に始末するのが他の国民の為だと思わないのか!?」
体格ずんぐり口髭もっさり貴金属ゴリゴリの、いかにも貴族です! って感じのおっさんは、声を張り上げ唾を飛ばし、大仰な身振り手振りで他の貴族や他国の偉い人をまくし立てている。
これはアレだな、平民の俺がバハムートの力で他の平民と競合して、反乱や革命を起こすのではないかと恐れている典型的なヤツだな……。
『やつはアルトが気に入らぬようだが? やつは焼いても良いだろう?』
「うーむ、あそこまであからさまに言われると流石に俺もカチンとくるわ」
ムートが目を覚まし、首を少し上げてそいつに睨みを利かせ、俺もこの可愛い顔で出来る、最高の睨みを効かせてみる。
「ぐぅ……」
俺とムートの魔力が高まったからだろうか、貴族のおっさんはたじろいだが、後ろに並んでいた護衛の人達の目の色が変わる。
「やめなさい、アルト。口酸っぱく言われてきた事忘れたの?」
腕を組んでこちらをジッと見下ろしてくるミーシャの声に、ピクッと反応する。
"強い力の使い方を間違えれば、周りの人を不幸にし、それはいずれ自身に降りかかってくる"
ベルンにきて魔法を習い、他の人より魔量が多く、色んなことを試して楽しくなって調子に乗ってきた時にミーシャに言われ続けてきた言葉。
前世で権力や金を持った大人が、それらを乱用して登り上がった人生を崩していくのを何度か見聞きしたこともあった。
自身はそうなるまいと、心していたつもりでいたが……いざ、力を持つと歯止めが効かなくなる事も身をもって体験した。
そんな時、ミーシャのこの言葉がグサリと俺に刺さった……。
ミーシャにとっては子供を躾る言葉だったかもしれないが、俺にはこの世界で調子に乗ることなく、己を戒める事が出来るようになった金言だ。
ミーシャの目を見てほのかに笑い、コクと頷く。ミーシャも口の端を軽く上げて答えてくれた。
でも、俺が我慢しても俺を良く思わない相手は何かしら仕掛けてくるだろう……。ここは一度釘刺しておかないといけない……。
「申し訳ありません、なにぶんまだ子供なもので感情的になってしまいました。何度も言いますが、俺は本当にムートを使って国をどうこうする事も、貴族にちょっかい出す事もしません。そこには何の利益もないからです。
なので、できればお互い不干渉であれば何事も起こらず平和だし、どちらにも利益があると思うのですが……」
これで多少こっちの言い分を聞いてくれると有り難いんだけど……。
「何を馬鹿な事を!! さっきの魔力の高鳴りを見て信じろだと!? 力任せに交渉を進めようなど、小娘がどれだけ……」
やっぱりだめか……平民の言い分が通ることはないのだろうか。
しかし、奥の方から低くよく通る声が聞こえてきた。
「もうよい、私が許可する」
「え!?」
「陛下!?」
いままで沈黙していたヴォリオ様が口を開く。
「正気ですか!? こんな小娘の……」
「不服か?」
ヴォリオ様の低く、ドスの効いた声が異議を唱えた貴族に向けられる。それ王様が出していい声なん? どっちかというと、任侠ものの組長みたいな声ですよ?
「いえ……取り乱しました、申し訳ありません」
ドスの効いた声にすっかり意気消沈してしまった貴族のおっさんは、ヘナヘナと着席する。
「しかし、バハムートを何の制約も無く野放しにするのもな……ここはひとつ……制約の書をここに……」
「はっ……はい! 直ぐにお持ちいたします!」
ヴォリオ様の後ろにいた使用人みたいな人が慌てて退室して、しばらくした後一冊の薄いノートみたいな本を持ってきた。
なんだろうと見ていたら、チューバ爺さんが説明してくれた。
「これは制約の書といって、コレに誓いを立てた者が誓いを破ると、魔力の炎が上がって誓いを立てた部分が燃え尽きてしまう物なのじゃ。普通、国家間での協定などに用いる高価な魔道具なんじゃよ」
「へぇ……」
ヴォリオ様が魔力を込めるとペンが魔力に反応して青白く光る。そのままペンを走らせ、青白い文字で制約内容を書き込んでいく。
『アルトはバハムートを使い、国や貴族への反逆、革命、侵略等の行為を禁じる。又、署名した者はバハムートへの過度な干渉を控える事とする。この内容に反した場合はその命を持って償う事を誓う』
ヴォリオ様が制約内容を全員に見せ、奥から順に同意のサインが書かれていく。最後に俺の前に本が置かれヴォリオ様が口を開いた。
「アルトよ、この制約の書が炎に包まれたとき、その命を持って償うことを誓うか?」
ヴォリオ様が真剣な表情で俺を見てくる。オーラというか圧力が半端ない、ヴォリオ様の威厳がピリピリと伝わる。
「ムート大丈夫か?」
これは俺とムートに対しての制約だ。一応確認する。
『我はこちらの生活が楽しめれば何でも良い』
あぁ、そうですか……まぁ、そい言うなら大丈夫か。ムートが暴走しないように管理しなきゃな。
「……はい、誓います!」
俺がペンを持ちサインを書いたら、本全体が輝き出し制約が完了した。おぉ、ファンタジーっぽい。
「この娘とバハムートは誠意を示した、皆もコレで良いな」
全員無言でうなづき同意を示す。
「うむ、これで制約は完了した。皆ご苦労であった。この制約がより良い国の発展へつながることを願う」
ヴォリオ様がこの尋問を締めて、席を立とうとした所で、何か思い出したようにこっちを見て席に座り直した。
「1つ忘れておった。アルトとバハムートよ、そなた達は先程、“責任を取る”と言っておったな」
「えっ? はい。今回の王前の儀での騒動の責任は出来る範囲で取ります。死刑というのは勘弁願いたいですが……」
両肘をつき手を組んで口元にあてがい、こちらを睨んではいるが、何処と無く笑みを隠しているような感じがするのは気のせいか?
「ふむ……ならば今回破壊した会場の修繕費用を負担してもらおうか」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
ヴォリオ様の発言に俺とソプラ以外が、ギョッとした目つきでヴォリオ様を見る。
修繕費用か……まぁ、壊してしまったものは仕方ないから……って、ちょっとまて。アレの修繕費用だと!? いったいくらいかかるんだ!?
冷や汗が背中をツーっと伝い、ぎこちなく返事を返す。
「は、はい……できる限り頑張りますが……ざっと修繕費用は……いかほどになるのでしょうか?」
結構な修繕費用がかかるだろうな……白金貨100枚とか、ぶっ飛んだ金額とか絶対無理。まぁ、平民の女の子にそんな馬鹿げた事は言ってこないだろう。
俺は息を呑み、ヴォリオ様の返事を待った。
「白金貨10,000枚くらいだろう」
ヴォリオ様はサラリと、とんでもない金額を告げてニコリと笑った。




