62 長かった1日
「ただいまぁ〜」
「ただいま〜。あー疲れ……」
「アルトちゃん! ソプラちゃん! よかったー! 生きてた〜!」
「「グフゥ!?」」
俺たちが宿に帰ると、ユーヤさんが涙目になりながら両手を広げ、低いモーションからの高速タックルをぶちかましてきた。
あまりの衝撃に2人とも尻餅をついてしまう。しかし、中々いいタックルだった、世界狙えるぜ。
「会場の方で凄い大きいドラゴンが見え……て、踏み潰されて無いか、2人に何か……あったのかって……お父さんと心配してたんだよ!! とにかく……無事でよかったよおおぉ」
ユーヤさんはしどろもどろになりながらも、そう言って俺とソプラをぎゅっと抱きしめ、腰あたりに顔をグリグリと擦り付けてきた。
「ユーヤさん!? ちょ! 心配してくれたのはいいけど一旦離れて! 鼻水とか涎とか凄い事になってるからぁ!!」
「心配してくれたんですねユーヤさん……ありがとうございます。なんとか無事でした」
俺はユーヤさんを引き剥がそうとしたが、ソプラは優しく頭を撫でて微笑んでいた。その横顔は慈愛に満ちていて、まるで天使がいるかのように輝いて見えた。
本当可愛いなぁ……ってちょっと待って? 抱き締められているユーヤさんの腕、本当剥がせないんだけど? アレ? ユーヤさん?
「あのぉ……オレの心配は無いのでしょうか……」
「ふふふ、ユーヤの心配性はいくつになっても治らないのね」
後から入ってきたドーラとミーシャがユーヤさんをみて、それぞれの反応を見せる。
「おぉ!? 無事だったみてぇだな!? 突然、凄えカミナリが鳴ったかと思って外出てみると、見たこともない程のでけぇドラゴンが会場の方にいるじゃねぇか! 流石にこの世の終わりかと思ったぜ!! そんで、しばらくしたら空に飛んでっちまったみたいだけど、ありゃ一体何だったんだ!?」
サコさんが前掛けで手を拭きながら奥から出てきた。
「ミーシャ……?」
バハムートの事を喋ってもいいものかわからず、チラッとミーシャを見て確認を求めてみる。
「構わないわ。それに、ちゃんと説明しないとそれ離れないわよ」
ミーシャがクイクイとユーヤさんを指差す。そだね……ソプラに頭ナデナデされて気持ち良さそうにしてるけど、腕はガッチリホールドしてあり全く離れない。早く事情を話して解放された方がいいみたいだ……。
* *
「……っと言うわけで俺の召喚獣となった『ムート』です。今は無害だから安心していいからね」
『うむ、よろしく頼むぞ』
食堂の椅子に座り、王前の儀で起こった粗方の説明を終えて、相変わらず俺の頭の上にいるムートを紹介した。
「…………」
「…………」
あれ? サコさんもユーヤさんも説明終えたけどピクリとも動かない。
「あのー?」
とりあえず、手を2人の目の前で降って反応を見てみる。すると2人ともハッと意識が戻ってきてくれた。
「はあ〜ソプラちゃんのゴールデンクックでも驚いたのに、バハムートだなんて……今目の前にいるけど、まだ信じられないよ……」
「何かやらかしてくるのを期待してたが……ここまで規格外だとは思ってもなかったぜ……」
どうやら話した内容がぶっ飛びすぎていて、頭が追いついてきていなかったみたいだ。ちなみに、2人ともムートの声は聞こえないらしい。
「一応この事は内密に……」
人差し指を口にあてながら、騒ぎになるといけないので一応広めないように口止めしておくようにお願いする。
「内密とか無理だろう? あんなに目立ってたし。ただまぁ、こんなに小さくなっちまえば一般人はわからねぇか……」
「ふふ、こんなに可愛いバハムートなんて、話しても誰も信じないよね」
サコさんは呆れ顔で、ユーヤさんはにこやかに了承してくれた。まあ、この2人ならばらす事は無いだろうけど……。
……ギュゴゴゴゴゴ!
……グルッグウウウウウ!!
食堂に突然鳴り響く変な音!!
そうです、俺の腹の虫です。なんか気が緩んだら猛烈に腹減った。
「がははははは!! 腹減ったんだな嬢ちゃん達!! すぐに作ってやるから待ってな!!」
「はい……お願いします」
めっちゃ恥ずかしい……やっぱ召喚に魔力使ったからかなぁ? ミーシャとの魔法訓練の後もめちゃくちゃ腹減るもんなぁ。それでも、今まで聞いたことのないような腹の虫だった。
ん? 嬢ちゃん達? サコさんの言葉を思い返して、ふとソプラを振り返って見てみると。顔真っ赤にしてプルプルしながらうつむいてた。
俺でこんだけ腹へってんだからソプラもお腹空いてたんだな……ってソプラの腹の虫も鳴ってたんかい! 俺と一緒で盛大な腹の虫聞かれて恥ずかしかったんだね!? そんな所も可愛いです!!
ソプラを慰めようと下心丸出しで抱きしめようとした時……。
『クックー!!』
「うわっ!」
「えっ!? クーちゃん?」
ソプラの膝の上にいたゴールデンクックのクーちゃんが、羽をバタつかせてテーブルの上に乗っかっり、高らかに叫ぶ!
『クックゥー!!』
スポポポポポポポポポン!!
「「「「うええええええええ!?」」」」
叫びと共にクーちゃんが勢いよく卵を産み始めた! 俺とソプラとユーヤさんとドーラが、慌ててテーブルから落ちそうになる卵を次々とキャッチする!
卵はニワトリのL玉くらいの大きさで、ツヤツヤしてほんのり温かく、見た目より重みもあった。
あれ? クーちゃん雄鶏じゃないの? 立派なトサカあるよね? というか、その体のどこにこれほどの卵が入ってたの?召喚獣ってファンタジー!
ユーヤさんが蔦で編んだバスケットを持ってきてくれて卵を入れると、どう見てもクーちゃんの体積の2倍くらいの量があった。
『ゴールデンクックのデコエッグか、美味いぞ。1つ食わせろ』
頭の上から首をグイッと伸ばして、ムートが卵を催促してくる。
「えー? 食べていいのか?」
「大丈夫だろう。しかし、産みたてのゴールデンクックのデコエッグとは、こりゃ凄え食材だな! 腕がなるぜ」
サコさんが卵を1つ摘みマジマジと見ながら唸っている。クーちゃんは卵を産み終えて満足したのか、再びソプラの膝の上にちょこんと座っている。
「サコさん、デコエッグって何? 普通の卵じゃないの?」
たまにベルンでもモズクックやミリクックの卵は市場で見るけど、採取に行った事ないからその辺よくわからない。
「クック種は基本的に戦闘は不向きで弱いからな、繁殖時期以外は気性も荒くはない。だから普段、敵に襲われた時は囮になる卵を産み、それに気を取られているうちに逃げるんだ。それと森に入ると、たまに木の下に無造作に卵が転がってるだろ? あれは巣に近づけさせないよう、少し離れた所に適当に生み落とされているやつさ。デコエッグはちゃんと囮になるように栄養も豊富で美味いんだぞ」
「へぇ……なるほど。でもなんで急に産み出したんだろう?」
「さあ? なんか身の危険でも感じたんじゃねぇのか?」
「うっ……」
振り返るとソプラとミーシャとクーちゃんがジト目で俺を見ている……。
やめて! そんな目で見ないで!
とりあえず、デコエッグは味見の為にシンプルにゆで卵にしてみんなで食べてみる事になった。
殻を剥いたゆで卵はピカピカのツヤツヤで弾力もあり、ほんのりと上がる湯気とほのかな香りが食欲をそそる。美味そうだ!
「「「「「「天に召します食の神ターカ様よ、命あるものの糧をこの身の血肉と変え、生きる事に感謝を捧げます」」」」」」
まずは何もつけずにそのまま食べてみる。
ぱく……。
「「「「「「!!」」」」」」
「なんだこれ!? うっめー!!」
「本当! おいしー!」
「……うっま!」
「こんな美味しい卵始めて食べたよ!」
「う……うまい!!」
「濃厚でいて舌の上でとろける様な深い味わいは他のクック種の卵とは段違いだ!!」
みんなクーちゃんの卵の味に大絶賛の嵐だ! これ程の卵は前世でも食べた事がない。いや、本当めちゃくちゃ美味い!
ムートもゆで卵を尻尾で器用に弾いて、ニコニコしながら何個も食べていた。
その後、サコさんが卵をふんだんに使って豪勢な食事を作ってくれてた。腹も満たされ、疲れていた俺とソプラは食堂の椅子に座ったまま突然やってきた睡魔に襲われテーブルに突っ伏していた。
薄い意識の中、近くでムートとミーシャが何か難しい話をしてたみたいだけど、会話内容は全然頭に入ってこない。
そして、普段より強い睡魔は、そのまま俺を深い深い夢の中にひきずりこんでいき、長くて濃い1日は終わりをつげたのだった。




