61 君の名は
まだ混乱の収まらない中、王前の儀が終わり、俺たちは一度宿まで戻る事にした。
比較的無事そうだった控え室に入るが、バハムートのせいであちこちに亀裂や崩れた所があり、召喚時の衝撃を物語っている。
「とりあえず馬車の手配をしてくるわ。少しでも身を隠して帰らなきゃ、どうなるかわからないからね。アンタたちはその場で待ってなさい」
「「うん、わかった」」
ミーシャが俺とソプラの身の安全を考えて護衛付きの馬車の手配に行ってくれた。
「はぁ〜なんだか凄い事になっちゃったね。話を聞いてもまだ信じられないよぉ」
「元は俺がソプラを助ける為に勝手に飛び出した結果だからね……まぁ、仕方ないよ」
控え室に戻る間にソプラには気を失っていた時の事を伝えた。ソプラは目をパチクリさせながらバハムートを見ていたが、通常の大きさを見ていないし今が小さいのもあり、どうもそこまで凶悪そうなイメージがわかないらしい。
バハムートも一度戻って見せてもいいと言っていたが丁重にお断りした。あんな姿に戻られてたまるか!
「うぅ〜またアルトちゃんに助けられた……召喚獣と一緒にアルトちゃんを助ける側になろうとしたのに。気を失っているうちに、もっと凄い召喚獣を召喚してるなんて……これじゃ前と変わらないよぉ……」
『クックゥ?』
ソプラがうつむきながら頰を膨らませ、ニワトリがそれを不思議そうな様子で見ている。
どうやら日頃、俺に世話になりっぱなしだと思っていて、召喚獣と一緒に俺に楽させたいと思っていたようだ……。
くぅっ!! なんだろうこの、小さな娘がお父さんの事を思って頑張った姿を見せる的な、心を貫きまくるキュンキュンとした感情は!!
たまりませぬ!! そんな背伸びせずとも俺が守る!! 頑張った姿を見せてくれるだけで、俺はもう一生分の労働対価を頂いたようなものです!! 大好きだぁ!!
『何を訳の分からん事をぶつぶつ言っておるのだ? 気でも狂ったのか?』
「黙ってろ! お前にこの尊さがわからんのか!!」
ソプラの発言に胸を押さえてプルプルしながら、悶え死にそうになるのを堪えていたら、バハムートの発言で一気に現実に帰ってきた。なんて事しやがるこんちくしょう!!
「でもソプラも凄い召喚獣じゃん! ゴールデンクックだっけ? 可愛いし有能そうだし俺もそんな召喚獣がよかったなぁ」
「そんな事ないよ! バハムートの方が凄い召喚獣じゃない! 凄いのはアルトちゃんだよ!」
「でも、過去に大飢饉を救ったゴールデンクックと、青目の魔女を退けたバハムートだけど、この平和な世の中に必要なのはどっちかって言うとゴールデンクックの方だよ」
『アルトよ、我が不服と申すか?』
バハムートが眉間にしわを寄せた顔を近づけてくる。
「不服かどうかはわからないけど、正直今の戦いもない時代ではゴールデンクックの方が有能かもしれないって言ってるだけ。お前は戦闘以外は何ができるんだ?」
『ぐぅ……』
バハムートが苦い顔しながらそっぽを向く。こいつ本当に戦闘以外何も無いのか? 力はあっても使えないバハムートかぁ……本当帰ってもら……。
『それを見つけるのが主の仕事だ! 我ができないのではない、主が我を有能にするのだ! そうだ! それで行こう!』
俺の心を読み、慌てるバハムート。どうやら使えないとは言われたくないようだ。そりゃそうだろな、使えないとなれば俺が殺されるかなんかして、異世界ライフもおしまいだもんな。
俺が呆れた顔でバハムートを見ていたら。
「アルトちゃん、さっきから召喚獣の事お前とか呼んでるけど名前つけないの?」
『クックゥ』
「え?」
確かに召喚獣には皆名前を付けている。名をつける事で主従関係が明白になり、召喚獣との信頼関係にも関わってくるそうだが、召喚学的根拠は何もないそうだ。
「そうだなぁ……唐突に召喚したし、ドタバタしてたから考えてなかった……ソプラはもう召喚獣のニワトリに名前付けたの?」
何も思いつかなかったから、ソプラの召喚獣の名前を聞いてみる事にした。
「うん! この子はね、ゴールデンクックの『クーちゃん』可愛いでしょ?」
『クックゥ❤︎』
ソプラはクーちゃんを俺に見せつけるように、ずいっと両手で持ち上げドヤ顔を見せる。
「ぐふぅ!!」
「え? どうしたの? アルトちゃん!? きゃあ! 大変! 鼻血出てるよぉ!?」
あまりの可愛さに鼻血出しながら膝から崩れ落ちてしまった……。もうさっきからご褒美ばっかです、ありがとうございます。
ソプラの治療魔法を受けながら伏せていたら、バハムートがコンコンと頭を小突いてくる。
『アルトよ、我の名は何にするのだ?』
「え? バハムートはバハムートでいいんじゃないの? 自分で名乗ったじゃん?」
ソプラの治療魔法が終わり上半身を起こし、バハムートが頭の上から目の前に移動する。
『確かに我は龍神バハムートと名乗っているが、実際は名ではなく種族名だ。アルトを人間と言っておるのと変わらぬ。まぁ我は一個体しかおらぬので困ってはいないがな』
「へー、そうだったんだ。でも名前かぁ……考えてなかったなぁ……」
召喚試験前はあれこれ考えてたんだけど、ほとんど牛型の召喚獣の名前を考えてたんだよなぁ。
「なら、前考えていた名前で……『アカベコ』はどうだ?』
『我は赤くないぞ? それにベコという響きが嫌だ』
「じゃあ、『モウ太郎』は?」
『良いのか悪いのかよく分からぬが、何となくやめた方が良いと感じるぞ。他に良い名はないのか?』
中々注文の多いやつだな……名前の拒否してくる召喚獣なんて普通いないんだよ!
「じゃあ、バハムートって名前から取って『ムート』でどうだ!? シンプルイズベストってやつだ!」
『まぁ、先程までのよりはマシだな……『ムート』か……フフン、中々気に入ったぞアルト。我は今からムートだ!』
やっと気に入ったようで、得意げな表情をしている。やれやれだ。
「じゃあ、改めてムートこれからよろしくな!」
『うむ、よろしく頼むぞアルト』
俺が握手しようと手を出すとムートは尻尾を掴ませてきた。これがバハムート流握手なのだろうか?尻尾は結構ひんやりして気持ちよかった。
コンコン
「ソプラ、アルト、馬車の手配できたわよ。先に馬車に乗って待ってなさい」
閉まらない扉がノックされ、ミーシャが戻ってきた。
ソプラと一緒に馬車に移動してしばらく待っていたら。
扉が勢いよく開き涙目のドーラと召喚獣が転がり込むように入ってきた。
「死ぬかど思っだ! じぬがどおもっだー!! アルドーでめえー!!」
『ギュー!』
俺の胸ぐらを掴みガクガクと揺さぶってくるドーラ。よほど怖かったのだろう、顔も服も涙と泥でぐちゃぐちゃだった。
うん、よく生きてたね。ごめん、すっかり忘れてたよ。
慌ただしい馬車の中、俺たちは一時宿に帰るのだった。




