57 リエル再び
『ほう、あれを正面から耐えるのか。人族にしては中々ではないか』
全力爆逃げの最中、バハムートが頭の上で、ヤバイ人に賞賛を送っている。そんなもん送ってないで早くどうにかしてほしいんだけど!?
めちゃくちゃ怖いんですけど!? さっき叫んでるの聞いたから、どうやら俺に恨みがあるみたい。
俺、人の恨みを買うような事なんて……ダメだ……心当たりが多すぎて見当つかねぇ!!
悪戯と称しておしりを触ったら、ビックリして肥料に突っ込んだ商人のお姉さん!?
トウガラシ粉の蓋が中々開かず、力任せに開けたら飛び散って、それが目に直撃した、炊き出しを手伝いに来てくれたお姉さん!?
シーラに色目使っていた所に背後から、千年殺しをぶちかましたおっさ……いやこれは違うか。
『お主……』
バハムートが呆れたような目で俺を見てくる。そうだ、コイツ心読めるんだった!! もうやめて! プライバシー侵害反対!!
「とっ……とにかくだ!! あの人なんとかして!! 俺が死んだら強制帰還なんだろ!?」
『ふむ、それもそうだな。どれ、今度はもう少し強めに……』
バハムートが今度はテニスボールくらいの火球を作って……。
「ちょっと待ったぁ!? その魔法以外のやつないの!? さっき以上のやつだと完全に会場が崩れちゃうから、他のでお願い!!」
慌てて待ったをかける! あれ以上のやつは洒落にならん!
『むぐ? ゴクン……我はこれ以外はほとんど使わぬがダメなのか?』
出した火球を飲み込んで、しれっと言い放つバハムート。
「ダメだ!! 使えねぇ!! こんちくしょう!」
後ろを振り返ると、ヤバイ人がすぐそこまで迫っていた!
「ゴロズ! ゴロズッ!! ゴロズッヴアァアー!!」
いやぁぁああああ!! さっきより目がイッてらっしゃる!! ダメだ!! 捕まったら死ぬ!! この使えないバハムート諸共この世からおさらばしてしまう!!
ヤバイ人は発狂しながら左腕をグルグル振り回し、勢いよく手を前に突き出すと、空中に無数の土槍が展開され、一斉に射出されてきた!
「ギャー!! 死ぬぅ!!!!」
あれはヤバイ!! 串刺しどころか当たったら粉々の肉片になりそうなやつだ!!
『撃ち落とすまでも無い……フンッ!!』
バハムートが頭の上でギュルッ! と一回転して尻尾を横薙ぎに払うと、突風が生まれ、土槍がまるで枯葉が強風に煽られたかのように横にそれ、全て壁に激突して無力化した!
「ウァッアッツ!! 人の頭の上でそんな速度で回転するな! 摩擦熱で禿げるからやめて!! でも、助かった! ありがとう!」
ついでに強風でヤバイ人の足止めもできた! このまま逃げようと正面を向いた瞬間!
「フベェ!!」
目の前になぜか壁があった!! 会場の壁じゃなく、今魔法で作られたような壁だ! ぐおぉぉお……顔面モロに……。不意を突かれ、あまりの痛さに尻もちをついてしまう。
『アルト! 来たぞ!』
「キヒャハハハハハハハハハァア!!!!」
ジンジン痛む鼻を抑え振り返ると、ヤバイ人が奇声を上げながらダガーを逆手に持ち、歪んだ顔で飛び掛かってきていた!
ダメだ! 動けない! 殺られる!!
狂気のダガーが目の前に迫り、再度死を覚悟した時!
ガキィィィイン!!
「アルト……帰ったらお仕置き3倍だからね」
そこにはいつも頼りになる、オネエ言葉の男が振り下ろされたダガーを左腕のコテで受け止めていた!
「ミーシャ!! ありが……って3倍!?」
ミーシャさん! 助けに来てくれたのは嬉しいのですが、お仕置き3倍は間違いなく死んでしまいます!
今は助けるけど後で殺す……と言われているような物です! 俺は今日何回死にかければいいのでしょうか!?
「グァァァ!! ジャマ! スルナァァァア!!」
奇声と共にダガーに力が込められ、金属のコテがギリギリと鈍い音を立てる!
「やっと尻尾を出したわね、リエル! ……アルトは殺させないわ!」
自身の名を呼ばれ、リエルが一瞬硬直し、僅かな隙が出来る!
すかさず、ミーシャが右手で詠唱を終えていた魔法を解き放った!
「……全てを呑み込み荒れ狂え!! アクアヴォーテス!!」
「グゥ!?」
巨体な水の渦がリエルを飲み込んで、後方に一気に弾き飛ばした! しかし、リエルも瞬時にバックステップをして勢いを殺しているようだ!
そうだコイツあの時襲っってきたヤツだ! あまりに変わり果てた風貌と奇声で気づかなかった……。でも、あんなに顔酷かったっけ!?
痛む鼻を抑えながらそんな事考えていると。
「アルト、その頭のは大丈夫なの!?」
リエルから目を離さず、予備のショートソードを構え直し、睨みつけながら背中越しに質問してくる。どうやらバハムートが無害なのか心配なようだ。
「あっ……うん大丈『いきなり横から出てきおって! 邪魔するな!!』夫……俺が返事してんでしょうがぁ!! コラァ!!」
「はぁっ!? 喋った!?」
ミーシャがバッ! と振り返り、目を見開いてビックリしてる。うん、そんな顔初めて見たよ、やっぱミーシャも驚くんだね。
「ってミーシャ! 前! 前!!」
「!?」
体制を立て直したリエルから、さっきの倍はある土槍が放たれて迫っていた!
「クッ!!」
ミーシャは焦りながらも数多の土槍をいなしたり、ショートソードで叩き割っていく!
さっきの水魔法の影響か、少し水気を含んだ土槍は、スピードと鋭さは格段に落ちているが、数が多く止め処なく方向を変えて放たれてくる為、捌くのでいっぱいいっぱいのようだ。
『ふむ、中々やるな』
「余裕ぶってないでアイツをなんとかしてきてよ!!」
俺の召喚獣なんだろ!? 頭の上でのんびりしてないで、こんな時に働いてくれ!!
『そう言うが先程、我は戦闘はしないと言ったでは無いか。お主さえ守ればいいだけだからな』
「いや、そりゃそうだけどさ……リエルはさっき俺を殺そうと襲いかかってきたでしょ!? 今なんとかしないと、また襲われるかもしれないじゃないか!? そうなると安心して寝れないし、寝不足が祟って早死にしちゃうかもしれないぞ!?」
『む!? それはいかん!! ……よし、少し待っておれ! ふんっ!』
ビュオ!!
そう言って背中の小さな羽をバサリと羽ばたき、あっという間にミーシャの脇と土槍との間を器用にすり抜け、リエルとの距離を詰める!
それに反応したリエルから、更に速度を上げた土槍が放たれるが、それも羽を使い加速しながら交わして行く!
そして、その勢いのまま尻尾でリエルの顔面を……バカン!! と粉々に粉砕した!!
『む!?』
「いぃい!? っちょ!? やり過ぎぃ!!」
尻尾の一撃で首より上が無くなってしまった途端、リエルの土槍の射出がピタリと止み、そのまま力なく前に倒れこんだ。
ガシャン!!
倒れたリエルはまるでガラスを落とした時のように、高い破砕音を立てて砕け散ってしまった。
「え? 体が……? 偽物!?」
とても生身の体とは思えない音がして砕けた体は、サラサラと土へと変わっていった。
「ふー。逃げられたようね……でも助かったわ」
パタパタとこっちに帰ってくるバハムートを見つめ、軽いため息と共にショートソードを鞘に戻す。
「ミーシャ……リエル逃げたの?」
「えぇ……さっき壊したのは変わり身の土人形よ。足元に穴があるでしょ?襲ってくる魔力の気配も無いし、あそこから逃げたのよ」
リエルがいた足元を見ると、確かに50cmくらいの穴があった。あの一瞬で穴掘って逃げたのか? もしくは先に掘ってあったのか? 既に逃げてしまったのでどっちなのかはわからないが、とりあえず死なずに済んだようだ。
『すまぬ、逃げたようだ』
「いや、助かったよ。ありがとう!」
戻ってきたので両手を広げて受け止めようとしたが、バハムートは再び俺の頭の上にちょこんと着頭する。
「あのさ……居場所って頭の上じゃないとダメなん? 不思議と重くは無いけど」
『ここが一番乗り心地が良さそうなのでな』
「そうですか……まぁいいけどさ」
バハムートの居場所について問いただしたいが、ドッと疲れたので後回しにした。
「色々気になることが盛沢山だけど……とりあえず、大変な事になったわね……これどうしようかしら」
ミーシャが背筋を伸ばして周りを見渡す。見るも無残に崩れた会場、観客は大分落ち着いたがまだ一部で騒いでいる人もいる、何より王前の儀がめちゃくちゃになってしまった。
本当、どうしましょうかねぇ……。




