53 ソプラの召喚獣
ソプラの魔獣召喚が始まった。
さっきまで苦しそうな感じだったけど、声援が届いたからなのか、こっちを見て少し和らいだ表情が見えた。
そんな愛しのソプラが行う、魔獣召喚儀式を見たいのですが、今俺の目の前が真っ暗なんです。
何故かと言うと……。
「お・ま・え・は・本・当・に……」
「すいませんでした! すいませんでした! すいませっんし……ガァァァァァ!! あああっ……頭割れるぅ!! ミシミシ言ってるってええぇえ!!」
ミーシャより万力アイアンクローの、絶賛お仕置き祭り開催中です。
いや、これ頭蓋骨粉砕されますわ。完全に亡き者にされるコース一直線です。うふふ、なんか痛すぎて感覚なくなってきたよ。
ドーラよ、召喚獣と泣きながらビグビグしてないで、俺を助けてはどうだろうか? 死にかけの美少女を助けるシュチュエーションなんて、中々無いんだぞ?
今なら助けてくれたご褒美に、大サービスで熱い抱擁と、頰にキスくらいしてやるぞ? どうだ? 素晴らしいとは思わないかね、ん?
てか、そろそろ限界です……本当に誰か助けて下さい、お願いしま……す。
声も出ない程に締め上げられた頭部から、胴体が力無くプラーンと垂れ下がり、俺の2回目の人生はこれにて幕を閉じ……。
「やめんか! バカタレ!」
「!?」
突如かけられた声にミーシャの手が緩み、俺は椅子に落とされ、解き放たれた。
「チューバ先生……」
「全く……加減を知らんのか?」
「いえ……申し訳ありません。つい、カッとなって……」
どうやら俺を助けてくれたのはチューバ爺さん……いや、チューバ様みたいです。本当ありがとうございます! 本当ありがとうございます!!
「ぐがぅう……本当に、死ぬかと思った……チューバ様……ありがとう……ございます」
「ほっほう! アレを受けて、まだ生きとるとは! アルトちゃんは丈夫じゃのう!」
「死んだと思ってたんかい! ……っぐぅう!!」
何を生き生きとした表情で、嬉しそうにしてんですか!? 大声で突っ込ませないでくれ! 余韻で頭が割れそうなほど痛い!!
頭を抱えて、星が飛び交う目の前にチューバ爺さんが歩み寄る。
「ホッホッホ、それくらい元気なら骨は大丈夫そうじゃな……ホレ」
チューバ爺さんは手で優しく、俺の頭を撫でてくれた。すると、さっきまでの痛みが、何事もなかったようにスーと取れた。
「ふぁ!? へぇ!? あれ? 痛くない?」
「ホッホッホ、いい声援じゃったぞ。しかし、ほれ、見なくて良いのか? ソプラちゃんの召喚が始まったぞ」
「はっ!! そうだ!! ソプラ!!」
チューバ様が指差してソプラの魔獣召喚が始まった事を教えてくれて、慌てて椅子から立ち上がり、ソプラを見る!
ソプラが召喚魔石に両手を当てがい、詠唱を終えて、光の魔方陣が展開されようとしたところだった。
直径5m程の複雑な光の魔方陣が召喚魔石を中心に広がっていき、魔方陣の各所から色取り取りの光の粒子が出てきて、魔石の上に渦を巻きながら集まっていく。
それは昼間なのに、やけに幻想的で、さっきまでざわついていた観客も息を呑むように見入っている
光は次第に混ざり、輝きが大きくなっていき、ひと塊りになり。はち切れそうに震えだしたかと思った瞬間、一瞬だけキュッと圧縮された後に、パン! と目がくらむ程のまばゆい光を発しながら、魔方陣と共に弾け飛んだ!!
「「「「「うぉおおおおおおぉおおおおおおお!!!!」」」」」
召喚と共に、観客の歓声が爆発し、ソプラの召喚獣の姿が露わになる!!
「……ミリクック??」
魔石の上には、ちょこんとお座りしている、毛並みの綺麗な体長50cmくらいのニワトリがいた。
「はあ……? あれミリクックじゃねぇか?」
「あんな派手な召喚だったのにミリクックって……」
「ミリクックにしても小さすぎじゃねぇか? ありゃ完全に召喚失敗だわ……」
「でも、なんかトサカの色違くね?」
「ん? おい……ちょっとまて? ……まさかアレ…………」
大歓声から一転、不穏なざわめきが会場を埋め尽くしていく。ソプラもミリクックと思ったのか、顔が真っ青になり、その場に座り込んでしまった。
「え? なんでミリクックが? ねぇ、あれ失敗なの? ……ミーシャ……あれ? チューバ様?」
どう言う事かわからずミーシャを見ると、口が半開きで目を見開いて固まっている。チューバ様も同じように固まっていた。
おいおい、その反応って事は失敗なのかよ! そりゃミリクックなんて、食卓の定番みたいな、ありふれた魔獣だけどさ……。
ミリクックはモズクックよりもう一回り小さい魔物で、温厚で比較的捕獲や借りがしやすい、ニワトリに似た魔物だ。
俺が失敗なのかとガッカリしていたら。
「……ゴールデンクックじゃ……」
「えぇ……間違いありません。本物でしょう」
「え?」
突如フリーズが解けたチューバ様とミーシャが興奮の目付きに変わる。すると、さっきまで怯えて震えて固まっていたドーラが、跳ねるように立ち上がった。
「今ゴールデンクックって言いました!? クック種の中での最上位で、600年前に国が滅亡しかかった大飢饉をたった1匹で救った伝説の超超超希少種ですか!?」
お……おおぅ。めっちゃ詳しいやん、どしたん? なんか、お目目キラキラしてんぞ? あのニワトリそんな凄いの?
「そうね、間違いないと思うわ。あの纏う魔力と毛並み、伝承通りね……」
「わしも本物を見るのは初めてじゃが、あの黄金のトサカは間違いないわい。いやはや、こりゃまた凄いのを召喚したのう……ホッホッホ」
どうやらもの凄い召喚獣を呼び出したのは確定っぽい! やったなソプラ! 今までの努力を側から見ていたから、胸の奥から熱い気持ちが溢れ出てくる!
「ソプラやったーーー!! 凄い! 凄い!! 凄ーーーーーい!!!」
興奮しすぎて語彙力崩壊してるけどもう凄いしか出てこない! おめでとう!! ソプラの努力した成果が実を結び、俺も自分の事のように嬉しい! うぉー!!! 最高だーー!!!!
その後、召喚獣はゴールデンクックというアナウンスが会場に流れ、観客も大歓声を上げソプラを祝福してくれた。
国王陛下もソプラに何か言ってたけど、遠くてここまで聞こえなかった。ソプラの顔を見ると笑顔だったからお褒めの言葉でももらったのだろう。
笑顔になったソプラの元に、ゴールデンクックがバサバサと飛んできて、ソプラが両手で優しくキャッチした。そのまま、モフモフしながら赤絨毯の上へと戻って行った。いいなあれ、あとで触らせて貰おう。
そして、次にシアンとビオラ様の召喚だったのだが一言で言うと圧巻だった。
歓声も演出もソプラの時とは桁外れに凄かった。
シアンの時は、主に男の野太い声が会場を埋め尽くし、会場のあちこちに魔石の光が明滅して、文字や絵が表示される。さながら、人力電光表示板! あれ、すげぇ……どんだけ練習したんだろう。
シアンの詠唱が終わるとソプラより大きな魔方陣が広がり、青色を主とした光の粒が魔石の上に集まっていく。
そうやって召喚された、召喚獣は体長5m程の鮮やかな緑色のクジラだった。アンフィビィアンホエールと言って水陸両用のクジラだそうだ。体には水の浮き輪みたいなリングが3つくらい付いていて、尾びれで立つようにその巨体を持ち上げいる。
ちなみに、チューバ様曰くまだ子供だそうだ。大きくなったらどれ程になるのだろうか……。
そして、大トリはビオラ様だ。黄色い大歓声と音楽が鳴り響き、至る所に垂れ幕と国旗がはためく。名前を呼ばれると花火が上がり、観衆に応えるように、ビオラ様が手を上げると、会場全体が揺れる程の声にもならない歓声が上がる。
しかし、魔石の前に立ち、召喚を行う際は水を打ったように静まり返って見守っていた。
そんなピンッと張り詰めた緊張感の中、召喚の詠唱を始める。三人の中で1番大きな魔方陣が展開され、多色な光が複雑に混ざり合っていく!
光が解き放たれた瞬間には突風が吹き荒れ、目も開けられなかった!
目を開けて見ると、ビオラ様の召喚獣はなんと! 国王陛下と同じホワイトドラゴンだった!
体長は3m程とまだ小さいが、その眼光は鋭く、大トリに相応しい召喚獣となった!
今回一番の歓喜が会場を埋め尽くす!
「流石ビオラ様だ!」
「ホワイトドラゴンだ!! 次代を担う召喚獣だ!!」
「ビオラ様!! 素敵ー!!」
ビオラ様を讃える声が途切れる事なく続き、そのまま王前の儀は閉式になりそうだった。
召喚を終えて、ビオラ様も国王陛下も何処と無く安堵した様な表情で、お互いを見つめ合っていたのが印象的だった。
ソプラも無事、激レア召喚獣を呼び出せたし言う事無しだ! 今夜はお祝いだな! ……ミーシャお仕置き忘れてくれて無いかなぁ……。
* *
「なんであいつらが、こんな所にいるんだ……」
僕は頭に血が上り、血管が破裂しそうなほどに、怒りに身を震わせていた。
特にあの青髪の女だ! 平民のくせに僕の誘いを断るなんておかしいと思ったが、まさか王前の儀に選抜されているとは!
僕が王都に入った後、魔石の不具合だと騒ぎがあったけど、アレはあいつらの仕業だったのか!
くそっ! あいつらどうせ心の内で僕の事馬鹿にしてたに違いない! じゃないと僕にあんな態度取るはずがない!!
それに、あのアホ毛の小娘め!! お父様に取ってもらった最高級のS席より、上座に座っているだと!?
更に、試験を不合格にするよう、うちで借金してる試験官に借金チャラを餌に、無理矢理落とさせたってのに何であんなに幸せそうな顔してやがる!!
気に入らない!! ムカつく!! なんで僕の思い通りにならないんだ!! ……そうか、あいつらのせいだ……これも全部、あいつらが悪いんだ!!
「おい! くそ召喚獣!! お前に仕事だ!!」
「ゲッ!?」
クソッ! なんで僕の召喚獣がこんな頭悪そうな薄汚いトカゲなんだ!? 僕くらい実力なら、レッドドラゴンくらい召喚できる筈だったんだ!!
それが、いざ召喚して現れたのは、サラマンダーモドキという、土に隠れるのが得意というだけの20cmくらいのただのトカゲだった。
こんな役立たずが、僕の召喚獣なんてプライドが許さない! その辺に捨てて帰ってもいいが、せっかくだ……仕事くらいしてチリとなれ!
「あそこにいる召喚獣にちょっかい出して、青髪の女に恥をかかせてやれ!」
「ゲッ!?」
「いいから行け!! ここで殺されたいのか!?」
僕がトカゲに魔法を放とうとすると……。
「坊ちゃん……やめておきなさい」
僕の用心棒がこちらを睨みながら、止めに入ってきた。
「うるさい! 黙ってろ!! いざという時に使えない用心棒風情が、僕に口出しするな!」
こいつも本当、使えない用心棒だ! 召喚会場の前で、あのアホ毛が絡んできそうだったのを割り込んできて、向こうの田舎の護衛が凄んで来たら、尻尾巻いて逃げるような腰抜けだ!
家に帰ったらお父様に、この使えない用心棒の変更を言いつけて……。
「……いいから、止めろと言っているんだ……」
「ぐっ……!?」
用心棒の目が鋭く僕を射抜く。冷たく、心の奥底まで凍えさせられそうな威圧感が僕を包み込んで、立っているだけでも苦しさを感じる……。
なんなんだ!? どいつもこいつも僕に逆らいやがって!! 僕は貴族だぞ! えらいんだぞ!! お金持ってるんだぞ!!
「ふ……ふざけんな!! ぼ……僕を誰だと思っている!! ナリンキン・ナリー様だぞ!! 僕の思い通りにならない奴は全員痛い目みればいいんだ!!」
「なっ!?」
「ゲッ!?」
僕はそう叫んで、目の前にいた召喚獣を掴んで会場内に全力で放り投げた!




