50 いざ会場へ
お昼になり、王前の儀の会場の近くの広場に来た。
丁寧に刈り取られた芝生の広場の周りには、色んな露店が飲食物を販売して賑わっている。
ちょうどよく木陰のスペースが空いてたので、そこに腰掛けてお弁当を食べることにした。
「魔獣召喚したから腹減ったー! 早く食べよう!」
「キュー!」
魔獣召喚を終えたドーラとさっき召喚された召喚獣が弁当を催促してくる。この、召喚獣って何食べるんだ? 見た目は鳥っぽいから草か? いや、肉か? ……まぁ、どうでもいいか。
「まず手くらい拭け! 弁当はそれからだ! ほれ!」
「うぉ! ヘブッ!?」
水で湿らせたおしぼりを投げるが、不意に投げた為ドーラは取り損ない、顔面にヒットする。
「そんなに歩いてないのに結構疲れちゃったね。人混みの中を歩くのって大変だよぉ。あ〜おしぼりが気持ちいいねー」
「人混みを歩くのは慣れないと、ぶつからないようにずっと気を張り続けなければならないから、精神的にきついのよね。まぁ、この辺は慣れるしかないわね」
ソプラもミーシャもおしぼりで顔をふきながら一息ついたようだ。
しかし、おしぼりで顔をふくなんて誰も教えてもいないのにみんなやるんだよね? 自然の摂理なんだろうか?
全員のお弁当をリュックから出して、目の前に並べてと……。では、食事の前の祈りから。
「「「「天に召します食の神ターカ様よ、命あるものの糧をこの身の血肉と変え、生きる事に感謝を捧げます」」」」
「キュ?」
ドーラの召喚獣が祈る姿に小首を傾げていたが、気にする様子も無く我先にドーラが弁当の蓋を開ける。
「うぉー!! 美味そう!! まずは肉だ!! ハグッ……うまーー!!」
「うわぁ!! サンドイッチだ!卵焼きもある! ……このウインナー目が付いて足みたいなのがいっぱいある?魔物か何かかな?」
「あら、彩りも鮮やかで綺麗ね。確かに朝見なくてよかったわ、こんな楽しみがあるなんて。でも、これだけ作るのは手間が掛かったでしょ?」
「ソプラのためだもん! そりゃ張り切って作るさ!! 水筒にスープも持ってきたからカップに注ぐね」
全員のカップにスープを注いでいる途中で目をやると、よほど腹減ったのか夢中でがっつくドーラ。
両手にサンドイッチとフォークで刺された卵焼きを持って、ニコニコ頬張っているソプラ。
すました顔で食べているが、肉のソースが口の周りに付きまくっているミーシャ。
うん、おおむね好評のようだ! よかったよかった!
みんなお弁当を食べ終えた後、ドーラの召喚獣の話になった。
「召喚の時どんな感じだった?」
「うーん、うまく言えないけど魔石に触れて召喚の詠唱を終えた後、全身の魔力と体力をごっそりと取られるような感覚になるな。一日中魔法の練習した後のダルさの後に、剣術練習を夜遅くまでやって全身が痺れるような感じかな?
そのあと、魔石の下から光の線で描かれた円形の魔方陣が浮かび上がってきて。光の粒っていうのかな?召喚獣の元みたいな物が魔石の上で集まって形をなしていき召喚獣が現れる、てな具合だよ。
それよりどうだ!? オレの召喚獣かっこいいだろ!?」
ドーラが召喚時の事と召喚獣をこれ見よがしに見せてくるが……。
「とにかく疲れるってのはわかった」
「聞き取られた内容が浅い!」
「キュー……」
俺の反応で露骨に残念そうな表情を浮かべるが、本気でどうでもいい。
あと魔力と体力を使いきったという感じが、正直よくわからない。なにせ俺は、ミーシャとの修行の成果なのか、魔力と体力を限界まで使ったことがないのだから……。
理由は簡単。俺が魔法を使いすぎると地形が変わりかねないのでミーシャよりストップがかかったから。体力は身体強化が上達して、24時間走りっぱなしでも疲れないくらい効率が良くなったからである。
「あんまり参考にならなかったね、ソプラ」
「アルトちゃんが異常なだけだと思うよ?」
「そうよ、アルトもソプラも平凡なドーラと比べられないわよ。ドーラが可愛そうよ」
「その辺にしとかないと、オレ泣くぞ……」
* *
食休みを終えて、王前の儀の会場前にやってきた。
「近くで見るとやっぱり大きいねー」
ソプラが顔にかかる太陽光を手で防ぎながら、見上げるように会場を眺めた。
そこには石材で作られた、歴史があるような古い建物がそびえ建っていた。
福岡ドームと同じくらいの高さ、広さもそれくらいはあるだろう。うん、まんま野球場だな。屋根は無いけど形も良く似てるし。
中に入ると平らな扇型の広場があり、その周りを囲うようにすり鉢状に客席が設けられていて、既に八割がた観客が入っている。王前の儀を今か今かと待っているようだ。
王前の儀の式典用だろうか。広場には赤い絨毯が引かれ、王様が座るであろう豪華な椅子が壇上に置かれていた。
そこから少し目をやると、広場の中央に大きさ1mくらいの少しくすんだ黒色の魔石が置いてあり、その四方を騎士が警備していた。
「召喚魔石でかいなー! オレが使ったやつは拳大くらいだったぞ!」
「ミーシャ? あれが魔獣召喚用の魔石なの? なんか黒くない?」
「ええ、そうよ。魔獣召喚用の魔石は迷宮から採掘してきた迷宮核という物だから他の魔石とは性質が違うの」
「へー。迷宮かー……」
「……あんたには、まだ早いわよ」
ミーシャが俺の考えを読んだのか、頭をポンポンしながら窘めてくる。
くっ! 読まれている! 迷宮って言ったらファンタジー世界のお約束! 金銀財宝のトレジャーハントと、ロマン溢れる冒険と、巡るめく魔物との戦い!
男心を鷲掴みじゃないですかー!でも、ミーシャがまだ早い、と言うのならば仕方ない。ここは我慢……ん?
「ソプラどした?」
俺が男のロマンと葛藤している横で、ソプラが固まっている。さっきから一言も発していない。
表情を見ると焦点が合わないし、口も半開き。目の前で手を振っても反応無し。
「ミーシャ……」
「……ま、しょうがないわね。普段人見知りのソプラが、こんな大勢の前に立たなくてはいけないんだから。実際に目の当たりにして、意識飛んだんでしょ」
やはり、気丈に振る舞っていたが、目の前で見るとやっぱこうなるよな。もうすぐ本場だけど大丈夫だろうか?
このまま、ほっといてもなんなんで王前の儀まで少し早いが控え室に行くことにした。
* *
固まったままのソプラの手を引き会場の裏口までやってきた。
「待て。ここより先は立ち入り禁止だ」
ゴツい衛兵が裏口の前に立ちはだかり、俺らを睨みつける。
「私達は関係者なんです、こちらが通行証です」
ミーシャが代表して衛兵さんに昨日もらった通行証を見せる。
「!?……これは失礼しました! 通行証は確かに本物。お通りください」
さっきまでの態度を一変させ、深々とお辞儀をされた後、裏口を通された。
通路は石材をアーチ型に組んでいて、所々に光る魔石が設置してあり、ひんやりしていたが明るかった。
ソプラの手を引き、通路を進んだ先に扉があり『女性控え室』と書かれている立て札があった。
「ここみたいね、少し早いけど中でソプラの覚醒を待ちましょう」
ミーシャが扉を開けると……。
「あら? 意外と早かったのね」
そこにはすでに、王前の儀の正装に着替え、ムチムチメイド様にお茶をいれてもらって座っている、準備の整ったシアンがいた。
白のフード付きのロングコートで、袖が着物みたいに長く、腕の付け根になる程短くなっている。所々に赤、青、緑の細やかな刺繍が施されており、シンプルかつ気品があった。前世でやったRPGの白魔道士みたいな衣装を豪華にしたようだなと感じた。
「これはシアン様、すでにいらして準備も終えているとは思いもしませんでした」
ミーシャがすぐさま礼をして中に入る。
俺もソプラと一緒に入るが露骨に眉間に深いしわを寄せ、険悪な目をこちらに向けてくる。
ごめんよぉ……求婚のカテーシーの事、怒ってんだろ? 知らなかったんだよ、そんな睨まないでください。いやマジで。
「シ……シアン様だぁ!! すごい! こんな近くで!! オレ、大ファンなんです!!」
「キュー?」
シアンの目線にたじろいでいたら、ドーラがファンだとしゃしゃり出てきた。
はい? ファンって何ぞ?
「まぁ、ありがとう。私も会えて嬉しいわ」
おい!? さっきまでの表情どこいった!? めっちゃ笑顔やん!? ドーラもなんか目がハートマークになる程、喜んでんぞ?
「ドーラ、シアンの事知ってるの?」
「お前アホか!? シアン様だぞ!? 今この国の娯楽ギルドを震撼させている、パステル公爵の一人娘にして、歌って踊れる超絶美少女スーパーアイドル! シアン様を知らんとは何事だ!!」
「はぁ?」
ドーラが目を血走らせ、シアンの紹介をしてくれたが、知らんがな。アイドルって……このファンタジー世界にもいるんだな。
「シアン様の為に怒ってくれてありがとうございます。でもここ、女性控え室ですし……その、王前の儀に備えて集中させてあげたいのですが……」
ムチムチメイド様がヒートアップしたドーラを宥めるように、優しい声音でさりげなく退室を促してくる。
「!?……失礼しました!! このアホ毛にはよく言っておきますので!」
「おい、誰がアホ毛だ」
ドーラはペコペコとお辞儀をしながら後ずさりしていく、なかなか器用なやつだ。
「ソプラが覚醒するまで俺はここに残るよ」
「そうね、このままソプラだけ置いとけないものね。ドーラ、男性関係者控え室はこの通路の突き当たりみたいよ」
「おい! あんたも男だろうが!」
そうして、ミーシャとドーラは部屋を出て行き、俺と固まったソプラとシアンとムチムチメイド様が控え室に残った。
うっ……なんか気まづい……ソプラ! 早く戻ってくれ!!




