5 初めての遠出
7歳になった。
今日は初めて家族3人で村の外に出る。
とは言っても旅行ではなく、ダンの仕事にシーラと俺も加わり、隣町のベルンまでついていくだけだ。
ベルンまではジムに丸太を乗せたまま歩くと1日、ベルンの木材置き場で丸太を下ろす、次に日用品を積み込んで軽くなった荷車でイリスまで帰ると約半日の距離となる。
順調に行けば往復で1泊2日の旅になる予定だ。
しかし、産まれて初めての村の外、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
外でも動きやすいように茶色のハーフパンツに、シーラお気に入りの首元にフリルがついた白のワンピース姿だ。
俺はジャイアントバイソンのジムの頭の上に跨り、二本の角を両手で掴み満面の笑みを浮かべる、ジムと遊んでいたらいつの間にかここが俺の特等席だ。
ジムも子供の体重くらいなら頭に乗せても苦も無く、むしろ俺が一緒について来ることで嬉しそうにフゴフゴと鼻を鳴らしている。
「やっと町に行ける♪ ダン早くー! 置いていきますよー!」
俺は一応、中身が転生者のおっさんとバレないよう7歳くらいの女の子にみえるようにそれとなく演じている。
でも完璧には演じきれるわけもなく、たまにおっさんくさいボロをだすが、そんな時は笑顔ではにかんで誤魔化した。
おかげで、噂では『やんちゃな看板娘』から『小さなおっさん看板娘』となっているようだ。否定はしない。
「ははは、町は逃げないから大丈夫だよ。ジムも今日はご機嫌だしいつもより早く着くかもしれないよ」
荷台の丸太を崩れないようにロープで縛り積荷のチェックをしながら、ダンは微苦笑を向け答えてくれる。
頭にはいつも丸太を運ぶ時に付けている赤いバンダナ、襟元が少し裂けているシャツに革のベスト、緑のハーフパンツの腰にはショートソード、靴は頑丈そうなブーツを履いている。
「ふふふ、初めての家族での外出ですもの、アルトがはしゃぐのも無理もないわ。よいしょ、私だって楽しみだったんですから」
旅の途中の着替えや、お昼の弁当が入った重そうなザックを背中から荷車の上に降ろしてシーラが乗り込んでくる。
シーラは白のシャツに胸元まであるブルーのロングスカートをサスペンダーみたいなベルトで固定、おかげで凶暴な胸が更に強調されている。ありがとうございます。
「よーし! じゃあ出発〜!」
俺はジムの頭をペシペシ叩くと『ヌゥー』と呻き声と共にジムが歩きだす。
「おいおい! まだ乗ってないよ! 待てったら!」
ダンは慌てて荷車に飛び乗り、俺達は互いに笑い合いながらイリス村を出発した。
* *
旅は順調に進み、昼頃には森を抜け広い平野に出た。街道以外は50cmくらいの柔らかな草が一面に広がり所処に木が生えている。空は澄み切った青空で、風が心地よく髪を撫でる。
ベルンまでは一本道で舗装は無い。デコボコの土の道だが、大きい凹みには砂利が詰められており荷車が沈む事はない。
車輪が通るからか真ん中には轍が通っていて、昔旅行で行った北海道の牧草地の中を進んでいるようだった。
途中、休憩の時間に水魔法でジムの喉を潤してあげたり、昼ごはんのお弁当を食べて、赤いソースがダンの鼻についているのを見て笑い合ったり、ジムの背中で揺られながらお昼寝したりと順調に進んだ。
俺が昼寝から目覚めたあと、そいつは不意に現れた。
ガサガサ……。
草陰の中からひょこっと一匹のスライムが現れたのだ、淡い青色で大きさは30cmくらい、ゼリーより柔らかくプリンより固そうな体をポヨポヨ動かして近づいて来る。
初めて野良の魔物を見た、興味本意で身を乗り出して近づいて見ようかと思ったら、ダンに背中を掴まれ注意を受ける。
「アルト、ダメだよ。野生の魔物は人を襲うんだ。そのスライムも一見弱そうでかわいいかもしれないけど、近づくと顔に張り付いて離れず、窒息死してしまう。そして、ゆっくり全体を包み込んで消化していかれるのさ。子供くらいならあっという間に食べられてしまい骨も残らないから注意しようね」
えっ? なにそれ怖い、スライム……恐ろしい子。でも、そんな危険な魔物をこのまま見過ごして放置していたら大変なのでは……。
「ジム!」
ダンが一言ジムを呼ぶと、『フン!』とジムが鼻息を荒らし、右前足でスライムを踏み潰した。
スライムは衝撃でバシャ! っと飛び散って跡形も残らなかった。
あー。やっぱりスライムは弱かった。一蹴で終わってしまった。
「まあ、この辺りはランクFくらいの弱い魔物ばかりだから、ランクCのジムの敵じゃないから大丈夫だよ」
「へー、 ジムってランクCなんだ? すごく強いんだね! カッコイイー!」
魔物にランクでクラス分けがあったんだ。ランクCがどれほどの強さなのか正直ピンとこないが、A.B.C.D.E.Fで分けられているなら平均よりは上みたいだ。
「ジムじゃなくダンも強いのよー! 魔術より剣術の方が得意だけど、ジムと一緒ならランクBの魔物も倒しちゃうんだから! 他にはね……」
シーラが目をキラキラさせながら、少し赤くなった頰に両手を当てながら、興奮気味に語ってくる。
シーラのこの反応だが、前に商店に買い物に来たおっさんから聞いた話だと、シーラが若い頃森で迷い魔物に襲われそうになった時、ダンとジムが助けてくれたらしい。惚れてしまったシーラはダンに猛アタックして恋人となるが、親に反対され2人で駆け落ちして来たそうだ。
実はシーラはこうなると止まらない、ダンの強くてかっこよくて優しくて頼り甲斐があって、などダンの魅力を赤裸々に語りつくす。
ダンも照れながらも嬉しそうに聞く、もう荷車の中はハートマークでいっぱいだ。ハイハイごちそうさまです。
しかし、何年経ってもこんなに思ってくれる相手を見つけたダンを羨ましく思った。俺もそんな人ができるだろうか、この女性の身体で……。
もう何回も聞いたシーラの惚気話に苦笑いを浮かべて聞きながら、夕暮れ前に無事、隣町ベルンに到着したのだった。