47 理由はなんでしょう
「では改めまして、ビオラ殿下、シアン様、ソプラ様、王前の儀への選抜おめでとうございます」
円卓に並べられた椅子の少し間が空いた所に執事長のレガートさんが立ち、深々と礼をする。
「本日は、僭越ながら私めが明日の昼に行われる、王前の儀でのしきたりや作法を教授させていただきます。……ではまず、お手元の資料を……」
「レガート様! ちょっと、よろしくて!?」
レガートさんが説明を始める前にシアンが待ったをかけ、立ち上がった。
「はい、どうされました? シアン様?」
「今回の名誉ある王前の儀に、何故平民が選抜されたのか気になりますの! ご説明して頂けないかしら!?」
おお、シアンいいぞ。それは俺も気になっていた。
「それは私も気になっておりました。他の貴族の方が王前の儀に参加する資格を持つ者が多くいらっしゃるはず……平民から王前の儀に選ばれるなど100年以上無いほどの異例です……詳しく聞かせて頂きたい」
ミーシャも気になっていたようで、シアンの発言に追い打ちをかける。
「そうですね……この問いに関しましては……」
「ホッホッホ、ではわしが話そう」
ビオラ王子の隣に座っていたチューバ爺さんが、よっこいせと立ち上がる。
「今回の王前の儀で平民のソプラちゃんが選抜された理由なんじゃが、理由は2つある……まずその前に、召喚魔獣を呼び出すのに必要な条件は承知しとるかね?」
チューバ爺さんがシアンを見て質問をする。
「自身の魔量の多さと、魔力のコントロールができているか……ですわ」
「そう、召喚魔獣は有益な個体ほど莫大な魔量を必要とし、魔力のコントロールができないとせっかく召喚した魔獣が言う事を聞かず暴走してしまうんじゃ。
今年は12年に1度の当たり年と言って、国内外問わず優秀な人材が多く輩出される年でな。その理由として、今年は自然界における魔量が多くなる周期と一致して召喚に際しても相乗効果を生み、有益な召喚魔獣を召喚できるようになるのじゃ。
その為、この年に丁度10歳になるように各地で子供が多く生まれ、12年に一度の当たり年が起こるのじゃ」
なるほど、当たり年ってのはそう言う事だったのか。自然界にも魔量の変動があるのは初めて知った。
「王前の儀では、同盟を結んでおる周辺諸国の貴族や大使も多く参列されるのは知っておると思うが。これは召喚魔獣の有益さを見せつけ、国の重要度を高め、周辺国と潤滑な交流を促す効果もある。
要は、うちには有益な召喚魔獣がいるから、より仲良くしましょう、ということじゃ」
「それと平民の王前の儀とどんな関係が?」
「そこで今回、平民で選ばれたソプラちゃんじゃが。火以外の3属性の他に希少な治癒系統を持っておるし魔量も素晴らしい、貴族にも劣らない貴重な才能の持ち主なのじゃよ」
「っ!? 平民で3属性でも驚きなのに、治癒属性ですって!? 貴女何者ですの!?」
シアンが目を見開き、ソプラに問い詰める。
「いっ……いえ。その……私は小さい時に海に捨てられていて……両親の事も何もわからなくて、魔法はミー……カルロス様に教えてもらって……まさかこんな事になるなんて夢にも思ってなくて……その……」
ソプラがテンパって自分の生い立ちを説明するも、だんだん声が小さくなっていく。
「……あまり話したく無い事、聞いてしまったようね」
「いっ……いえ、大丈夫です、気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
ソプラがテーブルに頭を擦り付けんばかりに深く、何度もお辞儀をする。ソプラは悪くないんだから、謝ることないんだぞ。おのれ、シアン……。
「治癒属性の召喚魔獣は世界的にも個体数が少なく、どれも有益な召喚魔獣となっておる。王前の儀にたがわない十分な資質と言っていいじゃろう。ホッホッホ」
チューバ爺さんが髭をわしゃわしゃしながらにこやか笑う。
「で、もう一つの理由とは?」
ミーシャが次を催促するように問いかける。
「ふむ、もう一つの理由はちと子供にはキナ臭い話じゃが、最近国外で妙な動きがあってのう。国境付近でいざこざが絶えないんじゃよ……。そこであまり戦闘向けの召喚魔獣のお披露目は避けたい所なんじゃ」
「なぜです!? 例年通り戦闘に秀でた召喚魔獣を見せつければ、それだけで他国への抑止力になります」
少し強めに声を上げるミーシャ、こんなミーシャはなかなか珍しいな。
「確かに戦闘向けの召喚魔獣は他国への抑止力としては申し分ない……しかし、昨今は戦闘向けの召喚魔獣を見せつけてもおおよその対策を立てられてしまい、抑止力になっておらん。最近は召喚の技術も進んできており、指定の召喚魔獣を呼び出す事も容易になってきておって、あまり脅威になっておらんのじゃ」
「でも、それを踏まえると、私の召喚魔獣は戦闘向けでは無く、抑止力にならない、とも聞こえますわ……」
横からシアンがチューバ爺さんを睨め付ける。
「ホッホッホ、痛い所を突かれるのう。しかし、そうでもありませんぞ。シアン様は素晴らしい魔量をお持ちで、王前の儀に恥じない召喚魔獣が期待出来ます。
更に、この当たり年にわざと戦闘向けの召喚魔獣を王前の儀で呼び出さない事で、逆に見れなかった召喚魔獣がどのような魔獣かわからず、対策を立て辛く、攻め込まれにくくする事を狙っております。
どの道、シアン様は国内外に名が知れ渡っていて、召喚魔獣を隠そうとしても無理がありますし、力で抑え込む抑止力の方で他国へ良いアピールになります。
但し、戦闘向けの召喚魔獣を全く召喚しないという訳にもいかないので、そこはビオラ殿下に一任する事になりますが……」
チューバ爺さんがビオラ殿下をチラッと見る。
「お任せ下さい! 僕1人で抑止力になれる程の戦闘向けの召喚魔獣を呼べばいいんです! 必ず父上や兄上にも負けない召喚魔獣を呼び出して見せます! だから、心配しなくても大丈夫だよシアン」
うぉ! 眩しい! なんだ!? その曇りの無い自信と優しさが含まれているスマイルは!? 室内なのに後光が射しているようだ!?
「そう言う理由であれば、承知致しました」
「そっ……そうですわね。わたくしとした事が、出すぎましたわ」
「いえいえ、国を思って下さる発言は大いに結構。シアン様も大変立派になられましたな」
どこか不満げなミーシャと、チューバ爺さんの言葉に少し照れているシアンは、静かに席に着く。チューバ爺さんもニコニコしながら腰を下ろした。
「チューバ様ご説明ありがとうございました。では、王前の儀の説明を再開致します。……まずは……」
この後、レガートさんの王前の儀でのしきたりやマナーや作法を教わった。
ビオラ様やシアンは難なくこなしているが、ソプラは初めての事ばかりで、頭の上に『?』マークが無数に飛び交っているようだった。
そりゃまぁそうだろう……いきなり平民から王前の儀に抜擢だもん。俺だってテンパる自信がある。でも、今は見守る事しかできない……頑張れソプラ!
3時間後……。
ソプラもレガートさんが根気強く、ゆっくり教えてくれたおかげで、何とか形にはなった。明日の本番には何とかなるだろう。
「お疲れ様でございました。これにて終了とさせていただきます。明日の王前の儀の成功をお祈り致します」
講習が終わり、レガートさんは深くお辞儀をして退室していった。
「じゃ……じゃあ、僕もこれで失礼するよ。2人とも明日は頑張ろうね!」
「ホッホッホ、期待しておるからのー」
「はっ! はい!! 頑張ります!!」
「ええ、必ずご期待に応えますわ」
ビオラ様とチューバ爺さんは、ソプラとシアンに軽く挨拶して、そそくさとレガートさんの後を追うように退室していった。
何処と無く態度がよそよそしかったのは気のせいだろうか?
「ふー……明日、本番かぁ……心配だよぉ〜」
ソプラがテーブルに突っ伏して泣きそうな声を上げる。
「大丈夫さ! 作法とか心配なら俺も見て覚えたから帰って練習しよう!」
「ありがとう、アルトちゃ〜ん」
俺が側によると顔だけこっちを向けて、半泣きの顔でお礼を言ってくる。泣いてる顔もこれはこれで可愛い……。
「貴女! ちょっとよろしくて!?」
「ん?」
俺がソプラを見て癒されていたら、シアンが何やら怒った様子で後ろに立っていた。
「貴女! ビオラ様に対して、なんて挨拶なさいますの!? 喧嘩売ってますの!?」
凄い剣幕でビシィ! っと人差し指を向けてくる。
「ええ!? あの挨拶で無礼なのか!? 結構頑張ったんだけどなぁ……あと喧嘩なんて売るわけないじゃん!?」
俺のビジネス挨拶が通じないだと!? 更に喧嘩売った!? ビオラ王子に!? そんなに不適切な表現あったかなぁ?
「目の前で思いっきり売ってましたわ! あと、ちゃんと敬語使えるじゃない! 私への態度も気に食いませんわ!」
「いやぁ、さすがにビオラ様は王族だし、タメ口はダメだと思うから敬語使うよ。シアンは同い年の子供なんだから、硬いこと言うなよ」
「アルトちゃん!? シアン様も貴族だよ!? 敬語使ってよぉ! シアン様すみません!!」
慌ててソプラのフォローが入るが遅かったようだ、頭に血が上ってきたのか顔が赤くなり、プルプルしてる。
「キィー! 貴女だけは許しませんわ! 今度こそ私の歌をきk……フゴッ!?」
「は〜い、今日はここまでぇ〜。シアン様、早く帰りましょ?」
シアンが何かやりかけた瞬間、ムチムチメイド様が素早くシアンの後ろから手で口を塞ぎ、片方の腕でヒョイと抱きかかえる。ムチムチだけど結構パワフルだ、ムチムチだけど。
「プハッ! パレット!? コラ!! 離しなさい! ここまでコケにされたのは生まれて初めてですわ! この小娘には本当の本気でガツンと……」
「か・え・り・ま・す・よ・❤︎」
「……………………はい……」
「では、明日頑張りましょうね〜、本日は失礼致します〜」
ムチムチメイドさんの凄みのある笑顔の圧力に屈し、脇に抱えられたままドナドナされていくシアン。
でも、顔は赤く、涙目になりがらも扉を閉める最後まで俺を睨みつけていてちょっと面白かった。
しかし、シアンはなんであんなに怒ってたんだ? ビオラ殿下への敬語の挨拶そんなに悪かったかなぁ……?
「うーむ、一体なんだったんだろう……」
俺がシアンの行動に腕を組み、頭を悩ませていると。
「シアン様はビオラ様の婚約者よ。あんたがあんな事するから怒るに決まってるじゃない……」
「え?」
ミーシャがダルそうに足を組み、テーブルに頬杖ついてため息をつく。
「へぇ……婚約者。えぇ!? もう結婚決まってるの!? 早くない!?」
「上流階級なら至って普通の事よ。生まれた頃から既に決まっている事も珍しい話じゃないわ」
「上流階級って大変なんだな……でも、それが怒る事と関係あるの?」
「……あんた、本当にわかってないの?」
いや、何が悪かったの? バシッと挨拶しただけじゃん。どこに落ち度があったのか全然わからない……。
「いやー私もびっくりしましたよ。アルトさんの貴族並みの挨拶もそうですが、ビオラ殿下に『求婚のカテーシー』を行うなんて……」
「は?」
トランさん? 今何て言ったの? もう一回言ってみて? キュウコン?
「いえ、だからアルトさんがビオラ殿下に行ったカテーシーのやり方は『求婚のカテーシー』と言って、淑女が『あなたに全てを捧げます』『結婚して下さい』と言う意味のこもった挨拶になるんですよ。普通、婚約者同士で思いを確かめ合う暗黙の了解的な挨拶なのですが……。まさか……本当に知らなかった……んですか?」
「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
はぁぁぁぁあ!? 俺がビオラ様に求婚!? いやいやいや! ないないないないない! いくら俺が女の子で相手が超絶美少年だからといってそれはない!
はっ!? だからシアン怒ってたのか!! そりゃそうだ、婚約者の目の前で、どこぞの馬の骨が求婚なんぞしてたらそりゃ喧嘩売ってるわな! 理解したわ!
と言うことは、ビオラ様もそれがわかってて……。そういえば、チラチラと俺とシアンを交互に見てたな……。チューバ爺さんのあのニヤケ顔もそう言うことかぁ!?
「エエェ!? アルトちゃんビオラ様と結婚したいの?」
「やっぱりあんた知らなかったのね……はぁ」
こうして王前の儀の講習は、俺がビオラ様の婚約者シアンの目の前で、求婚すると言う大惨事のおまけ付きで終了したのだった。




