45 王宮へ
ソプラの王前の儀が決まった事により大慌てで準備をする事になった。
まず部屋に逃げ帰ってしまったソプラに事情を説明。
見事にフリーズして1時間程固まる。
固まっている間に髪のセットを行い食堂に移動。
ユーヤさんに、この辺りで一番上等な服屋を聞きミーシャが買い出しへ、料金はトランさんのツケにした。
フリーズから戻ってきたソプラにトランさんが再度説明。
ソプラ涙目になり、変わってくれと俺に懇願してくるが、その姿が可愛くて顔面が溶ける。
その後、ミーシャが両手両脇に待ちきれないほどの服を抱えて帰ってきた。
服をテーブルに置いてトランさんに1枚のメモを渡すと、メガネが吹き飛びそうな程、目を見開いて驚愕している。
一体どれほどの服を買ってきたのか、しれっとミーシャの服まで……。というか何故あの体格の女性物サイズがあるのだろう……色々突っ込みたいが見なかった事にする。
しかし、問題があった。服はあるが俺とミーシャではコーディネートができなかった。平民が王城に行く服装なんか知るか! ドレスなんかは豪商人の娘などは持っているかと思うが一朝一夕で用意できるはずもない。
困っていたらユーヤさんが見かねて手伝ってくれた。流石お年頃の女性、派手さは無いが、それでいて失礼の無い白を基調としたコーディネートが完成した。
さらに、化粧もしてもらってどこに出しても恥ずかしくない完璧なソプラが出来上がった!
青のサラサラショートヘアにピンクのぷるんとした唇が良く映える!
少し大人びた感じを出しながらも、子供っぽい可愛らしさが残る絶妙な匙加減! 今まで見てきた物とは一線を画すものだった!
素晴らしい! 眩しい! 天使か!?
「うわぁ……私こんな格好始めて……。なんか落ち着かないなぁ」
「いゃあ! めちゃくちゃ似合ってるよ! はぁぁぁあ……はぁはぁはぁ……可愛い! 抱きしめたい!」
「可愛くて抱きしめたいのはわかるわ。でも、服に血がつくから鼻血を止めてからにしな」
「ふぉ!!?」
ミーシャがハンカチを差し出してきて、初めて鼻血が垂れていることに気づく。
興奮して鼻血出すとか子供か!!
……いや、子供だったわ。
心配してくれるソプラを制し、鼻血を止めて俺も急いで着替えて準備した。
ちなみに俺の格好は、ソプラほどでは無いが、同じ白を基調とした格好ながらも、ソプラより目立たないワンピーススタイルだった。
スカートは嫌だと抵抗はしたがミーシャの笑顔の圧力に屈するしかなかった。
ミーシャの格好は王都に来た時と同じだった。おい、一体何のために服買ってきたんだよ……。
ドーラは体が動かないとの事で、宿で留守番だ。たるんでるね。
* *
俺たちはトランさんが用意してくれた馬車に乗り、王城の門前付近まで来ていた。
その馬車の中、俺だけ緊張感もなくはしゃいでいた。
「うわぁ……やっぱり近くで見るとでっかいなぁ」
「うん……そ、そうだね」
「ソプラいつまで緊張してるの?本番は明日なのに今からその調子なら持たないわよ」
「いえいえ、平民から王前の儀に選ばれるなど、100年以上ぶりの快挙ですし緊張するのも無理はないですよ。逆にアルトさんが王城に行くのに緊張すらしていないのがビックリですよ。まぁ、子供らしいと言えば子供らしいですが」
ソプラは王城に近づくにつれ、顔から血の気がなくなっている、そりゃそうだろう……まさか王前の儀に選ばれるなんて思ってもみない事だろう。
王前の儀は普通、魔量が高い貴族が選ばれる事が殆どだという。
平民と貴族では生まれからして魔量の差に雲泥の差がある。なので平民で召喚魔獣を従えているのは大変貴重だ。
でも、今年は12年に一度の当たり年らしく魔量も多い優秀な平民も数多くいた。しかし、それを補うほど優秀な貴族も沢山いただろうに……。
ソプラの魔量と属性は確かに優秀だけどさ。王前の儀の名誉ある召喚儀式なんて、見栄を気にする貴族連中は泣いて欲しがるはずだろうけど……。
一体何が基準だったんだろう?
俺は緊張でガチガチのソプラをおちゃらけて励ましつつ、何故ソプラが選ばれたのか理由をあれやこれやと考えていた。
* *
城門の前で馬車から降りて、トランさんが守衛さんに声をかけると守衛さんは素早い動きで門を開け直立不動の敬礼をして迎えてくれた。
トランさんってこんなんだけどやっぱり偉い立場の人なのかな?と改めて思う。
「さあ、着きましたよ! どうぞこちらへ」
「「おぉ〜」」
門を潜り、城を間近で見上げると、映える白と淡いブルーのコントラストが実に美しい。正にファンタジー感満載の城だ。
トランさんについて行くと、高さ5mくらいはある重厚な正門が見えてきた。
ここを開くのかな? と思っていたら、隣の衛兵さんが立っていた普通の通用口みたいな所から中に入った。
聞くと、正門は普段は使用せず行事や他国の重鎮を招く時などに使用するそうだ。
門の真正面に棒立ちになって開くのを待っていたから、ちょっとだけ恥ずかしかった。本当、ちょっとだけだ!
城の中は豪華絢爛! 贅を尽くした調度品の数々が……と言うものではなく、とてもシンプルで品が良かった。
何というか敷いてある絨毯や壁、天井の色彩や模様など、シンプルながらどれも手が込んでいて見事に調和していて、どこか凛として気が引き締まるようだ。
素人でもわかる……ええやつやん。
「ふわぁ……なんか凄いね……背筋が伸びるというか……空気が違うよ……ってうおお!?」
トランさんがいきなり俺の目の前にメガネをクイクイしながら顔を寄せてきた。
なんか目がランランとしてるのがわかる。これ、なんかやばそう……。
「ほほぅ! ここの良さがわかるとは、アルトさんは中々良い目を持っていらっしゃる! ここのホールはですね、あの有名な……」
「ほら、さっさと行くわよ! 無駄話してたらソプラがガチガチで固まって歩けなくなってしまうわ」
「うわっ! 本当だ!」
「あぁ……私の説明が……」
ソプラを見ると、馬車の中よりもガチガチに緊張していた。ミーシャの横槍に乗っかり危機を脱出しソプラに駆け寄る。
ソプラは左右の手足が同時に出てギクシャク歩き、表情は真顔で固く視線もおぼつかない。壊れかけのブリキのおもちゃみたいだ……。
「ソプラ! 大丈夫!? 歩けなくなっても俺がお姫様抱っこしてあげる!」
「うん……気持ちは嬉しいけど、それは流石に……恥ずかしいよぉ……でも……」
ソプラが右手を差し出してくる。
「手……握っ……」
「はい! 喜んで!」
素早くソプラの右手を掻っ攫う!
ソプラ……それ反則。困り顔で上目遣いでお願いなんかされた日にゃあ……ね?
なんとか理性は保ったけど……いかんいかん、危うく飛びついて押し倒す所だった。
「えへへ、ありがとう」
手を繋いでいささか安心したのか、その後は緊張してはいるものの、落ち着きを取り戻したみたいだ。
しばらく歩くと大きな扉の前で、目を閉じた執事っぽい白髪の老紳士が出迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいましたソプラ様、王前の儀への選抜おめでとうございます。わたくし、王宮で執事長を務めているレガートと申します。本日は儀式でのしきたりや、作法などをご説明させていただきます」
そういって深々と礼をする仕草など、さすが王宮に使える執事、流れるような所作は頭から足先まで実に美しく、気品すらあった。
俺をソプラと間違えなければ……。
「あー……えっと……」
「レガートさん、そちらの方は付き添いのアルトさんです。こちらの方がソプラさんですよ」
俺が困っているとすかさずトランさんがソプラを後ろからレガートさんの前に押し出す。
「っ!!? ……これは大変失礼致しました。素晴らしい魔色をお持ちでしたので間違えてしまいました。なに分、目が見えませぬゆえ容姿での判断が出来ません。ご容赦くださいませ。改めまして、ソプラ様、王前の儀への選抜おめでとうございます」
今度はソプラに向かって、より深く一礼をする。
「いえ! 大丈夫です! じゃなくて、ありがとうございます……あれ? え? いや、頭上げて下さい!」
慌てるソプラが見えているのか、レガートさんはゆっくりと身体を起こし、微笑んで右手を胸元にあて、頭だけ軽くお辞儀をする。
「お気遣いありがとうございます。いやはや、お恥ずかしい限りです。わたくし、目は見えずとも魔色を見る目には自信があったのですが……ソプラ様はとても優しい色をお持ちですね。食神ターカ様が愛された、サクラの木の様な豊かで柔らかな魔色です。
しかし、お連れのアルト様は驚く程の魔量をお持ちですね。それに、今までお会いした中でも一番淀みがなく澄んだ魔色をされております。実に素晴らしい、王前の儀に選抜されてもおかしくなかったでしょう」
「「えへへ、ありがとうござます」」
2人して照れ笑いを浮かべてお礼をした。
「では、他の選抜された方が来られるまで中でお待ちください」
レガートさんが扉を開き、部屋の中へ案内してくれる。
部屋の中は赤い絨毯が敷いてあり、フリルがついた白のカーテンの大きなガラス窓が3つあった。その奥には広そうなテラスがある。柔らかな日の光が明るく部屋を包み、隅には大きな花瓶に沢山の花が活けてある。花の甘い香りもして落ち着ける良い雰囲気だ。
部屋の真ん中には白い刺繍があるクロスが引いてある円卓があり、等間隔に椅子が並べられていた。
「はー、この部屋も落ち着ける良い雰囲気だね」
「ええ、先代の王様も愛しておられた部屋の一つですね。心が落ち着く良い部屋です」
トランさんもこの部屋が気に入っている様だ。先代の王様はいいセンスしてるぜ。
立っているのもなんなので、とりあえず席に着いた。
「そういえば、トランさん。さっきレガートさんが言ってた魔色って魔石通さずに見えるもんなの?」
魔色は鑑定魔石に魔力を通した時に見える色の事だ。ソプラは青、茶、緑、ピンク。俺のは真っ白の純白だからね。
「あぁ、あれはレガートさんが特別なんですよ。若い時に視力を失いながらも、魔力感知を鍛えて、自身で魔色が見えるまでになられた方です。その感知力は鑑定魔石以上に繊細で、人が放つ魔色の淀みなどから健康状態や人の内面まで見えると言います。あの人の前では下手な嘘はつけませんよ」
「へぇ〜凄い人なんだなー」
そんな会話をしながら時間を潰していると俺たちが入ってきた扉が開き、誰かが入ってきた。それと同時に俺とソプラは声を漏らした。
「「あっ」」
「ん? ……あぁああああ!!? な……なんで貴女達がこんな所にいるのよぉ!!?」
そこには試験前に騒ぎを起こしてしまった時に横槍を入れてきた、ピンク頭のゴスロリ娘がいた。