42 試験結果
二次試験も無事合格して長めのお昼休憩に入る。
俺はグランドの隅の木陰でサコさんに作ってもらった炒飯弁当を食べながら上機嫌だった。
「いやーやっぱ米は美味いなー。試験も最初はどうなることかと思ってたけど、なんとかなったし。合格したらミーシャも怒りの矛を収めてくれるだ……ろう……うん、収めてもらえる……だろうか……うぅ……いや、今は何も考えまい……」
ミーシャの怒りに満ちた様子を想像し、背中に悪寒が走るが、今は試験に集中することだ。
こうして、ミーシャのお仕置きを背筋に感じながら昼休みを過ごした。
お昼休憩が終わり三次試験が始まった。
今度は屋外ではなく室内での試験だった。体育館みたいな広い屋内に仕切りがいくつか立てられ、中が見えないようになっている。
一箇所に集められた受験者を見ると、最初300人くらいいた受験者も200人くらいに減っていた。
周りを見るとさっき一緒に二次試験を受けた三人もいた。なんか睨んでるけど無事合格できたみたいで何よりだ。ナリーも生意気に合格していやがる……なんかニヤニヤしていて気持ち悪い。
名前を呼ばれた受験者が1人1人仕切りの向こうに歩いて行く。
ペーパーテストかと思ったけど、先に入った受験者の話し声が聞こえてくるからどうやら面接みたいだ。まぁこの世界の識字率を考えれば文字を読めない人も少なくないから、なるほどなとも思う。
「次、赤札のアルトさん。赤札のアルトさんいらっしゃいますか?」
バインダー片手に試験官のお姉さんが俺を呼ぶ。
「はい! アルトです!」
「はい、ではここで待っていて下さい。中から合図があったら入って椅子に座ってね。面接があるから簡潔に答えて下さい。……あなた、平民なのに凄い活躍ね! 期待してるわよ頑張ってね」
「はい! ありがとう」
お姉さんは耳元でこっそり応援してくれたあと、俺を案内して次の受験者の所に行ってしまった。
面接か……受ける側はどれくらいぶりだろうか。定食屋の店長だった頃はもうバイトの面接をする側だったしなぁ。懐かしい……。
程よい緊張感と高揚感に浸っていたら、中から俺の名前が呼ばれた。
「失礼します」
仕切りの中に入ると目の前には小さな木製の椅子が置かれ、奥の長机を挟んだ真ん中に少しやつれた白髪混じりのおっさんが座っていた。
「何やってんの? 早く座って」
「はい、わかりました……」
椅子に腰掛けると、おっさんは机に置いてある資料を見ながら、めんどくさそうにあご肘つきながら、こちらをチラ見してくる。なんか、感じ悪いな……。
「イリス村のアルト君ね……君、中々の魔量を有しているようだが……どんな召喚魔獣を希望しているのかね?」
「はい! イリス村の発展の為、よく働く牛型の強い魔獣を希望します!」
「イリス村の発展ねぇ……あんな田舎の村など発展しようもないだろうに……。しかし、君の魔量は眼を見張るものがあるし、見た目も良い……召喚魔獣を呼び出さず貴族へ仕える事などは考えないのかい?」
「いえ、お……わたしは田舎者ですし、礼儀作法などもわかりません。こんなわたしが仕えるなど貴族様に失礼にあたります……せめて、村の為になれれば良いと思っています」
「ふむ……」
うん、ミーシャとの練習通りだ。
面接する試験官ともなると魔量感知くらい出来る人が行う。魔量の多い平民が強い魔獣を従えると反乱の危険があるので、貴族贔屓の面接官は召喚前に貴族側に引き込もうとすることもあるらしい。
貴族に仕える事は平民にとって大出世ではある。衣食住は確保され、平民の稼ぎのおよそ3倍の給金も貰える。まさに平民の勝ち組。
しかし、裏を返せば高い魔量を有しながら飼い殺しにされ、有事には捨て駒とされる。ほぼ自由も無く一生屋敷から出られない暮らし。
さらに、俺は結構可愛い。貴族の子宝に恵まれ無ければ代わりに子を産まされたり、慰め者になる可能性だってある……。
せっかくの異世界での第二の人生、俺はそんな人生なんてゴメンだ。
そのあと、いくつか質問がきたが練習通りの返答で無難にこなしていく。
練習通りに事が運びそろそろ終盤、少し安心していた。しかし、面接官のおっさんはまだ訝しげな表情を向けている。
「君の考えなどはわかった……しかしだね、たかが田舎の村娘が一次試験と二次試験をトップ通過……にわかには信じがたいし、ありえないね……君、どっかの貴族の隠し子が何かか?もしくは何か不正でもしてるんじゃない?」
「はい?」
耳を疑う質問だった。え? トップ通過!!? 一次試験は確かにやらかしたけど、魔力制御もできてないし、トランさんの配慮があってのギリギリ合格だと思ってた。二次試験は対抗してくる男の子3人と戯れていただけで、トップなんて狙っていない……。
まさか……あの子達が身体強化のトップクラスだったのか……? いやいや、だって俺めっちゃ手を抜いたよ。まだあの3人だったらソプラの方が身体強化上手いよ?
友達がたまたま同じ組みに集まったくらいかと思ってたんだけど……。
イヤイヤイヤ落ち着け俺、焦るな。たまたまトップの奴が調子悪かったに違いない……なんとか乗り越えなければ。
「えっと……いえ。たまたま……です。今日は何か身体の調子が良くて……いつもより、あの……魔法も身体もキレがよくてですね……。あははは、自分でもびっくり! あははは……」
とりあえず、はぐらかしてみた。おっさんは呆れたように鼻息をフンとひと吹きして。
「平民にも、たまに魔量が多い子はいるが、一次試験のような火柱騒動を起こす程の魔量を持つ者など過去に例がない。
さらに、二次試験で君と一緒になったのは国内でも有名な剣聖の名門、モーリ家の御子息様だったんですよ。
そのモーリ家の長い歴史の中でも秀でた身体強化を身につけた奇跡の三つ子と名を轟かせる神童だったのにそれらを抑えてのトップ通過……。
たまたまくらいで超えられるわけ無いだろう。
ましてやトラン様が目をかけているようじゃないか……。
あの方はね魔術研究の第一人者で有能な方ではあるのだが……たまに、とんでもない問題も起こすこともあるのでね……」
あー……なんか聞いたことある貴族名出てきたー。ミーシャとの身体強化訓練で『剣さばきはまだまだ、だけどモーリ家並みに動ける身体強化は中々なものね』とかぼやいてたやつだ。
てかあの3人三つ子だったのか……確かによく見れば似ていたかも……ダメだあんまり覚えてない。
うっわ……おっさん、めっちゃ疑ってるような目で見てるし……。
あれれー? おかしいぞぉー? こんなはずじゃなかったんだけどなー?
「……ん? 君、昨日貴族と何か揉め事を起こしているようだね。ナリンキン家のナリー様に恥をかかせたと……」
書類をめくり、おっさんの片眉がピクリと上がる。
「え? いや、あれは、あいつが……」
「あいつ? 貴族に対してずいぶんな物言いですね。無駄に力を持った平民はこれだから……」
おっさんはため息をつきながら呆れるように首を軽く振る。
「いいかね? 君が若いから知らなかった、ではすまないんだよ。貴族に恥をかかせる事など、あってならないのは常識。ちょっと魔量があるからと調子に乗るな、平民ならば身分の差をわきまえて、軽はずみな発言や行動には注意することだな」
「はぁ? 貴族だろうが何だろうが絡んできたのはあいつだし、嫌がるソプラを勝手に連れて行こうとした。誘拐未遂だし、悪いのはあっちだと思うよ!」
ちょっと言い方にカチンときた。我慢できずその場に立ち上がって睨みをきかせる。
このおっさん、態度もそうだけど事実も知らないでナリーが正義みたいに勝手に決めつけてきやがって……ムカつくわ!
「なんだねその態度は!? ……ったく……こんな常識知らずの馬鹿な平民に召喚魔獣など与えられん。社会の秩序を崩すのも時間の問題だ……」
おっさんがこちらを睨み返し、椅子から立ち上がって、机の上にある魔石を手に取った。
「君は……不合格だ!」
手を前に突き出すと、魔石が淡く光った。同時に俺の足下に直径2mくらいの魔方陣が浮かび上がった!
「いっ!? 不合格!? ふざけんな! こんなんで不合格にされてたま……うぉお!?」
魔方陣から七色の帯が出てきてあっという間に俺の体がぐるぐる巻きにされる。
くっ! 解けない! 口までふさがれて声も出せない!
「ふん! 愛想よく仕えていればいいものを……貴族に仕える気もない自己主張ばかりの平民など不合格だ! 自分勝手な行動と言動に後悔するといい! ……召魔封印!」
おっさんが更に魔力を込め光が増すと、縛っていた帯が身体の中に染み込まれていく!
「ムグー!? フゴッ! フゴッフグー! っぷは! なんじゃこりゃー!?」
内臓が帯で締め付けられる様な感覚の後、頭から指先までぞわぞわと体中を這いずり回っているようだ……痛みは無いけど、気持ち悪い!
「はい、封印終了。次の面接あるからそこから出て行きなさい」
やれやれと言った感じで腰を下ろし書類をペラペラとめくり始める。
「黙れ! こんな理不尽な面接で不合格なんて納得できるか!」
身体の異変も治り、頭に血が上った俺はつかつかとおっさんに詰め寄った。
「ったく……気の強いガキは嫌いなんだよ。どの道、封印は終わったんだ。どう足掻こうともお前は一生、魔獣を召喚出来ないんだよ。さっさと出て行け……目障りだ! テルウィンド!」
「なっ! ちょっま!」
おっさんが指を出口へ向けると、背後からの突風で仕切りの外に吹き飛ばされてしまった。
仕切りの外で尻餅つきながら転がり、なんとか勢いが止まる。
くそ! ケツが痛い! あんな理不尽な面接あってたまるか! 圧迫面接も真っ青だわ! あのおっさん1発殴ってやる!
完全に頭にきた! 痛いケツを押さえて戻ろうとしたら、案内のお姉さんが目の前にいた。
「あらあら、不合格だったの? あなたいい線いってそうだったのに残念ね……。悔しいかもしれないけど怒っちゃダメよ? 平民が合格する方が難しいんだから。これ以上騒ぎを起こすと子供でも衛兵さんに捕まっちゃうわ」
お姉さんは両膝をついて頭を優しく撫でて慰めてくれた。
「いや……俺は……」
「ね?」
お姉さんは目は優しく微笑んで、我慢してと語りかけてくるようだった。
「…………はい」
今にも爆発しそうな怒りを、お姉さんの慰めに諭されて押さえ込んだ……。
ちくしょう……ソプラとミーシャ、町のみんなになんて顔して帰ればいいんだろう……。
そして、落胆と悔しさを押し込めて試験会場を出て、ソプラ達との待ち合わせ場所に足取り重く向かうのだった。