40 火の粉です
試験会場は屋内ではなく広いグランドだった。そこには、受験者であろう子供がざっと300人くらいいた。
田舎っぽい子や商人っぽい子、冒険者みたいな格好してる子や貴族の子もいる。特別、単色試験には身分などは関係ないようだ。
結構受験者いるんだなー。まぁ、試験内容は毎年ほぼ同じみたいだから、焦らずじっくりやれば合格できるみたいだけど……試験なんてなん十年ぶりだろうか。
周りを見ても、緊張してウロウロしてる子や互いに励まし合っている子、うずくまってブルブル震えてる子もいる。
そんな中でも貴族っぽい子供は平民の子とは違い堂々としているが、にじみ出る落ち着かない様子が伝わってくる。
俺も周りの緊張に当てられてソワソワしていたら、校庭の隅に用意されていた台に誰かが登壇した。
「静粛に! ……これより魔獣召喚試験を開始する!」
「あら? トランさん?」
壇上に上がったのはトランさんだった。風魔法を使っているのだろうか? 結構距離が離れているのに、よく声が聞こえる。心なしか顔もキリッとしている。
「諸君おはよう! 本日は魔獣召喚試験の為に危険な道中を乗り越えての参加を心より感謝する! ……ここに集った君達はこの国の財産であり、これからの国を背負って立つ有望な人材だ! 臆する事なく力を見せてほしい!
君達はこの試験という名の『試練』を受けるとき、少なからず不安な気持ちや失敗してしまうかもと思って臨んでいるだろう……。
だが、そんな心配は無用だ! この試験は君達にとってのただの人生の通過点だ! 全力で試験に臨むものを誰も笑いもしないし否定もしない。あるのは選ばれた者たちへの賞賛のみ! 各々の野望、決意、信念を持ってこの試験を突破してもらいたい! 全員合格するよう健闘を祈る! 以上!」
口上を述べるとトランさんは一礼をして台を降りた。
「おおう、トランさんカッコいい……」
俺が見た変態チックな容貌からは想像できないような口上に良い意味でギャップを感じた。
周りの子供たちを見ても緊張が無くなり、明らかに目の色が変わっている。やる気がみなぎっていそうだ。
その後、壇上に上がった他の試験官から試験前の注意事項と内容が説明された。
そして、各受験番号と受験色札の試験会場へ誘導され試験が始まった。
* *
「では、赤札の召喚魔獣試験の一次試験を開始します」
俺は試験会場の隅にある簡易的に作られた射的場みたいな所にいる。どうやらここが一次試験会場のようだ。俺の他に受験者は男女合わせて50人くらいだろうか?
「ここでは火系の攻撃魔法試験を行います。各自、一番得意な魔法を30m離れた的に当てて下さい。たとえ的から外れても次の魔法を放ち、当てて下さい。魔力が切れて当てられない場合のみ失格となりますので焦らずじっくり狙って下さい」
鎧を着た試験官らしき兄ちゃんが試験内容を説明してくれた、見ると足元には線が引かれ、離れた場所には棒の先に甲冑の上半身だけ乗せてある的が数台並んでいる。
要はあの上半身鎧に魔法を当てりゃいいんだな? 的も大きいし、こりゃサービス試験だな。こちとら、よくミーシャのお花摘みに駆り出され、動きの予測が難しい魔物に当てる訓練してきたんだ。止まっている的くらい楽勝だ。
でも周りを見て見ると。
「あんな離れた的に当てるなんて……おらできるかなぁ……」
「何回も打てる魔量なんてないよ……この後の試験を考えると3回以内に……」
「これくらいは練習通りやればできる……。落ち着け落ち着け……」
試験管に呼ばれた受験者の何人かがラインの前に立ち、詠唱を始め魔法を構築していく。
各自、初級魔法のファイヤーアローやファイヤーカッターを飛ばして的を狙う。
ファイヤーアローは鎧に当たったあと威力がある子は鎧に軽く刺さり燃え上がるが、他はその場に落ちて燃えたりしていた。ファイヤーカッターは的にまで届く前に燃え尽きたり、当たっても鎧の表面でポフッと炎が立つくらいの威力が殆どだった。
それでも命中精度はあまり良くなく、ほぼ2〜3回でやっと当たるようだ。当たって喜ぶ子もいれば、なかなか当たらなくて涙を流しながら魔量が尽きるまで頑張っている子もいる。
あれ?なんか思ってたのと違う……。あれが普通なのか? なんか他の子はこの試験でも結構シビアみたい……俺とソプラの環境が異常だったということなのかな……それともミーシャの教え方が異常なのか……?
そんな事をぶつくさ考えていると……
「あっ! 貴様は!」
「え? ……あっ!?」
急な大声に振り返るとナリンキン・ナリーが立っていた。
「昨日はよくもやってくれたな! あの後僕はどれだけ恥をかいた事か……貴様にこの屈辱がわかるか!?」
「しるか! 女の子にびびって逃げやがった腰抜けが何言ってやがる! 今から殴るから奥歯噛み締めろ!」
俺は袖を捲り上げ拳を握る。
「おっと! 待て待て! 僕も貴様に言いたい事は山ほどあるが今は試験中だ……ここで荒事を起こせば失格になってしまう。貴様に構ってる暇は無いんだよ」
ぐっ……確かに失格はまずい、ミーシャにもおとなしくしてろと口酸っぱく言われてたんだった……ここは大人の対応だ。
「くそ……試験終わったら覚えてろよ!」
「それは僕のセリフだ!」
2人がにらみ合い、間に見えない火花が飛び交っていると……。
「次、153番。ナリンキン・ナリー君」
「むっ、僕の番か。ふん! お前そこで僕の魔法を見てな! 誰に逆らったかをここで後悔するがいいさ」
ナリーはそう言って長い前髪をばさりとひるがえしながら、嫌味なセリフを吐き捨てて言った。
「ふん! 見せてもらおうじゃねぇか!」
そう言ってナリーの試験を見学する事になった。これだけ大口叩くんだ、ヘナチョコだったら大笑いしてやる。
「ナリンキン・ナリー君だね。使用する魔法は何かな?」
「はい! ファイヤーランスです!」
「え? ファイヤーランスは中級魔法だよ? 君大丈夫なの?」
試験官の声に周りがざわつく。
「あいつ、もう中級魔法を使えるのか?」
「見ろよ、あいつナリンキン・ナリーだぜ……金で凄腕の家庭教師を雇ったり、魔量が増える食材を毎日たらふく食べてるらしいぜ」
「やだー! 目合わせちゃダメ! あの人、美少女を片っ端から手篭めにしてるらしいわよグフグフ! 私そんな事されたらお嫁に行けない! チラチラ」
(((ブスなお前は完全に論外だから!)))
「問題無い! なんだ? お前、疑っているのか?」
ナリーが試験管の兄ちゃんを不機嫌そうに下から睨みつける。
「いえ! そんな事はありません! どうぞどうぞ!」
試験官の兄ちゃんはペコペコと頭を下げてナリーを定位置に誘導する。
「ふん! 見てるがいい平民ども! 貴族との格の違いってやつを見せてやる!」
ナリーが両手を前に突き出し詠唱を始める。
「我宣言する、内なる熱き炎よ俄然の敵を突き通す矛となりて飛び狂え! ファイヤーランス!」
ナリーの両手の真ん中から1mくらいの一本の炎の槍が勢いよく的に向かって飛んで行き的に刺さって勢いよく燃えがった。
炎の勢いも、魔法速度も他の子供よりは強いし早い。なるほど、大口叩くだけはある。
「おお! 素晴らしい! ファイヤーランスをこの歳でここまで操るとは! これは召喚魔獣も期待できそうです!」
試験官の兄ちゃんもべた褒めだ。
「ふん! どうだ! ……はぁはぁ……僕を誰だと思っている!はぁはぁ……ナリンキン・ナリー様だぞ! これくらい、はぁ……できて当然だ……!」
めっちゃ息上がってるやん! 疲労困憊やん! ファイヤーランス一発でそれかよおい!
「見たか! アホ毛! はぁはぁ……これが実力の差ってやつだ! 貴様がどれだけ無礼な態度をとった相手かわかったか!」
息絶え絶えのナリーがわざわざ指差して煽ってくる。ぶっちゃけ、これでよくそんな態度取れるなと思う。
「うん、みてた。すごいねーさすがーかっこいーパチパチ」
「お前絶対すごいって思ってないだろ!」
ナリーがブチ切れてると。
「次、154番。アルトさん」
おっと俺の番だ。
「はいよ! おい、ナリー! お前の魔法見てやったんだから俺のも見とけよ」
すれ違いざまにナリーに声をかけていく。
「ふざけるな! 気安く呼ぶな! ナリー様だ! 平民がいい気になるなよ!」
後ろでギャーギャー言ってる馬鹿は気にせず試験官の兄ちゃんの前に行く。
「あ……えっと。アルトさん? あの子、貴族の子みたいだから、その……口の利き方には気をつけた方がいいよ?」
「大丈夫だよ、上には上がいるって身をもって体験しないとわからない馬鹿ってのは、どこにでもいるもんだから」
お兄さんは絶句してるようだから手をヒラヒラさせて次の言葉を促す。
「……じゃ、じゃあ君。使用する魔法は何かな?」
「生活魔法の火の粉です」
「……え?」
「生活魔法の火の粉です」
「いや……は?」
「生活魔法の火の粉です!!」
お兄さんがフリーズしてると後ろから馬鹿でかい笑い声が。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! こりゃすげぇ! 僕にあんな啖呵を切っておいてどんな魔法使ってくるかと思ったら……ププッ……生活魔法の火の粉ですぅ!? ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! 最高だ!」
ナリーの下品な笑い声が会場に響く。
「あの子終わったな……」
「多分、田舎者過ぎて召喚魔獣試験の内容知らなかったんだわ」
「あの子、試験終わったらナリーの慰め物になるのかなぁ……可愛いのになぁ」
なんだろう……周りの目が急に哀れみを込めたような物になっていくようだ。
「君……悪い事は言わないからこっそり帰った方がいいよ」
「え? やだよ。試験受けに来たんだもん。やらずに帰れないよ」
「いや……でもね……」
「いいじゃないか。やらせてあげなさい」
お兄さんが対応に困っていたら不意に横から声がかけられた。
「え? トランさん?」
俺が声の方を向くと、そこにはニコニコ顔のトランさんが立っていた。
「はぁ!? 副理事長様なぜこんな所に!!?」
慌てた様子でお兄さんがトランさんに詰め寄る。
「ん? この会場の責任者が視察の為に見回ってはいけないのかね?」
「いや……そういう訳では……」
トランさんの笑顔のプレッシャーにお兄さんがたじろぐ。
トランさん、それパワハラだから。お兄さん悪くないからやめてあげて。あとあんた絶対見たいが為に来たでしょ! 仕事しろよ!
ジト目でトランさんを見つめてみる。
「とにかく、その子に試験を受けさせてあげなさい。受験者は平等に扱わなければならないよ」
「はぁ……副理事長様がそうおっしゃるのならば……」
お兄さんも折れたみたいだ。トランさんとりあえずありがとう。でもさっきからこっちに向かってやってるのって、もしかしてウインク? めちゃくちゃ引きつって、ウインクになってないからそれ。みんな、何やってんの? て顔で見てるよ? やり慣れない事はやめときな。
「じゃあ君、使用魔法は生活魔法の火の粉でいいんだね?」
「はい、大丈夫です」
「……わかりました。では試験を再開します。アルトさんどうぞ」
「はい」
ちょっと緊張するがいい緊張具合だ。普段通りで行けば大丈夫。
俺は心を落ち着かせ、線の前に一歩片足を引いて立ち、右手に厚手の皮の手袋をして手首の紐をぎゅっと縛る。
「……よし! いきます!」
左手に魔力を集め直径5cmくらいの火の玉をポンと上に放り投げる。
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ! 本当に火の粉だ! 確かに火の粉にしては少し大きいが投げる方向間違ってるぞ!? 前に飛ばせ前に!! ぶひゃひゃひゃひゃひゃ!」
ナリーは無視。
そのまま火の粉が落ちてくる前に、身体中に魔力を巡らせて身体強化をして火の粉を右手での捕球体勢で身構える。
パシッ!
「「「「「「「え!?」」」」」」
火の粉を右手でキャッチして、身体を捻る。そして、そのままクイックモーションで的の鎧に向かって全力! 投球!!
キュン!!
「「「「「「「えぇ!?」」」」」」
身体強化した俺はクイックモーションながら普通の大人の3倍近い力で投擲できる。玉の速さは軽く200km/hを超えるだろう。
パァン!!!!
一瞬で火の粉は的の鎧に当たり……。
ドゴォォォォォォォォォォォォォオ!!
的の鎧は弾け飛び、高さ10mを超える火柱が燃え上がる!
「「「「「「「えぇぇぇぇええぇぇぇえ!?」」」」」」
試験官、受験者、トランさんまでもが驚愕の声を上げる!
俺はクルッと振り返り、口を限界以上まで開けてピクピクしているナリーに向かってまだ立ち上る炎柱を背に微笑を浮かべて言い放つ。
「で?火の粉がなんだって?」