39 試験の朝
「アルトちゃん、起きて。朝だよ」
「……ん……おはよう……っぐ……頭痛い……」
試験当日の朝、ソプラに体を揺すられ目を覚ますと、ズキンと頭に痛みが走る。
「大丈夫? 私わかる?」
「うん、大丈夫……痛いだけ。ありがとう」
頭のてっぺんを抑えてなんとか起き上がる。
昨日の騒ぎの後、あとをつけられる事を考え少し遠回りしてハン・パナイ亭に帰り着いた。そして、俺たちより先に帰っていたミーシャにその日にあったことをソプラが報告。
その後、俺は激おこのミーシャから食堂で正座させられ、約2時間こっ酷く説教。最後に脳天に容赦の無い拳骨を食らって意識を持って行かれた。
言い訳も虚しく俺は帰らぬ人に……いや、生きとったわ。
説教中、ソプラは必至に俺を庇ってくれたけど、貴族とのいざこざは超が付くほど目立ってしまった為ミーシャが帰る前に噂が耳に入っていたようだ。
だいたい、普通10才の女の子に身体強化した大人が鉄拳制裁を食らわすだろうか? こっちも身体強化して身構えたけどさ……無理じゃん。
A級魔術師の本気の鉄拳制裁……耐えられるわけないやん。むしろタンコブだけで死ななかったことに賛辞を唱えたい。
あと、あの生意気そうなゴスロリの名前聞かずに逃げたけど結構有名人ぽかったなぁ……周りもザワザワしてたし……うん……まぁ、いいか。そんなに興味も無いし。
ズキズキと痛む頭を抑えながらソプラと一緒に食堂に降りると、テーブルを拭いているユーヤちゃんがこちらに気づいた。
「おはようございます……頭大丈夫ですか?」
「おはようございます。ユーヤちゃん」
「おはよう……まぁ、なんとか……」
「よかった……ビックリしましたよ。昨夜、ミリピッグが壁をぶち破った様な凄い音がしたと思って駆けつけたら、お説教されてたアルトちゃんが白目向いて倒れてるんだもん」
ユーヤちゃんは心配そうに近寄ってきてふきんを握りしめ上目遣いで見上げてくる。あぁ……そのケモ耳をもふりたい。
「ありがとうございます。なんとか試験には出られそうなので……大丈夫です」
そんなやりとりをしてると、カウンターの奥から豪快な笑い声が聞こえてきた。
「がはははは! 嬢ちゃんよく生きてたなぁ! カルロスのあの拳骨をモロにくらって、次の日起きてくるとは中々鍛えられてるじゃねえか! がはははは!」
サコさん……本当だよ、普通の人なら絶対あの世行きの衝撃だもん。てか、その豪快な笑い声やめて……空気振動して脳が揺れるぅ。
「嬢ちゃんたちは今日試験なんだろ? 朝飯はしっかり食って行けよ! 今日は特別に飯と味噌汁と今朝、取れたてのモズクックの目玉焼きもつけてやるぞ!」
「サコさん大好き!」
はい! 頭の痛み吹き飛びました! 朝から米! 更に味噌汁! 卵もつけば正に日本の朝食! 海苔までなんて贅沢言いません! 米だけでも御の字です! 朝食は元気の源! サコさんはわかっていらっしゃる!
早速ソプラと席に着き、朝食をユーヤちゃんが配膳してくれる。
ほんのりと湯気が立ち艶のあるご飯、お椀のなかで味噌がゆっくりと対流している香り高い味噌汁、少し硬めに焼かれた塩味の目玉焼き……。
完璧でございます。最高の朝飯でございます!
「わぁ! 美味しそうだね! アルトちゃん、食べようか!」
頭の痛みを忘れ、テンションも上がって早く食べたい衝動を抑えきれない!
両手を合わせ合唱……。
「「天に召します食の神ターカ様よ、命あるものの糧をこの身の血肉と変え、生きる事に感謝を捧げます!!」」
スプーンを持ってがっつく! 昨夜、ミーシャの拳骨で気を失ったせいで晩御飯食べていないから、お腹空きすぎてめっちゃうまい!
「うぅ……うまいぃいぃいぃ!! うまいよぉぉぉ! サコさんありがとうー!」
「美味しいね! この味噌汁って初めて食べるけど、なんかほっとする美味しさだね」
2人でご機嫌な朝食を堪能していたら。
「ふー……朝から元気ねアルト。昨日の説教効いてるのかしら?」
「アルト!!? お前なんでそんなにピンピンしてんだよ!?」
頭をボリボリ掻きながら寝起きのミーシャとドーラが食堂に降りてきた。
「サコさんの朝御飯のほかげで完全回復へふ! 今日ほ試験はフォッチリはよ! 任へときなふぁい!」
ハムスターばりに頬を膨らませながら、スプーンを持つ手でサムズアップを決める。
「お行儀悪いよアルトちゃん……ミーシャ、ドーラ君おはよう」
「おはよう、ソプラ」
「おっ……おはようソプラちゃん」
ミーシャとドーラも席に着き、みんなで朝食を食べ始める。
「アルト、昨日も散々言ったけど無駄な注目は浴びない事。貴族に手を出さない事。合格したらさっさと帰って来る事。いい? あんたは秘密裏に召喚をする事になってるから型だけの合格でいいの。余計な事しなければ良いだけ、わかった?」
「わかってるよミーシャ。二度とやりません。合格したらさっさと帰ってきます」
「……ふぅ。ソプラならまだしも、アルトは何故か不安しかないのよねぇ……」
ご飯粒を口周りにつけながら、ため息をつくミーシャ……本当ご飯食べるの下手だな。あと、俺の事もう少し信用してくださらんか、ミーシャさんよ。
「アルトちゃんなら大丈夫よ! ミーシャと特訓もしてきたんだもん!絶対合格だよ!」
ソプラがフン! と鼻息荒くエールを送ってくれる。ありがとう、心から嬉しい。
「アルトが落ちても誰も困る事ないから気楽にやればいいさ笑」
「……あとで覚えとけよ……」
「ひぃ!?」
ドーラ……てめぇは試験あとで締める。
そうして、朝食を終えサコさんとユーヤさんに見送られてみんなで試験会場に向かった。
* *
「着いた! 流石に受験生多いなぁ!」
「本当! 凄い人!」
「今年は当たり年だからねぇ、いつもの倍は受験するのよ。それにしても多いわねぇ」
昨日ソプラと下見した試験会場は多くの人で賑わっていた。ちなみにドーラは2属性だっので別会場だ。
「父さん! 母さん! 絶対合格してくるよ!」
「ああああああ……緊張してきたたたた、落ち着け……落ち着けええぇえ」
「ふっ……ここがおいらの伝説の第一歩目だぁよ……」
単属性の為か結構平民と思う子供もちらほらいる、みんな色んな思いがあり受験するんだなぁ……うぉ、なんか俺も当てられて緊張してきた。
受付の列に並び、受付を済ませて受験番号をもらうと不意に背後から声をかけられた。
「やぁ、アルトさん待っていましたよ」
「あれ? トランさん!」
振り向くとそこには、一昨日お世話になったクルクル眼鏡の赤髪トランさんがいた。
「なんでここに?」
「ははは、一応私がここの会場の総責任者でしてね。アルトさんが来るのを待っていたんですよ」
「へぇー結構偉い人だったんだ!」
「アルトちゃん敬語! 敬語!」
「わざわざ出迎えとはありがとうございます。しかし、あまり贔屓にされ目立ちますと……」
ミーシャがにわかに顔をしかめる。
「申し訳ありませんカルロス殿。私も年甲斐もなくアルトさんには非常に興味深々なのですよ、試験は遠目で見ておくに留めますのでご容赦を……」
トランさんが申し訳無さそうに頭を下げる。
「大丈夫だよトランさん! サクッと合格してみせるよ!心配しないで!」
腕を捲り上げてガッツポーズをしてみせる。
「ははは、これは頼もしいですね。頑張って下さいね。では合格を祈ってますよ」
トランさんはそう言って会場の中に戻って行った。
「さて、アルトわかってるわよね?」
「わかってるよ! 絶対目立ちません! 喧嘩も売りません! 私は良い子です!」
「頑張ってねアルトちゃん!」
ミーシャとソプラに会場の前で見送られながら大手を振って試験会場に入る。
「さぁ! いっちょ頑張りますか!」
召喚魔獣試験が始まる……。