37 青い横槍
2人で振り向くとそこには王都に入る時に前に並んでいた憎たらしい貴族のナリンキン・ナリーが立っていた。
「おい! 青髪の娘! 僕が誘って来ないとはどういうつもりだ!!?」
無駄に長い前髪を振り乱し、体格の良い護衛を2人連れながら横柄に近づいてくる。
「貴族の僕の誘いを無視するなんて……あっ! そうか。田舎と比べて王都が広くて宿がわからなかったのか! なら僕が連れて行ってやるよ! さぁこい!」
「あっ……いや……」
嫌がるソプラに、ナリーが乱暴に連れて行こうと手を伸ばすが……。
バシ! 「痛っ!?」
俺がナリーの手を叩きそれを阻止する。
「はっ!? なんでソプラがお前のところになんか行かないといけないんだよ。今、人生で一番幸せ噛み締めてんだから邪魔すんじゃねぇよ」
「アルトちゃん!!?」
ソプラの前に立ちはだかり、ナリーを迎え打つように睨みを効かせた。
俺の幸せな時間に水差しやがって……ふざけんな!
「くっ! 平民が貴族の僕に手を出すとは、野蛮な小娘だ……おい!」
「はいよ……嬢ちゃん、ちょっとこっちおいで……」
ナリーが顎で合図を送ると、後ろにいた護衛であろう冒険者風の男が俺に掴みかかろうとしてきたが……。
「ふん!」
「うお!!?」
掴みかかろうとしてきた腕を捻り、地面に倒れ込ませる。
この3年間、身を守る為にとミーシャに死ぬ程、剣術や体術を仕込まれた俺にとっては容易な事だ。
「おい! 小娘如きに何やってる!!?」
「いや! ちょいとガキだと思って舐めてまして、直ぐにやりますん……あだダダダダダダ!!?」
捻りとった腕をさらに捻り、関節を決める。
合気道っぽい技だけど前世でも格闘技はやった試しはない。でも、これをやられるとすげぇ痛いってのは身をもって実感しているからよくわかる。
「ふぅん……おい! アホ毛のお前! 中々やるようだな……。ん? しかし、お前もよく見ると良い顔立ちしてるな……ははん、自分だけ声がかからないから嫉妬してるのか。よし、おとなしくするなら青髪の娘と一緒にお前も可愛がってやるぞ? 金も恵んでやる、どうだ?」
ゾワッ!
うっお! 背筋がゾワッってした! こいつガキの癖に成金中年みたいなこと言いやがって……可愛がってやるとか虫唾が走る。
「ふざけんな! 誰が行くかよ! 金で何もかもがうまくいくなんて大間違いだ! てめぇみたいなガキはろくな大人にならねぇぞ! よし、俺が人道ってもんをわからせてやる! その前にまずは一発ぶん殴る!」
「イダダダダダダ!!? ちょっ……折れる! 折れるー!!」
「ちょ!? アルトちゃん!!? ダメだよ!! ストップ! ストップー!!」
おっと、いつのまにか捻る手に更に力が入っていたようだが、正直知ったこっちゃない。
「ふん、所詮平民か……馬鹿な娘だ。おい、この生意気な娘を黙らせろ。おっとそっちの青髮の娘は優しく連れてこいよ」
「へい……坊ちゃん……」
最後に控えていた声が低く、武装した体躯の良い男がのそりと前に出てきた。
素人目でもわかる。今、捻り伏せているこいつとは明らかに実力が違う。小娘の俺だろうと怠慢などなく、全力でかかってきそうな、これぞ用心棒みたいな感じだ。
「……無理に抵抗するな……手加減は苦手なんだ……」
「ふん! こいつがそんなに偉いのか!!? でもな、手加減できないのは俺のセリフだ! ソプラに手ぇ出すやつは誰でだろうと俺が許さん!」
「アルトちゃん! 揉め事はダメだってミーシャから言われたでしょ!?」
「……ふう。悪く思うなよ……」
用心棒が腰をかがめ踏み込む足に力が入る、ソプラは俺の服の袖を必死に引っ張って止めようとしているが、相手がやる気だから引くわけにはいかない。
こちらは全身に魔力を巡らせていく、筋力では到底敵わないが、ミーシャから叩き込まれた筋力強化を使えばなんとかソプラを守れるだろうと思う。
お互いの目が合って睨みを効かせ合う……そして、立会いの瞬間!
「貴方達! ちょっと待ちなさい!!」
絶妙なタイミングで待ったがかけられた。俺でも用心棒でもナリーでも無い。
とても大きな声だったが、よく通る力強い女性の声だった。
その声の方に目をやると、いつの間にか周りは人垣ができギャラリーだらけになっていた。そして、奥の方から人垣が左右に割れてその中心を1人の女の子が歩いてきた。
「貴方達! こんな人の往来の多い所で何やってるの!!? 貴族が護衛使って平民の女の子に何しよう……と……って……あれ?」
その女の子は、整った顔立ちで髪がピンクの縦ロール、全身にフリフリのついたブルーを基調としたゴスロリファッションで仁王立ちになりながら啖呵を切ってきたが、次第に言葉尻が細くなり、俺を見て目を見開いている。
「おかしいですわね? 幼気な少女を悪党から救わんと必死の少年の助太刀に、と思ったのですが……女の子ですよね? しかも1人捻り潰してますし……」
「ん? あっ……」
俺が関節決めてた奴が、白眼に泡吹いて気絶してる。思いっきり忘れてたわ……パッと手を離すと、極めていた腕がドサと倒れた。
「あっ! 貴女様は! パステル公爵様の1人娘にして、西の街一番の歌姫、シアン様では!!?」
ナリーが用心棒の背後から、慌てたように女の子に詰め寄り、片膝をつく。
「そうですけど……貴方がこの騒ぎの仕掛け人なんですの?」
「いえいえ! 滅相もございません! あの小娘らが僕に詰め寄ってきまして! あまりにしつこい為、護衛に身を守ってもらっていた所でして……」
「うぉい!! てめぇ何言ってやがる! 先に手出そうとしてきたのはそっちじゃねぇか! ふざけんな!」
怒号を聞いた少女は俺を見て不敵に笑い。そして、ナリーを見ながら……。
「へぇ……貴族ですのに平民の女の子にも勝てないようなお力なんですのね。見た所、魔獣召喚試験に出られるようですが、その程度の実力で明日のは大丈夫ですの?」
「いや……それは……その……」
ナリーがしどろもどろになり、汗が吹き出している。どうやらこの女の子の方が立場は上っぽいな公爵の1人娘って言ってたし。
女の子とナリーを見ていたら用心棒が近づいてきて、俺の横で失神している護衛の側にしゃがんだ。
「おっ? なんだ? やるのか?」
「もう! 挑発しないで! お願い……」
「いや、今日は引かせてもらおう……主人が迷惑かけたな……」
そう言って護衛をヒョイと担ぎ上げ、ナリーの方に向かう。
「ナリー様……我らが醜態さらし、申し訳ありません。シアン様……この騒ぎは我らが起こしたものであり、ナリー様は関係ありません。御足労お掛けしまして申し訳ありません」
ナリーの横で片膝をつきながら、女の子に深々と頭を下げている。ナリーはあれだが用心棒の人はまともそうだ。
「わかりました。護衛が主人に迷惑をかけるなど、あってはなりません。貴族に仕えることに、泥を塗らないようにしなさい」
「はい……肝に命じます。……ナリー様ご迷惑をおかけしました……行きましょう」
「あ……あぁ……」
ナリーと護衛を抱えた用心棒は集まったギャラリーをかき分けながら歩いて行ってしまった。
「アルトちゃん……私達も行こう……」
ソプラが袖を強く引き、強張った表情で催促してくる。
「うん……なんか煮え切らないけど、ここを離れた方が良さそうだ」
そして、こっそりその場を離れようとしたら……。
「貴方達! ちょっと待ちなさい!」
俺たちが逃げようとする進路をふさぐように、青いゴスロリ娘に回り込まれてしまった。