34 ニコン料理
「どんな料理がでてくるかなー?」
俺は気分を高揚させながら料理が出てくるのを待っていた。
「私、アルトちゃんの料理が1番美味しいと思うけど、アルトちゃんがワクワクする程の料理も楽しみだね」
「お前ガサツな性格なのに料理は抜群に上手いもんな、ニコンの料理は有名だけどここの料理はちょっと不安だよ」
ソプラが俺の隣に座り、嬉しい事を言ってくれる、ドーラは素直に料理の腕は認めてたんだな……ちょと意外だったわ。前の人生では大衆の為に作っていた料理だが、今はソプラの笑顔が見たいが為に作っている。美味しい食べ物は人を幸せにする、これはこの世界でも同じだ。
「ニコンは食の神ターカ様の恩恵で食材が豊かで、料理人が集まり、腕を競い合う食の都よ。サコはニコンでも指折りの料理人だったけど国を回り見解を広めたいと私達と旅を共にした仲間なのよ。まぁ、魔力持ちで料理人になる変わり者だったからね」
「え!? じゃあサコのおっさんもミーシャ並みに強かったりするの!?」
「サコは火属性のみで後は身体強化ばかりに注力していたから、純粋にパワーだけなら私より上だったわね。あと『料理は火力とパワーだ!』とかよく言っていたわね」
ミーシャよりパワーが上か……まぁ見た目だけでもわかるけど『料理は火力とパワーだ!』ってのはどういう意味なんだろう。火力はわかる、火加減を見るのはは料理人には必須の技術だろう……しかし、パワーはなんだよ……。
「料理に火力はわかるけど、なんで料理にパワーがいるの……?」
「さぁ? 私も料理の事はよくわからないから、なんとも言えないわね」
ミーシャが両手を軽く上げて首を振った。
「あと、気になってることがあるんだけど……」
「なに?」
「ユーヤちゃんて、本当にサコさんの娘さんなの!? 奥さんが獣人なの!? というか全く似てないんだけど!?」
あのゴリマッチョからなぜあんな可愛らしい猫耳娘が産まれるのか想像がつかない。と言うか突然変異としか思えない!
「あぁ。それは……」
「私は、拾われたんですよ」
ミーシャが言いかけた時、後ろから声が聞こえて振り返ると、お盆を持ったユーヤちゃんが立っていた。
「あっ……えっと……」
俺が言葉に詰まっていると。
「いいんですよ、よく言われますから。『あんなゴリラからこんな可愛い子が生まれるはずない』ってね」
ニカッと笑みを作り、人数分の琥珀色の飲み物が入った木のコップを並べていく。
「私は赤ん坊の頃、森に捨てられていた所を拾われました。今の私があるのはお父さんのおかげなんです。見た目は怖いけど中身は心配性でお節介なお父さんなんですよ」
「そうだったんだ……お父さん大好きなんだね。あと、さっきはいきなり耳触らせてなんて変な事言ってごめんね」
椅子に座ったままだが頭を下げる。こういう礼儀てのはしっかりしておかないといけない。警戒されるとモフモフさせてもらえないかもしれないからね。
「あはは、ビックリしましたけど大丈夫ですよ気になさらないで下さい。すぐに料理をお持ちしますのでお茶でも飲んでお待ち下さい」
そう言って深々と一礼すると、お盆を胸に抱えてトテトテと厨房に戻って行った。
「しっかりしていい子だね……」
「うん、ちっちゃいのに頑張り屋さんだよ」
「俺の仲間のミレやファドよりしっかりしてそうだよ」
小さいのに健気でええ子や……サコさんの見た目がアレだから本当に育てたとは思えない程ええ子や。
「ふふふ、あの子も変わらないわね、南の森でサコがユーヤちゃんを拾ってからもう20年になるのね。時間が経つのは早いわぁ……」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」
ミーシャの発言に驚く俺たち!
「ミーシャまって!!? 拾って20年って……ユーヤちゃん20歳以上なの!?」
「どっ……どうしよう。わっ……私、年上と思ってなかったから……」
「見た目完全に俺たちより年下に見えるんだけど!?」
慌てふためく俺たちをミーシャはからかい混じりの笑みを浮かべて見ている。
「獣人族は早く成長して狩をする種族なの。産まれて3歳になる頃には人族の10歳くらい、5歳くらいには人族の18歳くらいには成長するの。でも、ユーヤは見た通り成長が遅くてね、狩にもいけず子供も産めないからと、森に捨てられていたのよ。そこで、たまたま通りかかったサコに拾われて今に至るってわけよ。まぁ……最初はみんな驚くからね、クックック。ちなみに今23才のはずよ」
したり顔のミーシャ、愕然とする俺ら。まさかあの見た目でそんな年上だとは思ってもいなかった。
俺たちが呆然としていると店の奥から豪快な声が聞こえてきた。
「がはははは! 待たせたな! 急だったもんであり合わせしかないが、まぁ食ってくれ!」
サコさんが笑いながら料理が盛られ湯気が出ている皿を持ち歩いてくる。その後ろにはユーヤさんも料理をお盆に乗せてきている。
なんとも食欲をそそる、いい匂いだ。空きっ腹にこれはたまらない! でも、あれ? 久しく嗅いでいない懐かしさがあるこの匂いは……もしかして?
配膳された皿を見て俺は目を見開いた!
「チャーハンだ!!」
目の前の皿には半円状に盛られ、出来立てであろう立ち上る湯気と香ばしい香りを放つシンプルな卵チャーハンがあった。
「おっ!? なんだ嬢ちゃんチャーハン知ってんのか?」
サコさんが興味有り気にこっちを見てくる。
「やっぱりチャーハンなんだ! お米ってこっちにあったんだね! それにこの匂い……ミーシャ! 早く食べよう!」
「ふふふ、急かさないの。料理は逃げないわよ。さぁ、みんな祈りを……」
全員両手を合わせ食前の祈りを捧げる。
「「「「天に召します食の神ターカ様よ、命あるものの糧をこの身の血肉と変え、生きる事に感謝を捧げます」」」」
祈りが終わった瞬間に素早くスプーンを取りチャーハンをすくった。具は一切無いが米一粒まで卵が見事にコーティングされたパラパラの正に黄金チャーハン。
早速一口!!
頬張ったチャーハンは口の中で踊るように解けていく。米を噛むたびに香ばしい風味と10年ぶりとなるこの味に感動を感じた。
「美味い!! 美味い!! 美味ーい!! あぁ……お米だぁ。美味しいよぉぉぉ」
自然に涙が出て来た、俺やっぱり日本人だなぁ。お米が美味しい。麦も炊いて食べてはいたけどやっぱり日本人なら米だよな。
米の存在はミーシャから聞いてた。育てようかとも思ったが、米は水が豊富な東の方の土地じゃないと育たないらしい。ベルン周辺は雨は降るけどそこまで水は豊富ではない為、主食は水が少なくても育つ芋か麦だった。
「うん! 美味しい! これがアルトちゃんが食べたいって言ってたお米なんだね」
ソプラも美味しそうにチャーハンを口いっぱいに頬張っている。右の頬にご飯粒が付いている……あとで取ってあげよう。
「美味い……こんなボロい宿なのに……モグモグモグ……」
ドーラはぶつぶつ言いながらもスプーンが止まることは無かった。
「がはははは! 美味いか!? おかわりもあるからな! もっと食え! がはははは!」
俺たちの食いっぷりに気を良くしたのかサコさんが豪快に笑う。チャーハンは文句無しに美味しい、美味しいんだけど……。俺はもう一つ気になることがあった。
「ねぇサコさん」
「おう、なんだ嬢ちゃん?」
「これ、ショーユ入ってる?」
「ほう! このチャーハンの隠し味に気づくとは中々いい舌持ってんじゃねぇか!」
サコさんが片眉をクイっと上げニヤリと笑う。やっぱりか! この懐かしい香ばしさはショーユ! この世界に無いと思ってたけどあるのか!
「おどろいたわ……アルトいつショーユの味なんて知ったの!? 貴族のお偉いさんくらいしか口にしない高価で貴重な調味料なのに……」
チャーハンを食べる手を止めてミーシャが聞いてくる。あんた口の周りご飯粒だらけじゃねぇか、子供か!
「あん? おめぇが食べさせてやったんじゃねぇのか?」
「サコ、私の料理の腕知ってるでしょ?ショーユなんてとても扱えないわよ。それに購入しようにも、そんなお金貧乏教会にはないわよ」
「がはははは! それもそうか! おめぇがショーユ使っても食材と金の無駄だわな! がはははは!」
ショーユはあるけどかなり高いみたいだな。でも、存在を確認できただけでも大収穫だ。料理の幅を広げる為に是非手に入れたい。
「そんな高価な調味料なのに俺たちに使って良かったの?」
「ん? お嬢ちゃんじゃなくて坊主だったのか? いや、女の子だよなぁ……まぁいいか。ショーユは確かに高価だが俺にはちょっとしたコネがあってな、少量だが安価で手に入れられるんだよ。カルロスの連れにまずい飯は食わせれねぇからな! ……それにしても、チャーハンには香りが着くくらいしか入れていなかったんだが……その年で大したもんだ! がはははは!」
バンバン! 「グハァ!!」
俺の背中を全部覆い尽くすほどのでかい手のひらで叩きながら、また豪快に笑い出すサコさん。ちょっ……息できないから……衝撃が強すぎて肺の空気全部押し出されそうだ。パワーありすぎ……。
その後、米はニコンでは主食であり、よく栽培されてる事、ショーユは高価で王都でも買えるが普通に商店に並ぶものでは無い事、サコさんとの料理議論。ユーヤさんに猫耳を触らせてもらえる許可を速攻で拒否されるなどの時間を過ごし、気がついたら陽も落ちていた。
* *
「じゃあ明日は試験前の気晴らしの為の自由行動ね。絶対騒ぎを起こさない事、いいわね? じゃあおやすみ」
バタン……。ガチャリ。
ミーシャが部屋を出て行ったので鍵をかけた。
一週間の長旅を終え、久しぶりのベットでの就寝だ。
正直疲れが溜まっていて今すぐベットへダイブして寝たいのだが……。
それをさせてくれそうにない存在がベットの上に座っていた……。
「あっ……アルトちゃん。じゃあ……寝ようか……」
寝間着に着替えたソプラが抱えた枕で口元を隠し、部屋にあるたった一つのベットの上に座っていた。
俺は召喚魔獣試験の前に、人生最大の試練に望みそうでした。