32 スカウト娘
「あのー……もし、よかったら運輸ギルドに来ていただけませんか?」
お姉さんはちょっとオドオドした様子でこちら反応を待っている。
俺らが対応に困っているとミーシャが代わりに声を掛けてくれた。
「お嬢さんスカウトの子? この子達単色札だからあまり需要のある召喚魔獣は期待できないよ? ドーラは黄色札だけど領主様の息子さんで許可が必要なんだけど……」
「はい、うちはそういうのは殆ど気にしませんので大丈夫です。むしろ人手が足りないので試験関係無く来ていただきたいんです。あっ! 私、運輸ギルドよりスカウトに来ました……フィルと申します」
そういうと懐から鳥の焼印のついた名前入りの板切れを渡してきた。どうやらこれが名刺代わりらしい。
「運輸ギルドねぇ……」
なにやらミーシャの顔付きが芳しく無い……何かあるのか?
「運輸ギルドはね、主に国中の荷物や手紙の配達をしているギルドなの。ただ、あまり人気がないギルドね……」
ミーシャのため息混じりの言葉にフィルさんがピクっと反応して肩が落ち、表情が暗くなっていく。あっ、なんか泣きそう……下唇噛んでプルプルしてる。
「でっ……でもせっかく私達をスカウトしにきてくれたんだし、お話だけでも聞いてあげよ? ね? ミーシャ」
「まあ、時間はあるからいいけど私はあまり進めないからね。アルトもドーラもいい?」
「ソプラは優しいなぁ。俺は大丈夫だよ!」
「俺もソプラちゃんがそういうなら……」
「あっ……ありがとうございます! ありがとうございます!」
ソプラが気を使いフォローを入れると花が咲いたように笑顔になりペコペコと頭を下げてお礼を言ってくる。感情わかりやすいなこの人。
街角の美容関係のアンケートしてくれる人が中々見つからない新人バイトの女子大生ってこんな感じだったなーってのを思い出した。
扉前で立ち話もあれなのでフィルさんが喫茶店に案内してくれた。
少し離れた道脇にテラス席があり、大きな薄グリーンの布地のタープの下に四角いテーブルが2つある喫茶店だった。椅子も人数分あったのでそこに座る。
フィルさんがメニューを取り、真剣な表情で選んでいる。飲み物くらいでそんな眉間にシワ寄せるくらい悩まなくてもいいんだろうけど……。
「あ……あの。皆さん……」
メニューを開いてこちらに見せているフィルさん。なんだろ? オススメのメニューでもあるのかな?
「文字読めないので……頼んでもらってもいいですか?」
「読めないんかい!!」
思わず突っ込んでしまった。
「いやー、一生懸命見たらなんとなく読めるんじゃないか? って思って試したんですけどダメでした……」
「できるか! お姉さんよくそれでスカウトとかできるね……メニュー貸して」
「ええ!!? あなたもう文字読めるんですか!?」
「読めるよ、5歳くらいには普通に本も読んでたし」
「てっ……天才ですか!?」
目をキラキラさせてフィルさんが前のめりの姿勢でグイグイと顔を近づけてくる。
近い近い! フィルさんは中々の美人さんだ、詰め寄られるのに悪い気はしないが流石に人目があるとこは恥ずかしい。
「いやいや、みんな文字くらい読めるよな!?」
堪らず話題を他の人に降った。
「えっ!? いや、私は……アルトちゃんみたいにスラスラ読み書きはちょっと……単語ならわかるよ!」
「俺はある程度読み書きできるけど、それよりお前に教養ってもんがあったんだなって驚いてる所だ」
「ドーラはあとで殴る」
「なんでだよ!!」
結局、俺が代わりに注文して全員紅茶を頼むことにした。
ここの紅茶はでかいポットと人数分のカップが配られ、おかわりはポット一杯分の湯を継ぎ足してくれるらしい。あとは自分で飲みたいだけ注ぐスタイルらしい。
一口飲むと苦味は無く、ほんのりと紅茶の良い香りがする、大衆の紅茶としては良い方だろう。
一息ついたところでフィルさんが姿勢を正して話し始める。
「すいません、注文していただいてありがとうございます」
「いいよ! でもフィルさん文字も読めずに配達とかできるの?誰宛とかわからないでしょ?」
「はい! それは大丈夫です。基本的に配達物は各都町村の運輸ギルド止めの物ばかりです。あとは文字を読める人が仕分けをして、本人が取りに来るか、追加金を支払えば最寄りのギルドから直接お届けすることになります。文字が読めなくても、紋章や看板の絵などの目印でも配達できます。どうですか? シンプルでわかりやすいでしょ?
更に、町を転々とする冒険者や行商人の方もいるので荷物は各ギルド止めで受け取りもできますよ」
「あぁ、なるほどギルド間なら文字読めなくてもギルドに運ぶだけだから目的地はわかるもんね。紋章も住所の代わりになるなんて初めて知ったよ」
「はい、それに運輸ギルドには文字を読めない人が重宝される事もあるんですよ」
「えっ!? なんで?」
「公文書や人に内容を見られたくない手紙などは、文字が読めない人にとっては中身すら見てもわかりませんからね。なので、そういった大切な物を運ぶ時は、私みたいな人が適任なわけです」
なるほど、確かに機密文書や恥ずかしいラブレターなんかは読まれるとやばい。運んでいる人の素行や理性も問われるが、そもそも文字読めないなら、なんの問題もない。こんな利点もあるのか。
「他に荷物を冒険者ギルドや商人ギルドに頼む人もいますが、中には素行があまり良く無い人もいるので中身を見たり、魔物に襲われたと言って盗んでしまう人なんかもいるようです。ですが運輸ギルドでは特殊な魔道具で荷物を守りながら運びますし、荷物の到着確認まできちんとやるのでとても安心なんですよ!」
ふむふむ、荷物の安全性が高いのは高評価だよね。
「このように、誠実な仕事をこなす為、運輸ギルドの信頼は厚く、国内全ての都町村に支部があり、その範囲は隣国まで幅が広く、民間から国まで色んな依頼があって世界中を回れる夢のあるお仕事ですよ! 是非運輸ギルドへ来てみませんか!!?」
フィルさんが立ち上がり両手を前に出し満面の笑みを向けてくる。
確かに国中を回れる仕事は魅力的だ、前世でも定食屋をついでから家と店の往復ばかりで、若いうちに色んなところを見て回れたら人生変わっていたかもしれないとつくづく思ったほどだ。
それに、この世界は魔法と冒険のファンタジー世界、力がついたら俺も国中を回って見たいと思っている。
でも、どこか闇を感じる……ブラック企業の会社説明会みたいだ。ミーシャがおすすめしない理由ってのも気になるし?ちらっとミーシャを見ると腕組みしてフィルさんの説明を聞いていたみたいだ。
しかし、黙っていたミーシャが重い口を開いた。
「まあ、スカウトならそう言うでしょうね……」
両手を広げ、笑顔のフィルさんがビクッと身をすくめる。
「1番大事な所……肝心なところがごっそり抜けてるのよね……ねぇ、お嬢さんに聞くけど、働く危険性と報酬はどうなるの?」
「うっ!!」
あっ……めっちゃ目が泳いでる。汗も凄い吹き出してる。口尖らせてヒューヒュー息してるけど、あれ口笛のつもりか? てか、この人リアクションがわかりやすすぎて申し訳無い気持ちになってくる。
「手紙みたいな軽い荷物の輸送量は隣町くらいなら1通、銅貨1枚。10通でも銀貨1枚にしかならない。そもそも、手紙自体が毎日あるものでは無いし、町を往復するなんて1人でいいし何より安すぎる」
「うぅ……」
「でも鳥型召喚魔獣なら手紙くらい飛んで運べるし早い。けど、鳥型魔物に襲われる事が出てくる。戦闘能力がある鳥型召喚魔獣は少ないし、そもそもそんな召喚魔獣なら騎士団に優先してスカウトされてしまう」
「うぅう……」
「他の荷物は運輸ギルドでまとめて定期の荷車で運んでいるけど魔物や盗賊に襲われる危険性が高く、荷物を護衛しなきゃいけないけど、それは冒険者ギルドの仕事だし、魔物を退けるくらいの力があれば冒険者やってる方が稼ぎが良い。結果運賃から護衛費が抜かれて利益は薄い。
食料や生活用品などは大きい商会が一括して自前の荷車で護衛つけて運んでしまうから小売店の様な小さな荷物ぐらいしか取り扱わないので料金もそんなに取れない」
「うぅうぅ……」
フィルさんめっちゃ涙目になってプルプルしてるんですけど……事実突きつけられて言い返せなくて悔しそうなんですけど……。
「つまり、大変な割に報酬が少ない仕事ってことね」
「はうぅうぅ……」
フィルさんが完全に顔を伏せてしまった。この人スカウトに絶対向いてないよ。なんで来たのこの人?
「あのー、フィルさん? それでも続けられるって事は大変だけどやり甲斐のある仕事だからって事ですよね?」
ソプラ……君はなんて優しいんだ。まるで天使のような慈悲深さだ。フィルさんは顔だけ起こしてソプラを見た。
「いや……私文字読めないし、鈍臭いし、働き口がここしかなくて……」
そして、また顔を伏せてしまった。
あぁ……身も蓋も無かった。ソプラもどんな表情したらいいのかわからず、引き攣るような微妙な表情だ。とりあえず笑えばいいと思うよ?
「でも……私たちがいないと困る人は大勢いて……荷物一つ一つがとても大事なもので……うぅ……」
あぁ、この人どうしようも無いけど、こんな状況でも他人を思いやる事の出来る、根は優しくていい人なんだろうなぁ。
しかし、運送業はどこでも大変なんだなー。でもあちこちに旅できるのはいいよなー冒険者も旅できるけど強そうな魔物との戦闘は勘弁願いたいし。商業ギルドに入って料理屋をやるのもいいが、動けないし、前世でやり飽きたのでパス。
こう考えると俺にとっては中々良い働き口なんだよな……。うーむ。
悩んでいると一羽のスズメがフィルさんの前に飛んで来て頭をツンツンと突き始めた。
「あいた! 痛い! 痛い! チッチやめて! わかったから! 元気出すから!」
少し涙目のまま状態を起こすとさっきのスズメが右肩にちょこんと飛び乗った。
「その子、お姉さんの召喚魔獣さん? 可愛いね!」
ソプラがにこりと笑いスズメを褒める。
「ありがとう、この子はチッチ、私の召喚魔獣だよ。こうやってお仕事がきたら知らせくれるの。今日は恥ずかしい所見せてしまってごめんなさい、スカウトの件は考えておいて頂けると嬉しいです。支払いは済ませて行きますので」
そう言って一礼をしてお会計の所に行ってしまった。
「いい人なんだけどスカウトに向かなそうな人だったね」
「お姉さん苦労してそうだったね、私何か役に立てないかな?」
「ソプラちゃんならもっと良いところで働けるよ! 召喚魔獣試験後はどこからでも引っ張りだこだよ!」
「そうね、天然娘って感じだけど悪い子じゃなかったわね。でも同情して働いてもダメよ、私はオススメしないからね」
ミーシャがここまで言うことは仕事内容はかなりブラックだよね……。人集めも大変そうだけど。
「運輸ギルドは鳥がモチーフになっている事から通称『鳩ギルド』って呼ばれていて、一見、平和なギルドかと思うけど、実際は薄利で馬車馬のように働かされるギルドよ。文字も読めない人や頭の悪い体力馬鹿が行くような所だから、三歩歩くと忘れる鳩みたいな奴らの集まりって比喩されているのよ。磨いた力は適材適所で力を発揮するものよ、自信を持ちなさい」
うわぁ……社会的地位も低いのか。これは益々人数も集まらないよなぁ。
せっかくだけど運輸ギルドは無しだなぁ。目をつぶって腕を組み考え込む。
「あのー……」
不意に前から声をかけられた。顔を上げるとさっき立ち去ったフィルさんがもじもじしながら立っていた。
「お金足りなくて……すいませんお金貸して下さい……」
全員フィルさんに哀れみの目を向けるのだった。




