18 買い出し
俺がベルンに来てあっと言う間に2年が過ぎた。
今日はダンとシーラが材木をマルクさんの所に下ろしに来る日だ。
最初は少し寂しかったが月に1〜2回のペースで往復しているのですぐに慣れた。
ベルンに泊まる際はミーシャが気を利かせてくれて教会に泊まれる様になり、少しの間だけど家族水入らずの時間もある。
今は1日の仕事を終えて商店街にソプラと夕飯の買い出しに来ている所だ。
道幅は広くて両側に肉、野菜、雑貨、軽食などの露店が並んでいる。
「今日のお昼の炊き出しも大好評だったね! アルトちゃんが来る前の炊き出しは皆んな暗い顔して食べてたんだけど、最近は本当に楽しそうに食べてるもん! 見てるこっちも幸せな気分になるよねー」
教会では週に一回、お昼に貧しい人達に無料で炊き出しを行なっている。
材料などの資金は町の助成金とミーシャのお花摘みで得られるモンの花と獣の肉を売ったお金で賄っている。
実際、ミーシャの炊き出し料理を食べていた人達は……
『コレは神からの罰なんだ……コレを食べる事が懺悔なんだ……』
『早くコレを食わなくてもいい様に……働き口を探そう……でも、この後必ず腹壊すんだよなぁ……』
『食の神ターカ様は私の罪にどれほどの試練をお与えになるのか……』
など絶望甚だしい物だった。
食の神ターカ様を崇めている教会での炊き出しがクソ不味いって……希望どころかむしろ絶望を与えてるんじゃないか……?
余りにも可哀想だったので、俺が代わりに作る事になると……
『食の神ターカ様は希望の光を与えてくださった。あぁ……生きる活力が溢れてくる!』
『お腹壊さずに就活が出来る……グスッ……俺、頑張ろう……』
『アルトちゃん! 大きくなったら俺と結婚しよう!』
一部変な人も増えたが、軒並み笑顔が溢れている。ミーシャの料理からの振り幅のでかさもあるだろうが、皆んな幸せそうだ。
最初は5〜6人だった炊き出しも今は50人を超えるほどになっている。材料費が心配になったが、最近では新たに『信徒になりたい』って人まで来てお布施も増えて教会に通う人も倍増したのでなんとかやりくり出来ている。
元の世界だと50人位の料理なんて楽に捌けていたけど、なにせ今は体が少女な為中々大変だ。しかし、食べてくれている人達の笑顔を見るとこっちも嬉しい気持ちになってくる。
やっぱりうまい飯は人を幸せにするよね!
「ミーシャの炊き出し食べて信仰を変えなかった信徒さんには尊敬の念しかないよ」
「あははは、私も今ではミーシャの料理はちょっとねー。食の神ターカ様に大分失礼だったんじゃないかなって思うもん……本当……よく生きてたよ」
あぁ……ソプラが死んだ魚の様な目をしている。気持ちはよくわかる。
そんなやりとりをしていると前から見知った3人連れが歩いて来た。
「おやぁ〜? 誰かと思ったら、オカマシスター教会にいる青目女じゃねぇか! こんな所ウロチョロしてんじゃねぇよ!」
「オカマシスターの料理なら食の神ターカ様から裁きを受けるべきよね? 食材買うの無駄なんじゃない?」
「不味い飯……嫌い」
ソプラはビクッ! と身を竦めて俺の袖を掴み、後ろに隠れてしまった。
いきなり悪態ついてくるこいつらは、町の領主の息子の『ドーラ』金髪のオールバックの髪型が特徴。右隣にいるのがその取り巻き『ミレ』茶色の髪を頭のてっぺんで結び逆さ箒みたいになってるそばかすほっぺの女の子。その跡をついて回る食いしん坊の『ファド』体が大きく目が細くて開いているかわからない。
皆んな俺とソプラと同じ歳だが何かとつっかかってきて俺らを見下してくる嫌味な奴らだ。
「なに? 何処でなにしようがあんた達には関係無いでしょ? それともわざわざ嫌味でもいいに来たの? あんた達も暇なんだね」
俺が腕を組み3人の前に立ちはだかる。
「あぁん? またお前か! ここは俺の親父が取り仕切っている商店街だ! 女男に青目女なんか御断りなんだよ! さっさと帰れ!」
「そーよ。ドーラのお父様の助成金が無かったら直ぐ潰れるオンボロ教会なんだからその辺の草でも食べてりゃいいのよ」
「お前達……嫌い……」
今日も今日とて、言いたい放題言いやがってこのクソ餓鬼共め……。青目の何処か悪いって言うんだ!ソプラの可愛さがわからんのか!
「ふん! 父親の権力がなきゃなにも出来ない道楽息子がなに言ってもねぇ……。俺に喧嘩でも勝てないからって周囲に恥をかかせるつもり?村娘2人になっさけない……けど残〜念! ここの商店街の人は皆んなうちの教会の信徒様だから大丈夫だよ。言っとくけど炊き出しは今やドーラの家の料理よりよっぽど美味しいって評判なんだよ?」
因みに、ソプラにべったりの俺の行動が周囲にもバレて『もうこの子、男でいいんじゃね?』みたいな空気になり、中身が男だと隠す必要も無くなったので一人称も『俺』になった。
まあ……ミーシャもオカマだから、今更おっさんみたいな女の子が居たって問題ないだろう、とすんなり受け入れられたんだと思う。ここの人達は寛大だ。
「うるせぇ! 毎回毎回俺に歯向いやがって! ムカつくんだよ!今日こそはとっちめてやる! 昨日新しく覚えた魔法の実験台にしてやるよ!」
ドーラが左手を突き出し構える。
「ちょっ!? 商店街で魔法はやばいよぉ! 領主様にも止められてるじゃん! やめようよ!」
「魔法……ダメ……」
ミレとファドも流石に怒られると思ったのかドーラを止めに入る。
「お前らは黙ってろ! 領主の息子である俺がクソ村娘なんかに負けてられっか! 生活魔法しか使えねぇこいつに格の違いを見せてやる!」
ドーラの声がでかいおかげて周りに人垣ができていた。みんなドーラが領主の息子だからか注意はせず眉間にシワを寄せている。
こりゃ俺が収めないとダメだろうなぁ……。さて、どうしたもんか……。