166 試合前の一発
ターカ教の給仕係を解放された俺たちは近くのグランドで試合前のアップを行なっていた。
それぞれ体をほぐしているけど、緊張のせいだろうか? みんなどこかぎこちない。
『緊張しておるようだな』
「あぁ……まあ無理もないさ初試合がこんな大舞台なんだ、緊張しない方が無理ってやつさ」
かく言う俺も手を見るとプルプルと震えている。
さすがに俺も緊張は隠せないらしい。
こんな震えは、学生時代の最後の公式戦……9回裏2アウトで打席が回ってきた時に似ている。
緊張、焦り、不安の中にも高揚感のあるプレッシャー。
こんなの何度も味わうものじゃない、心の弱いやつなんかは耐えられない。
というわけで。
「大丈夫かマース? それ震えてんのか? それともわざとやってんの?」
「アババババババブとととととぢゃんんんんんんん!そっそっそっそっそそそそそんなごとととととないッスよよよよよよよよよよ!!!!」
マースの全身が凄い勢いでガタガタと震えている。
えっ!? これ本気!? マースはネズミの獣人だけど、これ種族の個性か何かなの!?
震え方が尋常じゃない……あれ、体育座りだよね? どうやればあんなにふるえられるの!?
とにかくこのままじゃ試合にならん!
「オイッ! マースおちちちちちつけけけけけけけけけけけけけけ!?」
マースを落ち着けようと肩を掴むと振動が俺にまで伝わってきた!
「だだだだだだだだだいじょじょじょぶッススススス!! ききききききにししししないでででくだだだだだ……」
完全に緊張でぶっ壊れとるぅ!! もうすぐ試合だってのにこれどうやって止めるんだよ!?
と思ったその時。
『ええい!! 鬱陶しいわ!!』
スパーン!!
「ふべぇ!?」
「うぉおおおおおおい!! 何するんじゃあ!!」
頭の上のムートが尻尾でマースの頬を引っ叩いた。
「めちゃくちゃ飛んだぞ!? まさか首もげて……ないなよかった」
ってそうじゃない! マースめっちゃ驚いてるやん!!
ぶったね!? 親父にも打たれた事ないのに!! みたいな顔してこっち見てるよ!?
『ふんっ! 腰抜けめ、強敵に挑もうとする奴がそんな事でどうする!
我に挑んできた強者達は、お前のような顔をしておるやつなど1人もいなかったぞ!!』
ムートが尻尾でビシッとマースを指して喝を入れる。
そうだ、コイツ龍神バハムートだった。
歴戦の勇者たちが我の力を欲して挑みかかってきたって言ってたっけ。
そりゃそんな強敵に挑む奴がマースみたいに、全身バイブレーションしてるやつはいないだろうなぁ。
ただ、頭の上でふんぞり返りながらまだなんか言ってるけどマースにそれ聞こえてないからな?
そう思いチラッとマースを見ると。
「ありがとうッス。目が覚めたッス」
「え?」
マースは叩かれた頬を押さえてはいたが、全身の震えは止まり鋭い眼差しを向けていた。
迷いや不安などが消し飛んで、今やるべき事に全力を尽くす! と言うような気迫が感じられる。
ムートもそれを見て鼻息をフンッと吐き、怒りがおさまったようだ。
これならもう大丈夫そうだ。
ホッと胸を撫で下ろすとベンチから聞き慣れた怒号が飛んできた。
「あんた達!! そろそろ準備できたかしら!?」
ユニフォーム姿に着替えたミーシャが腕を組んで集合をかける。
俺たちは即座にミーシャの前に整列した。
「あんた達……今日まで良く頑張ったわ。あの特訓メニューなら普通は根をあげるか死ぬかの2択だったんだけどよく耐え切ったわ」
おいちょっと待て。そんな2択の特訓だったの!? 一歩間違ってたら死んでたの!? 怖えよ!!
ほら! みんな「やっぱり殺す気だったんだ……」「生きてるって素晴らしいんだな」「生地獄ってあれだったんだ」とかいいながら顔が青ざめてるよ!!
「でもその代償に、以前のあんた達とは比べることもできない力を手に入れた事は紛れもない事実よ!!私はあんた達を誇りに思うわ!!」
ミーシャの一言に徐々にみんなの顔つきが戦士の顔つきに変わっていく。
そうだ、俺たちはあの過酷な特訓をやり抜いたんだ!! 以前の俺たちじゃない!!
「あの特訓に耐えたあんた達は一軍なんて目じゃないはずよ!! 死ぬほどの努力の成果を試合に全部叩き込むわよ!!」
「「「「「「「「「はいっ!!!!」」」」」」」」」
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